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勇者の叛逆

ここから過去回想です。

※※※※


「勇者パーティによるクーデタですって!?」

 あまりに衝撃的な報せに、あたしは手にしていたトーストを取り落としてしまった。

 ちなみにここは、アトレア王国という国の王都・ロンダードの郊外にあるあたしの自宅だ。あたしは今まさに遅めの朝食を食べようとしているところだった。

 なぜこんな時間に朝食を食べようとしていたかというと、これはあたしが日がのぼりきる時間まで寝倒していたのが原因だ。

 あたしにはステラという同居人がいて、食事の世話や身の回りのことはすべて彼女がしてくれるのだが、その彼女があたしの寝意地の汚さに呆れてあたしが起きるよりも先に買い物に出かけてしまった。だからあたしはステラのいない時間にもぞもぞと寝床から抜けて、自分でパンを焼く羽目になった訳だ。

 あたしは椅子を倒す勢いで立ち上がってステラの肩を掴む。

「し、シーラさん、とりあえず落ち着いてください……」

 そう言ってステラはあたしをなだめるが、こんなことを聞いて簡単に落ち着けるわけがない。

 あたしの知っている限り、この国でクーデタが起きたことなどただの一度もない。確かに民族間の小競り合いに関しては事欠かないが、それでもこの国で絶対的な権力を振るってきた王家に対して反旗を翻した者など前例がなかった。

 ましてやそのクーデターの首謀者があの(・・)勇者だなんて!

「落ち着けって言われても、クーデタなんて聞いて落ち着いてなんていられないわよ! ステラ、それ本当なの!?」

「……はい。どうやら、先程アトレア城で勇者たちがクーデタを宣言したのは間違いないようです。おかげで街中大混乱ですよ……」

「信じられない……あたしが知っているあいつは、そんな大それたことを考えるような奴じゃなかったのに……」

「わたしもすぐには信じられませんでした……」

 そう言うステラをよく見ると、彼女のなめらかな素肌にはびっしりと汗がにじんでいた。

 ステラはブラウンのショートカットが似合う小柄な少女で、諸般諸々の理由があって普段はビキニアーマーを着て生活している。そのビキニアーマーに覆われていないなだらかな肩は荒れた呼吸で弾んでいた。いったいどれだけの距離を走ってきたのだろうか。

 ここからロンダードの中心街は決して近くはない。おそらく買い物のために立ち寄った商店でクーデター勃発の情報を聞いた彼女は、この近くない距離を、足を止めることなく一心不乱にかけて、あたしのところへこれを知らせに来たに違いない。

「それにしても、なんであいつがクーデターなんて……」

 「勇者」としてあれだけ王様からもてはやされ、栄光を極めてきた男がなぜこんなことをするのか、あたしには全く思い当たる節がなかった。

「どうやら勇者は既に城や議会、王国軍の全てを掌握したようです。あと、これは非常に申し上げづらいことなのですが……」

 そこまで言って、ステラは口ごもってしまう。何やら嫌な予感がしたけど、ここまで言ったのなら最後まで言ってもらわないと困る。あたしは一度大きく息を吸い込み、ステラに次の言葉を促した。

「いったいどうしたっていうの……?」

 しかし、あたしがそう問いかけても、ステラはなお口を開こうとはしなかった。この二ヵ月間、あたしはステラにあたし自身についてのことを沢山話して聞かせた。だから彼女は、あたしが何に対して喜んだり、辛くなったりするのかを知っている。それはつまり、今から彼女が話そうとしていることは、間違いなくあたしにとって辛いことだということだ。

「ステラ……」

 あたしは彼女の目をじっと見る。するとしばらくして彼女は根負けしたのか、ようやく口を開いたんだ。

「……実は、勇者より、近日中に王様や他の貴族達を処刑するとも発表されたようなのです」

「なっ!?」

 ステラの口から語られたのは、あたしの想像の遥か上をいく残酷な事実だった。彼女を前にこれ以上声を荒げるべきじゃないことを、あたしは頭では理解していたけれど、これほどまでに酷い事態を前に、あたしはとてもではないが冷静でいることはできなかった。

「あいつ、何を馬鹿なことを!? 王家から勇者の位を賜りながら、王様たちを殺すなんてどういうことよ!?」

 もはやあたしの怒りは限界に達していた。「勇者」とは元来、国防の要であるアトレア王国軍のトップを務める大事な職業だ。そして勇者パーティとは、勇者を中心とした約二十名の魔術師で構成される戦闘エリート集団で、国家を守る為に存在していることは言わずもがなだろう。それはつまり、その国家の元首である王様たちを守ることもまた彼らの立派な仕事であるということだ。にも関わらず、勇者パーティが国家転覆を図るなんて、そんなのはあまりに暴挙が過ぎる。

