第十九話 挿話 イニーフィネファンタジア 2
第十九話
「落ち着いたか?」
「え、えぇ・・・あなたが『転移者』だっていうこと・・・」
つい先ほど稲村 敦司はこの紅髪の少女リラに語り終えたところだった。自分の生い立ちやついさきほどまでのことを。初めは驚きに興奮と狼狽していたリラは敦司の話を聞いているうちに徐々に落ち着きを取り戻していったのである。
「じゃ、今度は私があなたにこの世界のことを教えてあげるわ」
「ごめん、お願いするよ」
リラは敦司に語った。今自分達が立っているこの大地は惑星『イニーフィネ』の大地。『惑星イニーフィネ』には五つの世界が同居する惑星。原初は『イニーフィネ』だけしか存在していなかったこの惑星は過去において突如、他の四つの外惑星と僅かな期間繋がったことで四つの外惑星の住人達が集団でこの『惑星イニーフィネ』にやってきて定着した。外の惑星からやってきた者達のことを先住者イニーフィネ人は『転移者』と呼び、その四つの外惑星からの転移者達は互いに協力と反目・闘争し合いながら『先住者』の国、イニーフィネ帝国の領土を侵食していった・・・。
元々は『イニーフィネ帝国』だけだった惑星イニーフィネに、エアリス(日之国)、オルビス(月之国)、魔法王国イルシオン、ネオポリス(ドールズドメイン)の五つの異世界が存在するかたちとなり、現在に至っている。
それぞれ、全ての失地を取り戻したいイニーフィネ帝国、現状維持の日之国、未だ統一国家のない月之国、機人達のネオポリス。そして、イニーフィネ帝国の攻勢の前に抗いきれず、同帝国に併合された魔法王国イルシオン。その五つの異世界どうしは未だに協調と衝突をしており、衝突すれば、生命を賭けた戦いになるのが当たり前な五つ世界だという。
過去に惑星イニーフィネに来訪してきた移住集団を初期転移者と呼び、それ以降に稀に惑星イニーフィネにやってくる者を単に『転移者』と呼ぶことで区別している。
「・・・つまり俺が居た日本はこっちから見ると異世界になるんだな?」
「そうよ。・・・それに貴方のその服装は日之国の若者の服装・・・確か学生服だったかしら?それとよく似ているわ」
敦司の服装は幼馴染六人と遊んでいた、そのときのままの服装、学ランだったのだ。
「この世界の日之国ってとこだけど、なんか聞いた感じだと日本っぽいな。だから俺のことを日之民って言ったのか・・・」
「そういうことね。それより大体解った?この五世界のこと」
「あ、あぁ。でも全部はまだ覚えきれてないし、分からないことも多いけど・・・それに俺自身まだ混乱してる」
「ま、そっか、そうよね普通・・・。日常の世界からいきなりこっちの世界へ転移してきてさ。でも徐々に慣れていくしかないわよね・・・」
「あぁ・・・そうだな」
「ま、それは置いておいて自己紹介するわね。私はリラ。イルシオン人よ」
「俺は稲村 敦司。日本国出身で普通の、リラとは違ってただ一般人で人間の転移者だ」
「その言い方だと、あなたは私をまるで人間じゃない、と思ってるように聞こえるわよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「まぁ、いいわ。短い間だと思うけど、よろしくね」
「あぁこちらこそよろしく―――」
そのとき、リラの顔がこわばった。リラはなにかの気配を感じ取ったようで―――
「ん?どうしたんだリラ―――」
敦司はリラの様子が気にかかり声をかえた。
「ッ!!しぃッ」
「―――ん・・・!!」
敦司が全てを言い終える前にリラは彼の口を手の平でパンっと叩くように塞いだ。
「んッ!!」
「静かに・・・!!」
先ほどの、黒フードのときのといい敦司自身にとってなんとも理不尽な気分にさせられた。
「―――――――――」
「―――――――――」
リラは敦司をゆっくりと音を発てないように座らせたあと、自分だけは茂みから顔を出して相手の気配と姿を探っていた―――
「どこを見ているのですか? それとも私のことを捜していましたか?」
「「ッ!!」」
