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キスの余韻…

 あの激闘の後、緊張の糸が切れ、猛烈な眠気に襲われたあたしたちは、寒さをしのぐ為二人で寄り添って眠りについていた。

 草原の周りにはあまり遮蔽物もなく、敵に狙われる危険性はあったが、あおいが「寝ていても何か危険が迫ればすぐに起きられますので大丈夫です」と言ってくれたので、あたしたちは疲労を取る為にも睡眠をとることにした。

 それにしても、昨日一日であまりにも色々なことがあり過ぎた。王都を追われ、同居人であるステラとは離れ離れになり、そして、あおいとあまりにも運命的な出会いを果たした……。心を引き裂くような辛い出来事と、あたしの人生至上でも最大級にショッキングな事態が続き、あたしはたったの一日ですっかり疲れ切ってしまっていた。

 目を瞑りながら、あたしは自らの唇に手で触れてみる。

 突然のあおいからの接吻キス――あたしの初めてをあまりにもサラッと奪っていったことに憤りを覚えないこともないけど、それ以上にその唇の柔らかさと、舌で唾液を交換するというその行為の淫猥さに、あたしは今すぐにでも顔から火が出そうなほど恥じらいを覚えていた。

 あおいにとっては、あの行為はあくまで魔力の吸収の為のものであって、そこにセクシャルな意味なんてないんだろう。でもそれにしたって、いきなり出会って間もない人に、し、しかも、同性にディープキスなんて、そんなこと、簡単にできることじゃないんじゃないだろうか。

 あの時のあおいは、接吻キスが手馴れていたように思う。ってことは、彼女はあれをやるのは初めてじゃない可能性がある。彼女は以前には戦場に出ていたって言っていたし、似たような状況に陥って、あれをやったってことは十分に考えられる。……というかそもそも、あれだけ可愛いらしい見た目に、あたしよりも二、三個程度年齢が離れているだけなら、そういうケースじゃなくても接吻キスすることは十分あり得るのか。きっと、一回の接吻キス程度でここまで動揺しているのはあたしだけなんだろうな……。

「ああもう、こんなんじゃ眠れない……」

 さっきから接吻キスのことばかり考えてしまい、これだけ疲労しているにも関わらず、あたしの目はすっかり冴えてしまっていた。あたしは隣で眠りについているあおいを見やる。

 月明かりに照らし出されたあおいは、本当に整った目鼻立ちをして、人形のようにそこに在った。あたしはそんな彼女の唇をどうしても凝視せざるを得なかった。

「ちょっとぐらい触れてみても、いいわよね……」

 あおいは規則正しく寝息をたてている。今なら、きっとすぐに眼を覚ますことはないと思う。あたしはゴクリと唾を飲み込む。そして意を決して、あおいの唇に手を伸ばそうとした。

「シーラ」

「う……」

 だがその瞬間、あまりにも唐突に、あおいが目を瞑ったままあたしの名前を呼んでいた。あたしはあまりの衝撃に、うっかり心臓が止まりそうになってしまう。あたしは思い切り挙動不審になりながら返事をする。

「な、なにかしら……?」

「眠れないのですか?」

 あおいは心配そうにあたしを見つめている。琥珀色のその瞳は、暗がりでも本当に綺麗であることが分かる。

 あおいの問に対し、あたしはとてもじゃないけど、接吻キスのことを考えていて寝られなかったとは言えなかった。

「だ、大丈夫! ちょっと考え事してただけだから!」

「そうなのですか? もしや、何か悩み事ですか? それでしたら、私でよければ話を聞かせていただきますが?」

 あおいはわざわざ起き上がってあたしにそう言ってくれる。そのあおいの表情からは、心からあたしを心配してくれていることがよくわかった。

 と、こんな時に考えることじゃないのだけど、あたしはなぜか不意に、手足を失って動くことができなかったあの時のことを思い出していた。

 病室に現れるのは、いつもあたしにとって辛いニュースを運んでくる人間ばかりだった。勇者ユーリを皮切りに、ヴァンデンハーグ家の従者、そして王国軍の人間があたしの病室を訪れ、あたしを絶望の淵に叩き付けていった。これだけの酷い怪我を負ったにも関わらず、あたしを心から心配してくれる人は誰もいなかった。退院した後あたしはステラと出会うことができたわけだけど、それ以前は本当に人の温かさに全く触れることができなかったんだ。

 それだけに、純粋にあたしを案じてくれている彼女を見て、あたしは思わず言葉を失ってしまっていた。我ながら、随分と心が弱くなったと思い知らされる。

「あのシーラ、本当に大丈夫ですか?」

 黙ってしまったあたしの頬にあおいの手が触れる。あたしはそんな彼女に対し、思わずこう漏らしていた。

「あおいって、本当に優しいんだね。この世の中、あなたみたいな人ばかりだったらもっと暮らしやすいのに……」

 いつしか、さっきまで抱いていた悩みはきれいさっぱり霧散してしまっていた。

「シーラ、辛いことがあるなら……」

「大丈夫。もう寝るわ。あおいももう寝て」

 あたしは笑顔でそう言う。そんなあたしの変貌に、あおいは驚きを隠しきれないでいる。

「シーラ、本当に、無理だけは……」

「本当に大丈夫よ。あなたの言葉だけで、あたしはもう十分だから」

 それは嘘偽らざるあたしの気持ちだった。

「そ、そうなのですか……? それならいいのですが……」

 あおいは尚、完全には納得がいかない様子だったけど、それ以上はもう何もつっこんで聞いてはこなかった。

「では、お休みなさい……」

「ええ、おやすみ」

 言葉を交わし、あおいが再び目を閉じる。

 彼女は優しい。でも、だからといって彼女の優しさに簡単に甘えるわけにはいかない。あおいだって元居た場所に帰れなくて不安を抱いているはずだ。そんな彼女にこれ以上負担をかけていては、「最強」の名が泣くというものだ。