「こんなこと、許せるわけがない……勇者を、ユーリを止めないと……」

 あたしは、数ヶ月前まで彼らと同じ勇者パーティに所属していた。あたしは戦闘においては、普通の剣の三倍はある大剣を担ぎ、いつも最前線で戦い、これまで数々の戦果を残してきた。

 しかしある日、あたしは反政府勢力である竜人族の討伐任務中に大怪我を負い、以前のように前線で戦うことは不可能になってしまった。

 でも、そんな状態になってもあたしはまだ他のメンバーと同等の働きをする自信はあった。以前までのあたしは近接戦闘主体の魔術師で、皆もあたしの得意分野はそっちだと思っていたはずだ。だが、実はあたしには隠し球があった。というのも、あたしは遠距離攻撃用の「属性技」も得意としていたんだ。だからそれを使えば、あたしは戦線に復帰することは十分可能であるはずだった。なのに……

『満足に戦えないお前には用はない』

 勇者、ユーリ・ランチェスターはあろうことか、怪我を主な理由に、あたしを勇者パーティから解雇したんだ。

 確かに、あたしはあの戦いで大怪我を負っていた。そんなあたしを見たら、今後あたしが戦線に復帰できる可能性なんてないと考えるのも分からんでもない。でも、それを病床の人間に叩きつけるなんて、あまりにも酷すぎるんじゃないだろうか。動けないあたしに解雇を突きつけるあたり、最初からユーリは、あたしの反論を聞くつもりなどなかったんだと思う。

 しかし、あたしに訪れた不幸はそれだけじゃなかった。

 なんと、これまであたしの後ろ盾になってくれていた、王家の臣下であるヴァンデンハーグ家より、援助を打ち切ると通告されたんだ。

 彼らがあたしを見限った理由はやっぱり、あたしが勇者パーティを解雇されたこと、そして、あたしがもう勇者の婚約者(・・・・・・)ではなくなったことが大きかった。

 ヴァンデンハーグ家は、アトレア王国の中でもかなりの有力貴族だ。あたしのような平民上がりでは本来話をすることすらできないはずなんだ。そして、そのような立場の方の決定には、当然ながらあたしは従うより他に方法はなかったんだ。

 全てを失ったあたしは失意のどん底に突き落とされた。

 確かに、あの頃のあたしは連日の竜人族の討伐任務で疲労が溜まっていたとはいえ、敵の火炎攻撃をまともに食らってしまったのはあたし自身の落ち度だ。この日程を組んだのが勇者たちとはいえ、彼らを殊更責めることは決してできないだろう。

 でもそうは言っても、彼らにも責任が全くないわけじゃない。あたしはあくまで無茶な日程の中必死に戦った末に負傷したのであり、これはあくまで公傷として多少なりとも配慮されるべきだとあたしは考えていた。少なくとも、今後の復帰の可能性を一切考えず、有無を言わさずクビを言い渡されるなんて、あたしは少しも考えていなかったんだ。

 もしあの時、あたしの怪我が公傷として認められていれば、勇者パーティを解雇されることはなかったし、勇者に婚約破棄されることも多分なかった。そうなれば、ヴァンデンハーグ家も支援を打ち切るところまではいかなかったかもしれないんだ。

「シーラさん、まさか、勇者と戦いに行くわけではないですよね?」

 ステラの言葉であたしは我に帰る。無論、あたしはそのつもりだった。

 王家やそれに連なる貴族を殺すということは、あたしを支えてくれたヴァンデンハーグ家の人たちも殺されるということだ。確かに、あたしは最後は彼らに裏切られた。でも、あたしのような家柄も良くない人間に目を掛けてくれた恩義は決して消えないし、あの家の人たちと過ごした思い出は、今も宝物のようにあたしの胸の中に残っていたんだ。

「奥様……セシリア……」

 あたしは胸に両手を重ね、本当の家族のように接してくれた二人の女性に想いを馳せる。あの日々は、既にあまりにも遠くに行ってしまったけれど、それでもまだあたしを構成するピースのうちの一つとなっていた。この身が朽ち果てても、あたしはあの温かな時間を忘れることはないと言い切れた。

「……行くわ。あたしは、あいつを止める!」

「シーラさん!?」

 制止するステラを押し退け、あたしは家の奥へと向かっていく。勇者パーティをクビになり、この家に越してきてからあたしは一度たりとも過去のものに触れようとはしなかった。きっと、この奥にある戦う為の装備も、あたしのかつての栄光と同じように埃をかぶってしまっていることだろう。

