第十八話 挿話 イニーフィネファンタジア 1
第十八話
話は小剱 健太が惑星イニーフィネに来る日の数日前まで遡る。
―――ANOTHER VIEW―――
「諏訪局長―――!!」
と、一之瀬 春歌は緊急事態の発生を自分の上官である諏訪 侑那に報せたのである。
「それで今の状況は?」
諏訪 侑那は自身の直属の部下からの火急の報せを受け、その司令室に急ぎやって来たのだ。
「この地図を見てて侑那。今リンクさせるから」
羽坂 奈留は持っていたタブレットと、この司令室に設置されている広域電子地図を互いにリンクさせた。
「こ、これは・・・」
「うん、侑那。日之国内において二つのアニムス強度異常地帯が観測された」
「そ、そんな・・・アニムス濃度の異常地点が二つもあるなんて―――・・・」
諏訪 侑那は驚きを隠せなかった。このような事態は彼女が局長になってから初めてのことだったのだ。彼女諏訪 侑那はその電光地図に現された光点と実際の地図とをレイヤーで重ね合わせることによってその場所を視認した。
「うん。アルスのときほどじゃないけど、ここ三日この場所の一帯で異常にアニムス濃度が上昇してる」
「問題は場所ね・・・」
諏訪 侑那は電光地図の前で思案するように腕を組んだ。
「はい、諏訪局長。この二つの内の一つの地点は私達の警備局本局に近く、―――もし転移者が現れるのだとしたら、この本局から半径一里以内に転移者は現れます。つまり、転移者が現れるのは街中の、今私達がいるこの日府になります。そしてもう一つの地点は日宇州の魔法王国イルシオンとの境界付近の森林地帯―――です」
一之瀬 春歌は上官に簡潔に説明した。部下である一之瀬 春歌からその説明を受けた諏訪 侑那の表情がこわばったのだ。
「―――これは・・・」
「うん、どっちもやばそう。ね、侑那」
羽坂 奈留はそう答え、諏訪 侑那は首肯した。
「どっちもやばいとは? それはどういった意味だ?」
アルスランは奈留の言葉をよく理解できなかったようで、腕を組みながら奈留に問いかけたのだ。
「えと、アルス。―――街中の場合は第六感社の手が、それと森のほうでは、森の中で人がいないとなると、またアルスのときのようにやばい奴らがやってくるかも」
「オレのときのように、だと?」
彼は思案顔のまま、組んでいた腕を解いたのだ。
「うん。たぶん第六感社側もこのアニムス濃度の異常値には気が付いてるはず。だからきっとなんらかの行動―――ううん―――」
羽坂 奈留は軽く顔を左右に振る。
「おそらく何も知らない転移者を連れ去ろうとする、はず」
「奈留ちゃんの言う通りね。まったくっこの緊急事態でもあの企業は自分達のことしか考えていないんだから―――・・・」
諏訪 侑那は電光地図から目を離して、腕を組み替え、何か考え込んでいるようだった。
「よし、決めたわ。この緊急事態に際して特別に部隊を編成する。貴方達、特別編成隊を二つに割って―――」
そこで諏訪 侑那は一呼吸置いた。
「一之瀬 春歌隊長」
「はい、諏訪局長」
「任務にあたり貴女に決定権を与えます。自分の元の部隊を再編成してイルシオンとの森にて転移者を確保してきなさい」
「はい。了解しました諏訪局長」
「念のため、有事に備えて副隊長と補給隊をわんさか連れていってくれてかまわないわ」
「はい。ありがとうございます」
一之瀬 春歌は上官である諏訪 侑那に敬礼を行なった。
「それから貴方達アルスラン君と奈留ちゃんには訓練の意味合いも兼ねて貴方達二名だけで、我々警備局に対して敵対行動を仕掛けてくるであろう第六感社の実行部隊を制圧してもらいます」
「まじで言うのか侑那・・・局長」
「奈留ちゃん貴女なら大丈夫よ。それに市街戦になることも想定して後援部隊もちゃんと展開させるわ」
「―――・・・」
「アルスラン君もやってくれるわよね?」
「うむ。貴女方に救われた生命だ。オレは警備局のために存分に力を揮いたい」
「ありがとう。奈留ちゃんは?」
「嬉しそうににやにや笑うな、侑那。アルスがやる気満々なら仕方ない。私も付き合う」
「では、貴方達二名にも指令を出します。アルスラン、羽坂 奈留両名は日府に現れるであろう転移者の確保を。第六感社実行部隊からの妨害があった場合は彼らを拘束しても構いません」
「うむ。解ったユキナよ。オレは全力で事にあたることを約束しよう」
「・・・アルスが全力なら仕方ない。私も本気を出すとするか」
「えぇ。警備局や治安局の行政指導に反抗的な、あの大企業にも法令順守をさせるわ」
―――日之国日夲日宇州と旧・魔法王国イルシオンとの境界の暗き森にて
自分は友人の斎藤 真の後を追って白い煙の中に突っ込んだはずだ。それなのに、ここはどこだろう、と彼は思った。しかもさきほどまで夕暮れの街中だったはずだ。だが、この場所は昼だったのだ。
「―――ここは、どこだ・・・!?」
稲村 敦司は気が付くとそこに立っていたのだ。そこは、鬱蒼とした森。森といっても熱帯雨林のようなものではなく、ただの見慣れた典型的な温帯の森である。彼はつい先ほどまで友人達と繁華街で遊んだあと、彼らと一緒にお喋りしながら帰途に着いていたはずだった。その帰りにいきなりおかしなことを言い出した友人の真。彼のあとを追っただけなのに。
「な、なぁ天音・・・ここってどこだと思う―――?」
彼は先ほどまで一緒にいた幼馴染の女の子に話を振ろうとして『いつもの場所』に視線を送った。
「―――あれ・・・?」
しかし、彼女の姿もなく、しかもそれどころか今まで一緒にいたはずの友人達は誰一人としていなかったのである。
