衝撃の事実⁉︎
「やったぁ!」
あたしは思わず子供のようにはしゃぐ。
「やりましたね!」
いつもは冷静なあおいも今回ばかりはあたしと同じようにハイテンションであたしの手をとった。
「流石はシーラさん! ……あおいさんも、本当にお疲れ様でした」
ステラは照れながらあおいのことを讃える。あおいはそれが嬉しいのか、笑顔で「あなたの頑張りがあってこそですよ、ステラ」と言って、彼女とガッチリ握手を交わした。そしてひとしきり喜んだ後、あたしはみんなにこう言った。
「セシリアたちのことが気になるわ。外に出てみましょう」
あたしの言葉を受け、みんなはボロボロの身体に鞭打ち外に出る。
ここにきた時はまだ夜中だったのに、既に空は白み始めていた。ダレルの瘴気が残っている様子もなく、外で倒れている人間もいなさそうであることに、あたしはホッと胸をなでおろす。するとそこに……
「シーラ!」
「アリス!?」
アリスが手を振りながらこちらに駆けてきた。そしてそのまま一目散にあたしに飛びついた。
「うわっ! アリス!? 危ないって!?」
「そんな小さいこと気にしない気にしない! それよりも、本当によく頑張ったわね! あたしが見込んだだけのことはあるわ! あおいもステラも、本当にお疲れ様! ご褒美にあたしの熱いキスを贈ることにするわ!」
「そ、それは遠慮します……」
あおいがあとずさりする。あたしは思わず苦笑いを浮かべた。
とにもかくにもあたしたちは喜びを分かち合った。その後アリスはあたしたちを宿泊していたホテルまで連れて行った。どうやらセシリアと奥様は部屋に張った結界の中にいるらしい。
「シーラ!」
部屋に着くと、セシリアと奥様は、今回の件のお礼を言った後、改めてあたしに頭を下げた。
「本当に、辛い思いをさせてごめんなさい……」
奥様はわざわざベッドから出てあたしにそう言ってくださる。あたしはそんな彼女の身体を支えながら言う。
「それはもう言いっこなしです。あたしとしては、できれば前と同じように接していただけると、凄く嬉しいです」
畏れ多さと照れ臭さから思わず言い淀むあたしに対し、奥様はこう言ってくださった。
「もちろんです。今さらこんなことを言うのはおごましいとは思いますが、あなたは私の自慢の娘です。また、私たちと仲良くしてくださると嬉しいです」
あたしはその言葉がただただ嬉しかった。できることなら、言葉にリボンでも付けて永遠に心の中に保存しておきたいくらいに、あたしはその言葉が心に響いていた。
「シーラ、私も母と同じ気持ちです。あなたを姉として慕っております。だから、また会いにきてくださると、嬉しいです……」
セシリアは大粒の涙を流している。あたしはそんな彼女をギュッと抱きしめ、暫くの間二人で涙に暮れた。
アリスは勇者パーティから二人を守る為、二人をある場所に連れて行くと言う。そこは勇者の力は及ばない場所なのだとか。すると、ステラが訝しがって尋ねた。
「アリスさん、この国にそんなところがあるのですか?」
「ええ。そこはエルフが住んでいる街なのよ」
「え!? そんなところ、普通の人は入れてくれないのではないですか……?」
ステラの疑問はもっともだ。誰だって普通はそう思うだろう。でもそれは、この人に関してだけは全く問題ないことなんだ。そして案の定、アリスは悪そうな顔でニヤリと笑ってこう言った。
「問題ないわよ。だってあたし、エルフだし」
「え!?」
突然の爆弾発言に驚愕するあたし以外の人々。するとアリスはまたニヤリと笑い、今までとは違う口調でこう言う。
「どうやら皆気付いていないようじゃの。相変わらず、あたしの魔術は完璧だということじゃな」
驚くみんなに対し、アリスは「魔術解除」と宣言する。そして次の瞬間には、耳がとがった金髪の女性が姿を現していた。
「じゃーん! どうじゃ!」