 それでもあたしは、絶望的な現実を目の当たりにしても、勇者パーティを止めるという決意がブレることはなかった。

 しかし、ロクに掃除もされていないカビ臭い部屋で支度を進めていると、不意に、あたしの締まりのない身体がヒビ割れた鏡に映り込んでいるのがこの目に留まった。あの日、あたし自身の未来を切り拓いてきたこの左腕は失われ、今や道端に落ちている小石すらも思うように拾うことができない鋼の塊に成り果てた。そして同じく鋼鉄製となったこの左足は、明日に向かって力強く踏み出そうとするあたしを地面に縛り付け、羽ばたくことを決して許してはくれなかった。

 銀色に鈍く輝く義手と義足は、あたしがかつてとは違う存在となってしまったことを嫌でも理解させた。

 また、いつしかあたしの黒のロングヘアーは腰に届くほどの長さとなり、すっかり傷んでしまっていた。

 やっぱり、勇者パーティを解雇されてからまともに手入れをしていなかったせいだろう。しかも、あれ以降不眠症気味になったせいで、目の下にはクマがあり、滲み出ている悲壮感は一層のものとなってしまっていたんだ。

「我ながら酷い姿ね……」

 自嘲的に笑いながら、あたしは自身の腹に手を伸ばす。最近じゃ運動も最低限しか行なっていないせいかすっかり筋肉は落ち、あの頃のあたしの面影はもうそこにはなかった。

 だが、今はそんなことで一々落ち込んでいる場合じゃない。あたしはそんな自身の姿を振り払うかのように頭を振る。そして以前使用していた大剣に手を伸ばした。

「ぐ……」

 しかし、それを手に取ってみた瞬間、あたしはこれまで感じたことのない重みをその腕に感じた。まるで、かつてあたしが担っていた責務は今のあたしには荷が重すぎると宣告されているようで、あたしは一瞬暗澹たる気持ちになりかける。でも、落ち込んでいる場合じゃないとちょっと前に決意したばかりだったことを思い出し、あたしは愛剣への想いをなんとか断ち切った。

「勇者パーティを相手にするなんて無茶です! 敵の人数が多すぎます!」

 ステラは懸命にそんなあたしを止めようとする。彼女とは出会ってまだ二ヶ月ぐらいだが、彼女はあたしのことを強く慕ってくれていた。

 彼女の想いは大切にしたい。でも今回に関してはいくらステラに止められようと、あたしにこの戦いをやめるつもりはなかった。

 ステラはドワーフ族であり、小柄ではあるが力が強く、また彼女は優秀な魔術師でもあった。できることなら彼女も一緒に来て戦力になってほしかった。しかし、はっきり言ってしまえばこれから起こす行動はあくまで個人的な想いによるものだったし、無謀なことであることも分かりきっていた。それだけに、この戦いに彼女を巻き込むわけにはいかないとあたしは思ったんだ。

「ステラ、あなたは逃げて。そしてどこかで自由に暮らすのよ」

「嫌です! この身はあなたに捧げると決めました! あなたを見捨てて逃げるくらいなら、わたしは死を選びます!」

 いつもならあたしの気持ちを優先してくれるステラも、今回ばかりは引いてくれそうもない。彼女はあたしの腕をがっちり掴み、決して離さないと、自分の胸で抱きしめたんだ。

「ステラ……」

「なんと言われようとも、あなたがわたしを連れていくとおっしゃられるまで、わたしはこの手を離しません……」

 ステラの鼓動があたしの腕を通して伝わって来る。それだけで、あたしは彼女の決意の堅さが理解できた。

 彼女を巻き込みたくはない。だがそれが彼女の意思ならば、これ以上反対することはできない。

「……分かった。ステラ、あなたも一緒に来て」

「ほ、本当ですか? 本当に、シーラさんにお伴してもよろしいのですね……?」

「ええ。あなたの気持ち、本当に嬉しいわ。あたしの我儘に付き合わせてしまって悪いのだけど、お願いするわ」

「はい!」

 ステラは笑顔でそう答え、ようやくあたしを解放してくれた。

 結局、あたしが愛用の大剣の代わりに取ったのは、あまり使い慣れてはいないロッドだった。

 自分で言うのもなんだが、あたしはかつて「最強」と謳われていた。そんなかつてのあたしの実力は残念ながらこれでは引き出すことはできないだろう。だが、義手義足となったあたしでは激しい近接戦闘が不可能である以上、もう一つの得意技である遠距離攻撃を主体とした「属性技」を操る「魔導士」として彼らに挑むしか他に方法は残されていないんだ。

「ステラ、行くわよ!」

「はい!」

 あたしたちはマントを羽織り、王都の外れにある自宅を飛び出し、アトレア城へと向かったのだった。

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