 今あたしがやれることは、とにかくしっかり寝て、そして明日からまたしっかり行動できるようにすることだけだ。

「よしっ」

 あたしは頬を叩き、自身に喝を入れる。そしてもうくだらないことは考えないよう、心を無にして目を瞑り、ようやく眠りについたのだった。


 翌朝、完全には疲れは抜けきっていなかったものの、また普通に歩き回れるくらいには体力は回復していた。ここの所、怪我の影響ですっかり運動する機会が減ってはいたけど、回復力に関してはまだまだ勇者パーティ時代の貯金は残っていたみたいだ。

 一方あおいはあたしが目を覚ます頃には既に完全に覚醒していて、尚且つこの付近の調査まで行ってくれていたんだ。

「昨日あれだけ派手に戦ったのに……」

 あたしは思わず彼女のハチャメチャなスタミナに呆れてしまう。あの体力自慢のステラですらあおいに勝てるかは疑わしい。

「おはようございます、シーラ。疲れは取れましたか?」

「え、ええ、ある程度はね。それよりもあおい、あなたは疲れていないの?」

「私は大丈夫です。あれぐらいは毎日のことでしたので」

「あれが毎日って、どんな生活送ってたのよ……」

 またしてもあたしは呆れることしかできない。すると、あおいはストレッチをしながらあたしにこう問いかけた。

「さて、これからどうしますか?」

 その問いに対し、あたしの頭には真っ先に一緒に逃げたステラのことが浮かんでいた。あれからずっと、あたしはあの時別れた彼女のことが気がかりだった。

 あの子は、あたしが約束の場所に来ることを信じてまだ待っていてくれているかもしれない。もしかしたら、あたしの到着があまりにも遅いので、心配して辺りを捜し回っているかもしれない。そう考えると、あたしは居ても立っても居られなかった。

「実はあたし、ある子と、落ち合う約束をしているの……」

「ある子?」

「ええ……。その子はステラって名前で、昨日あたしが勇者パーティから逃げている時に離れ離れになってしまったの。もしかしたら彼女も追っ手に追われているかもしれなくて、あたし、彼女のことが凄く心配なのよ……」

 アレフたちを撃退したとはいえ、あの三人だけではまだ追っ手を全て退けたとは言い難い。もし、ステラを狙う追っ手が迫っているのだとしたら、今動き回ってはやつらに見つかってしまうことになる。それはどうしても避けないと。

 しかし、情けないことだけど、今のあたし一人では残念ながらまだステラを守り通すことは難しいと言わざるを得なかった。彼女を守り切れないのなら、今後も彼女と一緒にいることはできない。あたしが追われているせいで、ステラが永遠に自由を得られないなんてことはあってはならないんだ。

 でも、もしあおいの力を借りることができれば、ステラを守り抜くこともできるかもしれない。彼女の実力は昨日の戦闘を見たらわかる通り、あたしの常識をゆうに超えていた。最強と呼ばれたかつてのあたしよりも今の彼女が強い可能性は十分にあった。完全に他力本願だけど、今のあたしはあおいに頼るしか他に方法はないんだ。あたしは恥を覚悟であおいにこう言った。

「あおい、なんとかステラを一緒に捜してもらえないかしら?」

 あたしは深々と頭を下げる。すると、あおいは慌てた様子で言った。

「あ、頭を上げてください! 私はあなたの騎士です。あなたが困っているのに見過ごすような真似はしません。だから安心してください」

 あおいは笑顔をあたしに向けてくれる。

「ありがとう、あおい……。今後はもっと自分でなんとかするようにするから、今だけはよろしく頼むわね」

 あたしはそう言って再度頭を下げる。我ながら人の助力を願ってばかりで情けない限りだけど、今はそうも言っていられない。すると、あおいはすぐに優しい声色でこう言ってくれた。

「シーラはお気になさらず。それに、シーラが大切に想っている子には、私も是非とも会ってみたいですし。それでもしよろしければ、目的地に向かいながらで結構なので、ステラとあなたの身に起こったことについて詳しく教えてもらっても大丈夫ですか? 」

 あおいがそう尋ねる。確かに、あたしはまだあおいには何も説明していなかったことを思い出す。彼女があたしの騎士となった以上、しっかり説明する必要があるだろう。

「ごめん、色々と説明が遅くなったわね……。とりあえず、昨日の出来事をしっかり説明させてもらうわ。少し長いけど、聞いてもらってもいいかしら?」

 あたしがそう尋ねると、あおいはすぐに頷きこう言った。

「もちろんです。是非ともよろしくお願いします」

「分かったわ」

 あたしはそんな彼女に、ステラのことや、あたしが逃亡者になるに至った過程について語り出したのだった。

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