「そ、その耳は!? まさか、アリスさんはエルフだったのですか!?」
驚くステラ。それもそのはず、通常エルフは人間の居住エリアには姿を見せない。国家のイベントごとや、何か重大な問題が発生しない限り普通の人々が出会うことは非常に稀なんだ。もちろん今は非常時だから、エルフも色々動いてはいるだろうけど。
「その通りよステラ。あたしはエルフ。そしてあたしはなんと……」
「この人はあたしの祖母で、名前はアリシアって言うの」
「その通り! ……って、シーラ!? お前気付いておったのか!?」
一番大事なネタバレを突然邪魔されて驚きを露わにする祖母。そしてあたしの発言にあおいたちは驚愕した。
「祖母!? あなたはシーラのお祖母様なのですか?」
あおいの疑問に対し、祖母はおほんと咳払いをして気を取り直す。
「いかにも。あたしの名前はアリシア・リリーホワイト。このシーラの祖母だよ」
「それにしてはずいぶんお若いようですが……」
「おお、あおいはよくわかっているね。よしよし」
あおいを撫で回す祖母。何回も言っているけど、エルフは人間よりも寿命が長く、年をとるのも遅い。故に祖母は六十歳を越えた今も若さを保っている。
あおいは祖母に琥珀色の美しい髪をくちゃくちゃにされながらもあたしにこう尋ねる。
「あの、お祖母様がエルフということは、シーラもエルフということなのですか?」
「いや、あたしの祖父と母は人間だから、あたしはエルフのクオーターってことになるわね」
「へー、なるほど……」
あおいはまだ目を丸くしている。彼女によると、彼女が前いた場所には人間以外の種族がいなかったようだし、エルフが珍しいのもよく分かる。
「ところで、なんで正体なんて隠してたのよ?」
あたしの問いに対し、なぜかニシシと変な笑みを浮かべて祖母が答える。
「なーに、孫の成長を確かめたくてな。まあ、結果的にはバレておったようじゃが……しかし、お前の勇姿を見られてあたしは嬉しかったぞ。あと、お前とあおいの照れ顔はとにかく眼福じゃったなぁ」
「な!?」
あたしとあおいが同時に反応する。怒られると思ったのか、祖母はあたしたちの言葉を遮って口を開く。
「さ、さて! 二人はあたしの故郷に送り届けるでな! あとは頑張るんじゃぞ」
そう言って彼女はロッドを取り出し、それを振るう。するとその場に光の扉が現れた!
「な、何これ!?」
「これはエルフの里への秘密の扉じゃ。これを使えば一瞬でエルフの里にワープできるんじゃ!」
喜色満面の祖母。相変わらずなんでもありだけど、そういう所がやっぱり祖母らしいなとあたしは思った。
「よし、では行こうぞ。なあに心配はいらん。暫くすればまた自由に会えるようになる。あとはこっちの若人たちに任せようぞ」
そう言ってウインクする祖母。ふざけた様子ではあるけど祖母からは茶化すような雰囲気は感じられない。あたしはそんな祖母の想いに応えるべく、彼女らに力強くこう宣言した。
「もちろんよ! あたしたちが必ず勇者たちを止めてみせるわ。だから、それまでどうかお元気で!」
こうしてあたしたちは、祖母やセシリアたちに別れを告げた。セシリアも奥様も、あたしたちに最後まで手を振ってくれていた。
今はまた離れ離れになってしまうけど、これは決して今生の別れじゃない。必ずまた会える。あたしはそう確信していたから、決して下を向いたりはしないのだった。
三人が扉の向こうに行ってしまうと、その扉も間もなく消えてしまった。彼女らを見届けると、ステラは少し寂しそうな表情で呟いた。
「なんだか、嵐のような方でしたね……」
「あの人いつもああなのよ……。でも、祖母と一緒に戦えたのは、少し嬉しかったかな」
あたしは思わず笑みが漏れる。その横であおいも目を細めている。しかし彼女はすぐに表情を正してこう尋ねた。
「ところで、この街を統治していたダレルが死んで、その後はどうするのでしょうか?」