突然の少女の声に、眼を見開き驚く敦司とリラ。二人が後ろを振り返ると、―――いつの間にか背後に一人の少女が静かに立っていたのだ。その少女が見た目どおりの歳ならば、敦司やリラと同じくらいの歳に思われた。彼女の顔は本当に完璧な左右対称で、誰が見ても均整の取れた美しくきれいな顔立ちだ、と思うだろう。それと少女の色のついた肩までの長さの髪、そして紫水晶のような色の瞳。一目見ただけでその少女の異様さが、敦司とリラには見て取れたのだ。
「あなた方のどこの誰なのでしょう―――?」
彼女の眼はまるで魚が死んだような虹彩がない瞳で、さらに彼女はピクリとも表情を動かさず無表情で喋ったのだ。
「き、君こそいったい―――? な、なぁリラ、あの子なんだと思う―――?」
それは敦司が異様な少女から視線を外し、リラに視線を移したときだった。
「敦司ッ逃げるわよッ!! あの子が敵だったら私じゃ敵わないかもしれないッ!!」
「え!? お、おいッ」
またしても敦司が全てを言い終える前にリラは敦司の手を取り、そして一目散に駆け出した。
「・・・・・・」
リラに手を引かれて逃げる途中、敦司は後ろを振り返った。
「―――ぃッ!!」
「―――銃装」
―――、何かの電子音を敦司の耳は聞き取ったのだ。
「う、うそだろ―――!!」
次の瞬間、敦司は少女の変貌に言葉を失うのだった。敦司が見た光景―――それは少女の右手首が霧散し、代わりに光が集束するように異形の銃と取り替わったのだ。少女の身体の中から光とともに現れたとしか考えられないその異形の銃装は腕に直接取り付けられているように観え、銃というよりはむしろ近未来的な飛び道具としか思えなかった。
「照準確認―――」
「リラッあの子ッ!!」
「解ってるわよッここは辺境地帯とはいえ、日之国内よッ!? なんでこんなところにドールズドメインの機人がいるのよッ!! そんな相手と戦闘なんて最悪だわッ!!」
「やばいのか?」
「当たり前じゃないッ!! それにあの子、人型だし相当―――」
「ドールズドメイン(人形族の領域)・・・その言葉を私達は認めていません。私達はネオポリスと呼称します」
「―――砲撃」
キュィイイイっという音とともに少女の銃口が輝きを増していく。
「一端止まるわよッ!!」
リラは全速力で走っていた脚を止め、惰性で運動エネルギーをころしたあと敦司をしゃがませ、またもや敦司を庇うかのように立ちはだかった。
「・・・」
恐る恐る敦司は顔だけ出してその様子を覗き見る。
「ちゃんと伏せててッ!!」
「ッぃ!!」
リラにきつく言われた敦司は反射的に頭をひっこめた。
リラは問答無用に敦司に言い放ったあと、右手をその服の中に入れ、懐から先ほどと同じ一冊の魔導書を取り出した。
「土属性・・・苦手なのに」
リラが光輝く両手のうち『右手』だけを地面に押し当てた。そうして『左手』に持つ魔導書が光る。それと同時に彼女が叫ぶ!!
「リラ=デスピナが命じる―――マナよ、我が力に応え大地の楯となれッ」
少女の銃口から光り輝くエネルギー弾が発射され、それと同時にリラは自分達の前方の地面を噴き上げるようにして、その放たれたエネルギー弾にとっての障害物である岩盤の楯をいくつも作り出す。一瞬遅れて機人の少女が放ったエネルギー弾は、リラが放った土石の魔法の一種であるいくつもの岩盤の楯に激しく着弾し、それを溶融させ貫通していく。そして最後の岩盤の楯に着弾したとき、その衝撃で光の弾がその場で破裂し、爆音と共に敦司とリラを後方に吹き飛ばした。
「アァッ!!」
「ぐわッ!!」
リラは爆風に吹き飛ばれて背中から木の枝に突っ込み、敦司は別の木の幹に背中から強くぶつかって止まった。
「うぐ・・・リラ・・・?」
人影を認めて地面に倒れたままの敦司はゆっくりと眼を開いた、しかし、そこに立っていたのは―――
「―――!!」
あまりの恐怖に彼は口を開いたまま固まっていた。なぜならば機人の少女が、倒れたままの敦司にその異形の銃の銃口を向けていたからだ。
「―――訊きたいことがあります」
「―――あ、あぁ・・・」
敦司は恐怖で固まっていた。機人の少女の標的はきっと自分に違いない、と彼は思った。しかし、自分を追い詰めたこの機人の少女の発した言葉は静かで丁寧な口調だったのだ。
「あなた方は『イデアル』ですか?」
「『イデアル』?」
