ファーストキス⁉︎
気付くと、あおいがあたしの唇に自らの唇を重ねていた。それはあたしがこれまでも一度も経験したことがない、接吻というやつだった。
これまであたしは、どんな男とも唇を重ねたことなどなかった。別に、初恋の相手の為にとっておいたとか、結婚するまでそういった関係は絶対に持たないとか、そういう気持ちを持っていたわけじゃなく、なんとなくこれまでそうまでしたい相手がいなかったというだけだった。だがそれがまさかファーストキスを、出会って間もない、しかも同姓に奪われるとはまったく思いもよらなかった。
元「最強」らしからぬ様子でジタバタするあたしに対し、あおいはなんと今度は舌を絡ませてきたんだ!
「んんんんんん!?」
あたしはあおいのその行動に一層混乱の渦に飲まれる。足の力が抜け、あたしはもはや立っていることもままならなくなる。そこでふと、あたしはあることに気がついた。というのも、あおいに口内を蹂躙される度に、あたしは身体から徐々に魔力が失われていっているのを感じていたんだ。
「な、なにしてんだ!? てめえら!?」
恥ずかしさを誤魔化すようにアレフが喚く。ついでに取り巻きの二人の少女たちも顔を真っ赤にさせているのがあたしの目に入った。そりゃ、戦っていた相手がなんの前触れもなくいきなり接吻し始めたら誰だって驚くに決まっている。
あたしはなされるがままあおいに身を委ねる。するとしばらくしてあおいはあたしを解放した。
放心状態のあたしはそのまま倒れこみそうになってしまったが、あおいが支えてくれたお陰で倒れこまないで済んだ。するとあおいは顔を真っ赤にしてあたしにこう言った。
「ありがとうございます、シーラ。これで魔力はしっかり補充できました」
「へ? い、今のって、もしかして魔力補充、だったの……?」
「すみません、できればこんな方法はとりたくはなかったのですが、時間がなくつい強引な方法をとってしまいました……。騎士としてあるまじき行為、本当に申し訳ございません……」
あおいは心から申し訳なさそうに頭を下げている。正直言って、今のはあたし至上一番の衝撃が走ったといっても過言じゃない。それでも、魔力摂取の為だったのならそれも仕方がないだろう。
「えっと、接吻された方としても、あまり謝られちゃうと、それはそれで居た堪れないんだけど……」
あたしのその言葉に対し、あおいは更に顔を赤くさせて弁明する。
「す、すみません! で、ですが、そのお陰で十分魔力は補充できました! これだけの魔力をいただければ、もう負けませんよ」
あおいはあたしの足元がおぼつかないことを察し、そっとあたしを地面に座らせてくれる。そして再びアレフたちの方へと向き直った。
相変わらずアレフは動揺しているようだったけど、落ち着いた様子のあおいを見てなんとか表情を引き締めなおした。
「……いきなり何しはじめたのかと思ったが、そんなことで誤魔化されやしねえぞ! 今度こそ、てめえを地獄に送ってやる!」
槍を振りかざしアレフが再度襲い来る。彼はまたしても目にもとまらぬ速さで槍を繰り出す。だが、彼が繰り出す先には既にあおいの姿はなかった。
「な!? あのアマ、どこに行きやがった!?」
「ここだ」
気付くとあおいはアレフの目の前にいた。一度姿を消した彼女がいったいどうやって再びアレフの前に現れたのかはこのあたしでも視認できなかった。こんなスピード、人間の常識を凌駕していると言わざるを得ない。
あおいが突然眼前に現れアレフの対応が遅れる。そんな彼に対しあおいは、武器を左手に持ち替え、フリーになった右腕を思い切り振りかぶりながら、短くこう通告した。
「覚悟しろ!」
「やめっ!?」
彼の懇願などあおいは一切聞き入れることなく、彼女は食い込むほどの力で彼の腹を殴りつける。そして間髪容れずに、今度は彼の顔面に回し蹴りを食らわせたんだ!