「う、うそだろ・・・? ・・・健太、天音、美咲、己理―――真・・・」
敦司は友人一人一人の名前を呟いた。
「おーいッみんなどこにいってしまったんだよッ!!」
しかし、彼の声に応えるものは誰一人としていなかった。しかも周りは鬱蒼とした森のため彼の声は森の草木に吸い込まれ、山彦のようにこだますることはなかった。
「・・・それにここは―――いったいどこなんだよ・・・?」
彼はそう呟いて一歩一歩と脚を踏み出していくのだった。
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「・・・くッ」
彼は人っ子一人いない薄暗い森の中をただ歩き、石を跨いで、下草を踏みしめ、ときには藪漕ぎをしながら当てもなく彷徨う。いや、正確には彼は『人』を捜していた。それは人恋しさ、それは得体知れない森の中に自分がいる、ということで沸き起こってくる恐怖、そしてこの薄暗く鬱蒼とした森を抜けるために―――森を抜ければ自分がいる場所がどこなのか判るかもしれない―――という微かな希望―――。
彼は道なき道を数時間歩いていた。都会の普通の学生が数時間も山中の森の中を歩くということは全くもって困難というしか他なかったのだ。
「!!」
彼は岩の間から透明な水がちょろちょろと流れているのを見つけた。そして彼の喉は渇ききっていたのだ。普段の生活ではそのような岩陰から流れ出るような生水を飲むような者は彼稲村 敦司の国、日本には中々いない。しかし、彼は見知らぬ暗き森の中を数時間も彷徨っており、今はとても喉が渇いていたのだ。彼は吸い寄せられるかのようにその水場に至ったのだ。
「ふぅ・・・生き返る」
もちろんそのようなことは典型的な現代の若者である彼稲村 敦司にとっては初めての体験であり、初めて経験した天然水の旨さだった。
「そうだ」
彼はなにを思ったか、肩からかけていた通学カバンの中をあさって一本のペットボトルを取り出した。最初は清涼飲料水が入っていたのだが、それは全て飲み切っており中身は空になっていたのだ。
「・・・・・・」
ゆるゆると水位が上がってきて500ミリリットルのペットボトルの中に透明な天然水が満たされた。
「よし・・・行くか。それにしても・・・この樹海―――」
彼は良くない想像を振り切るように頭をぶんぶんと横に振り、空を見上げた。見上げた空に向かって伸びた木々の枝葉しか彼の目には見えなかった。
「きっと抜け出して絶対にあいつらと再会してやる・・・!!」
そして彼は再び森の中を歩んでいった。
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「ッ!?」
それは突然の爆発音だった。―――そのあとに空に立ち昇っていく煙。その非日常たる光景はさすがの現代っ子、稲村 敦司でも異変と捉えることができるものだった。
「行ってみるか・・・?」
「・・・え?」
敦司が向かった先―――そこには一人の少女と一人の男?が互いに対峙している場面だった。少女は真紅のセミロングの髪、紅い眼をしており、一冊の魔導書を構えていた。
男?のほうは、というと頭からすっぽりと黒いフードを被っており、敦司にはその表情は見えなかったが、何の構えも取っておらず余裕さを窺える態度を滲み出させていた。
「な、なんかの特撮か・・・?」
そう敦司が思えるほどのその光景は彼の日常世界からかけ離れていたのだ。
「!!」
「―――」
敦司の呟いた声が聞こえたようで、対峙していた二人が敦司の存在に気づく。そうして黒フードの僅かに見える唇の口角がニヤリと釣りあがったのだ―――
「・・・が・・・命じる・・・マナよ・・・我が力に応え・・・―――」
「・・・え?」
黒フードはぶつぶつとなにかを呟きながら、敦司に向かって左手を少し前に出して手の平を自分側に手の甲を敦司側に見せた。すると黒フードの左手からどす黒い煤煙のような陽炎が現れ、それが徐々にだんだんと黒フードの手の平の中で大きくなっていく。
「な、なんだ・・・!?」
敦司は『それ』の危険性を知らず、あまりの非日常的な光景にゆえに彼敦司自身は一歩も動かなったのだ。
「危ないッ逃げてッ!!」
紅髪の少女が叫んだ。
「―――え?」
敦司が少女のただならぬ叫ぶ声を聴いて、我に返ったときにはすでに遅かったのだ。そのまるで黒い煤煙を球体にしたような物体は黒フードの左手を放れ、いや黒フードは左手の向きを真逆に変えて敦司めがけて『それ』を放ったのである。
「く・・・ッ、これだから一般の日之民は・・・!!」
その黒い球体が敦司めがけて飛来するまさにそのときだった。なんと紅髪の少女が敦司と黒い球体の間に割って入り、彼を庇うかのように仁王立ちになったのだ。それには敦司も面食らったようだった。
「お、おい・・・?」
そうして彼女は魔導書を持った右手を高々と掲げる。
「リラ=デスピナが命じる―――」
「―――え!?」
敦司の眼が驚きに見開かれた。それは普通では考えられない光景―――少女の右手に持つ一冊の魔導書が光り輝いたからだ。
「―――マナよ、我が力に応え焔となれッ―――ファイアライナーッ」
リラと名乗った少女が放った火球は黒フードが放った黒い球体とぶつかり合う!! 二つの燃える炎の球体と黒い煤煙のような球体は両者の真ん中で激しくせめぎ合って最後には大爆発を熾した。
「あ、ありが―――」
リラは敦司が感謝の言葉を言い終える前に、右手に持っていた魔導書を構え直した。リラが、マナの通った光輝く『左手』だけを天に掲げる。そうして『右手』に持つ魔導書が光を放ち、それと同時にリラが叫ぶ!!