「分かんないけど、勇者たちがなんとかするんじゃないかな……?」
あたしが首を捻っていると、ステラがこう言った。
「勇者がクーデタを仕掛けた以上、遅かれ早かれこの街にもメスを入れるつもりだったと思いますし、別にいいのではないでしょうか」
実際、あのユーリのことだ、各地で貴族が不正を行っていたと本当に知っていたなら、きっとそれを正そうとするはずなんだ。セシリアたちを苦しめたことは許せないけど、ダレルのような悪党を見た後では、いったいどっちが悪人なのか、正直今のあたしには判断がつかなくなってしまっていた。
「それにしても、ちょっと立ち寄るつもりだっただけなのに、これだけ盛り沢山になるとは思わなかったわ。まあもともとあたしが決断できなかったのが原因なんだけどさ……」
あたしは自嘲気味に笑って言う。しかしあたしのその言葉に対し、あおいは首を横に振る。
「ですが、あなたの優しさのおかげでセシリアたちは救われました。あなたは間違っていなかったと思いますよ」
あおいは真っ直ぐあたしの目を見てそう言ってくれる。あおいと面と向かうと、数時間前に彼女と接吻をしたことを思い出してしまい、あたしは彼女を直視できなくなってしまう。でも、あたしがまだあのことを気にしていると、彼女には悟られたくなかった。あれはあくまであたしたちの魔術核を同期させる為の手段なのであり、他に意味なんてなかったんだ……。だからあたしがいつまでもそれを引きずっていてはダメなんだ。
あたしは、なんとか平静を装ってあおいにこう言った。
「ありがとうね、あおい。そう言ってもらえると少し楽になるわ」
「これぐらい当たり前です。あなたは本当に何も悪くないんですから」
そう言って笑みを向けてくれるあおい。こっちが意識してしまっている分、その笑顔の破壊力は普段の何倍もあることを、この子はきっと気付いてはいないんだろうな……。
すると今度はステラが地図を広げながら言う。
「さて、次はグラシアルですね。なんとか海上ルートが使えればいいのですが」
「そ、そうね。まあ、行ってみればわかるわよ」
一方、あおいは表情を曇らせている。
「それにしても、勇者一味も信じられませんが、ダレルをはじめ王家の関係者もかなりまずいことをしている人たちがいるようですし、我々はいったい誰を信じればいいのでしょうかね……」
確かに、元は勇者パーティへの反逆だったはずが、いつしか王家の関係者の不正を見つけ彼らと戦うに至っているこの状況にあたしも困惑せざるを得なかった。
「今は正直どちらも信じられないわね……。勇者パーティは必ず止めるわ。でも、他の街でもダレルのような不正が行われているとしたら、それも見過ごせない。ごめんね、本当はあたしが迷ってちゃダメなんだけど……」
「いえいえ、シーラさんのお気持ちはよく分かります。わたしだって、ダレルのような人間が他にもいるのだとしたらやっぱり許せませんし」
ステラがあたしの言葉に同意を示してくれる。あおいも同様に頷き、あたしにこう尋ねる。
「それでは、ここからは、勇者パーティを止めるべく王都を目指しつつ、貴族の不正についても調べる、ということになりますかね?」
「そうなるわね。道は険しいけど、みんな改めてよろしく頼むわね」
あたしは二人に深々と頭を下げる。それに対し、二人は力強くこう返してくれた。
「こちらこそよろしくお願いします! あなたの騎士として、地の底までお供する所存です」
「わたしももちろんお付き合いします。わたしはあなたの従者です。主人のピンチを助けるのがわたしの生きる意味ですから」
「二人とも、ありがとう……」
二人の言葉に背中を押される。祖母はいなくとも、この二人と一緒なら、あたしは最後まで戦える。あたしはそう確信した。
「さあ、みんな行くわよ!」
「「おー!」」
こうしてあたしたちは、次の目的地に向かって再び歩き出したのだった。