敦司はその質問に対して意味が解らなかった。そもそもこの惑星イニーフィネに転移してきて間もない彼には『イデアル』というのが何を指し示しているのかさえ解らなかったのだ。
「はい。あなた方は『イデアル十二人会』という結社に所属しているのでしょうか?」
「い、いや・・・違うんじゃないか・・・?」
「そうですか、それともうひとつ訊いてもいいでしょうか」
「あ、あぁ・・・」
敦司は少女の問いかけに首を一回縦に振った。
「敦司ッ伏せてッ!!」
「え?」
そのとき敦司の背後からリラの叫び声が聞こえ、彼は声のしたほうに視線を移すと、そこには詠唱魔法の発動態勢を整えたリラが立っていたのだ。
「――――――」
一方の機人の少女はその表情を変えることなく銃口を敦司に向けたままの体勢でリラに顔だけを向けたのだ。
「リラ=デスピナ・ディ・イルシオンが命じる―――マナよ、デスピナ家との盟約に応じ、デスピナ家の血筋に応え焔となれッ―――」
「お、おいッリラ!!」
リラの遥か頭上高くそこで炎が渦巻き、絡まり合うように巨大な真っ赤な炎球が顕現する。その巨大な炎球は炎熱と鈍い赤い光をまき散らし、その真夏の太陽よりも暑い熱を敦司は感じていた。今回の炎球は先ほど敦司が見た火球の非ではなかったのだ。しかも、その炎球は双子のように二つに割れたのだ。
「―――ファイアメルト・デュオッ」
リラの詠唱後、その二つの巨大な炎球は尾を引きながら自分のすぐ前にいる機人の少女、彼女目がけて放たれたのだ。巨大な真っ赤な炎球は一つだけで大型トラックほどの大きさがあり、火炎魔法に疎い敦司が見ても火傷どころで済むとは到底思えなかった。
「やばッ!!」
敦司は伏せるよりも横跳びして脇の茂みに突っ込んだ。
「!!」
機人の少女の眼が一瞬見開かれ、そのあとはもう機人の少女とその周りは炎に包まれたのだ。
「おい、リラッ。俺がいるのにアレを放つなよッふつー死ぬだろッふつーッ!! うわッ火の粉があちちちちッぎゃーッ服が燃えるッ」
退避した茂みからも逃げ出してリラの元に駆け寄った敦司はすかさずにリラに文句を言った。敦司は学ランを脱ぎ、ばたばたとその場で扇ぐように火を消そうとする。
「文句はあとで聞いてあげるから今はドールズから目を離さないでッ」
「――――――」
「お・・・おい―――あれ―――」
「う、うそ・・・あの火焔魔法を喰らって無傷だなんて―――」
今度こそ二人、敦司とリラはこの事実に驚愕し、一歩も動くことができなくなってしまった。
「――――――」
下火になっていく火炎とくすぶる煙の中から傷一つついていない機人の少女が一歩、また一歩と歩みを進めて姿を現す。
「「―――!!」」
機人の少女は驚愕に固まる二人の前まで歩いてきたあと、数歩手前で歩みを止めた。
「『兵装』―――解除」
機人の少女のその言葉で紫水晶のような眼に生気が宿り、右腕の異形の銃は消え、見た目は人と変わらない右手となる。
「どうやらあなた方は『イデアル』ではないようですね」
「『イデアル』ですってッ―――」
リラは金縛りが解けたように勢いよく立ち上がった。
「―――どうして貴女からその言葉がッ!!」
「『イデアル』ですか?」
「そうよ、それ・・・!!」
「『イデアル』? 二人が言う『イデアル』っていったいなんなんだ?」
ふと、敦司は『イデアル』という単語に疑問を覚え、口を開いたのだ。
「そ、それは・・・その・・・」
「では私から話しましょう―――」
リラが言いよどんだのを見て取った機人の少女が口を開いた。
「かつて、この惑星の空と大陸と海洋はイニーフィネ人という人種が興した統一国家により統治され、その国―――イニーフィネ帝国は繁栄を誇っていました。『イニーフィネ』というのは彼らの言葉で『限りなく完全』を意味し、自身のアニムスを駆使してその名の通り、『超能力』『氣』『魔法』を行使し、さらにそれらを駆動源にした『機械』をも操ることができたのです。彼らは全てのことを成すことができたため、次第に惑星イニーフィネに対する感謝や慈愛も忘れ、人々は驕ったように振る舞うようになりました」
機人の少女は喋り続けることに対して疲れる様子を見せなかった。また彼女の唇は止まることもなく、言葉を紡ぎ続けるのだ―――