「リラ=デスピナが命じる―――マナよ、我が力に応え焔となれッファイアバーストッ」
「うお―――す、すげぇ・・・!!」
それはリラの光り輝く左手が勢いよく薙ぎ払われた瞬間だった。薙ぎ払われた左腕の軌道に沿って前方に炎が勢いよく噴き出したのだ。
「ちょっ―――!?」
「今は何も言わずについてきてッ!!」
リラは呆然と突っ立っていた敦司の手を取り、炎上する前方からくるりと身を翻す。
「お、おい・・・!?」
「いいからッ!!」
リラは敦司の手を取ってその場から一目散に駆けだしたのだった。
「逃げたか―――次なる手を打たねば」
黒フードはその場に立ち尽くしたまま、抑揚のない声でそんなことを呟いたのであった―――
・・・
・・・・・・・・
・・・
稲村 敦司はリラに手を引かれて森の中を走っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁッ・・・!!」
「ふぅ・・・ここまでくればもう大丈夫ね」
リラは、黒フードが追ってこないと判断したのか、走るのを止めて手を引っ張って連れてきた学生服を着た少年敦司のほうを向いた。そしてその少年の不甲斐なさ・・・というか危機感の無さに彼女は苛立ちを隠さなかった。
「あんたバカなの!?」
「はぁ?」
見ず知らずの少女に突然、『バカなの!?』と呆れ顔で言われて敦司は面食らった。
「意味が全く分からないんだが・・・?」
「あんた、あいつに闇魔法で殺されかけたのよッ!?」
「やみまほー?」
しかし、敦司はきょとんとしたまま、リラの言葉を理解できていなかった。
「そうよ!! あいつはあんたを殺そうとしてたのよッ!!」
「・・・そうなのか? まぁでもなんかやばそうだなぁってのは分かったけどあれって当たったら死ぬのか?」
「死ぬか大怪我するに決まってるでしょッ!! あんた危機感ってあるの!?日之民だからって弛みすぎじゃないッ!?」
「そ、そんなに怒るなよ・・・」
「・・・―――」
そこで敦司は持っていたボトルの蓋を回して水を飲んだ。
「・・・・・・・・・」
それを一瞥するリラ。
「・・・やっとあいつを捜しだしたのに・・・あんたの所為でチャンスをふいにしちゃったじゃない!!」
「捜しだしたって?あの黒いフードのこと?」
「えぇ。私が捜している人物の居場所を知っていそうな奴なのよ、あいつはね。やっと見つけて追いつめてたのに・・・!!」
「追い詰めてた?」
「なに・・・なんか文句あるの?」
「あ、いや・・・なんでもない」
敦司が見た感じ、リラのほうが追い詰めていたという感じでは決してなかったが、今のリラに『それ』を意見しようものなら火に油を注ぐことになるので彼は言葉を濁したのであった。
「というかあなた何なの?」
「え?何なの・・・て言われても・・・」
「あなた日之国の出身よね?その恰好とか」
「はい?日之国・・・? 俺は日本人だけど・・・日之国って?」
「とぼけないでよ。そうね、私の見立てではあんたが日之民なのは間違いないと思うけど、能力もなさそうなのになんでこんな危険な場所に?」
「いや、だから・・・日之国?日之民ってなんだ? それに能力って? すまん、ちょっとわからないことが多すぎてさ。さっきまで夜だったのに、気づけば急に昼になってるし、―――それに、この森っていったいどこなんだ?」
敦司は周りをきょろきょろと見渡した。
「・・・まさか・・・ひょ、ひょっとして『転移者』じゃないでしょうね・・・ちょ・・・ちょっと、待ってよ・・・ウソ」
リラはあまりの驚きに足を一歩後ろに退けたのだった。




