汚れない部屋
その銀行員の男は、綺麗好きであった。自宅は整理整頓されており、掃除も行き届いている。しかし、男は決して掃除好きというわけではなかった。どちらかといえば面倒くさがりの部類に入る。
ただ潔癖症で綺麗好きだから、仕方なく掃除をしているのであった。そんな男にピッタリな家電商品が発売された。
「ビューティールーム」は、天井に専用の機械を取り付けるだけで、あなたを掃除から永遠に解放します。
センサーが24時間365日室内を監視。ゴミや埃などの汚れを感知すると、すぐに質量、重量、種類などを分析。そして吸引ホースが対象物まで伸び、跡形もなく綺麗に汚れを吸い込みます。
汚れの状態によって吸引力が調整されるので、至って省エネです。吸引力の最大値は、掃除機の約三十倍。吸えないゴミはありません。
騒音や嫌なにおいも出ない上に、吸い込んだゴミは分解装置で資源へと変えられます。
ゴミさえも出さない究極のエコマシーンなのです。これさえあれば、掃除要らずで、永遠に綺麗な部屋があなたの物に。
さあ、面倒くさがりで、綺麗好きなあなた。今すぐこちらまでお電話を。
ほどなく男の部屋に「ビューティールーム」が取り付けられた。
エンジニアが、突然床にゴミをばらまいた。行き成りの事に目を丸くした男は、カッとなり怒鳴った。
「なんてことをするんだ」
しかし次の瞬間、センサーがゴミを感知して分析を始めた。そして吸引ホースが伸びてきたかと思うと、スーという音と共に散らばったゴミが吸い込まれる。
跡形もなく綺麗になった。男がホッとしたのも束の間、エンジニアは、今度はソファにマヨネーズをぶちまけた。
男は顔を真っ赤にして怒るが、これまた吸引ホースが伸びてきて、スーとマヨネーズだけを吸い込んだ。ソファにはシミひとつ残っていない。
「システムは正常に作動しております」
エンジニアは二コリと微笑んだ。申し分ない素晴らしい家電製品だ。
数日後。男は仕事を終えて帰宅した。やっと計画が上手くいった。長い一日であった。
男は高揚していたのか、着ていたコートと手袋を脱ぐのも忘れ、大きなボストンバックを開き、中から札束を取り出しテーブルの上に綺麗に並べる。5億円ある。
男はニヤニヤと悪い顔を張りつかせる。この金は、とあるコンサルタント会社に不正融資を持ちかけて手にしたものであった。
5千万円の経常利益を72億円あるように虚偽の決算報告書を作成し、融資を引き出したのだ。
突如、センサーが汚れを感知して分析を始める。そして、吸引ホースが伸びてきたかと思うと、スーという音と共に札束を吸い込みはじめた。
「おい、やめろ。やめるんだ」
男は慌てて、札束をボストンバックに戻そうとするが、最強の吸引力には敵わない。ボストンバックに詰め込む前に吸い込まれてしまう。
「この野郎」椅子を持ち上げホースに振り下ろすが、粉々になったのは椅子の方であった。
あっという間に金は吸い込まれてしまった。壊れた椅子も跡形もなく吸い込まれた。すでに分解装置が動き始めている。
男はすぐにエンジニアに電話をした。
「おい、機械がおかしいぞ。お金が吸い込まれた」
「そんなまさか」
「俺が嘘を言っているとでも言いたいのか」
「いえ、そのような事は。ただ、システムエラーが発生した場合はこちらに通知されるはずなのですがね」
「どうしてくれるんだ。5億はあった。5億だぞ。責任取れ。弁償だ」
男は凄い剣幕でエンジニアに怒鳴りつける。
エンジニアは動じる事なく冷静だった。感情の籠らないまるでロボットのような声で言った。
「その5億円に何か問題があったのでは?」
「ハァ!?どういう事だ」
「汚れた金、だったとか……」
男が詐欺行為をはたらき、手を汚した事など、エンジニアは知るはずもない。見透かされた物言いに、一瞬にして緊張感が高まる。
「……な、何を言う。馬鹿な事を」
口では誤魔化したつもりでも、焦りは隠しきれない。体が熱くなり、汗があふれ出てくる。
男はコートと手袋を脱ぎ忘れていた事に気が付く。
「とにかく何とかしろ!」
と一方的に電話を切り、急いで革手袋を脱ぎ捨てた。そしてコートのボタンに手をかけたその時―
突如、センサーが汚れを感知して分析を始める。そして、吸引ホースが伸びてきたかと思うと、スーという音と共に男の手を吸い込みはじめた。
終