「ごふっ!?」
蹴りをまともに食らい、アレフの歯が砕け散る。すると、あおいはそんな彼から一度距離を取った。そして少し離れた位置で大きく息を吸う。
あおいは得物に手を添えたまま目を瞑る。すると彼女の身体が髪の毛の色と同じように琥珀色に輝き始めた。
彼女の中に蓄えられた魔力が次々に魔術に変換されていく。そしてついに、その時がやって来た。
あおいがカッと目を見開く。その瞳は同じく琥珀色の光を放っていた。そして気合の声と共に、あおいは得物を振るった。
「はああああああああ!!」
彼女の刃から衝撃波が発せられる! 琥珀色の光はまっすぐアレフの方へと向かっていき、辺り一帯を巻き込みながら彼の身体を飲み込んでしまったんだ!
「うぎゃああああ!?」
彼の断末魔の叫びが辺りに木霊する。だが次の瞬間には辺りは静寂に包まれていた。
彼は地面に突っ伏し意識を失っていた。彼の周辺は完全に荒野と化しており、草一本すらも生えていない。それだけで、その破壊力の凄まじさが分かるというものだ。
「なんて凄い魔術なの……」
あおいの化け物じみた実力を前に、あたしは開いた口が塞がらない。それでも、彼女は手にした得物で彼の命を奪わなかっただけ、実に慈悲深いと言えるんじゃないだろうか。
「さて……」
アレフを倒したあおいは休むことなく、今度は取り巻きの少女たちを睨みつけ問いかける。
「これでも手加減はしたのでその男は無事です。ですが、恐らく三日は目を覚ますことはないでしょう。あなた方もこの男と同じようにシーラを侮辱するつもりなら同じ目に遭わせますが、どうしますか?」
あおいは最大限に睨みをきかせる。しかし、これほどまでに明確な実力差を見せつけられ、彼女らがこれ以上抵抗できるはずもなかった。
「に、逃げるわよ!」
二人はアレフをその場に残し、あっさり撤退してしまう。あおいはそんな彼女たちに対し、ため息をつきこう吐き捨てた。
「抵抗すらしないとは。口ほどにもない」
それはあまりにも鮮やかな撃退劇だった。その圧倒的な強さに、あたしはしばらくの間、放心したまま彼女を見つめることしかできないのであった。
「シーラ、大丈夫ですか?」
心配そうに見つめるあおいを見て、あたしは我に帰る。あたしは声が裏返りそうになりながらも、なんとか彼女にこう言った。
「だ、大丈夫よ! それにしてもビックリしたわ。まさか、あなたがあんなに強いなんて思いもしなかったから」
「驚かせてしまって申し訳ありません。私はこれでも、かつては敵と最前線で戦っていたのです」
そう言って笑顔を見せるあおい。あおいと同じように、あたしもかつて最前線で活躍し、「最強」の称号を得た。しかし、それでもあおいの動きはあたしの当時の実力を凌駕していたと言わざるを得なかった。あれほどまでに異次元の動きをする魔術師など、あたしの知る限りではいなかったような気がする。
「そうだったんだね。でも、まさかあんなに強いなんて思わなかったわよ」
「ありがとうございます。この力をあなたに捧げることができ、本当に嬉しく思います」
あたしよりも小柄で、こんなにも可愛らしい見た目なのに、今のあおいは本当に勇ましく思えた。あたしは思わず彼女の琥珀色の瞳に吸い込まれそうになりながらも、なんとか言葉を紡いだ。
「と、とにかく、あたしの為に戦ってくれて、その、ありがとうね」
ここに来てさっきのディープキスを思い出して顔が余計に熱くなるのをなんとか誤魔化し、あたしはあおいに感謝の意を伝える。するとあおいは優しい表情でこう返してくれた。
「いえ、それはこちらのセリフです。先程も申し上げた通り、私はあなたに救われたのです。お礼をしなければならないのは私の方です」
「そ、そんな大袈裟なことでもないとは思うけど、でも、あれであおいを助けられたのなら良かったわ」
どちらからともなく笑みが漏れる。絶望的な状況で出会ったあたしたちが、今こうやって笑顔でいられるだけでも奇跡的なことだ。あたしは、風のように現れ、あたしに降りかかる絶望を振り払ってくれた琥珀色の騎士に、心から感謝の想いを抱くのだった。