ダレル始動
仲間を倒されついにダレルが始動する。どうやら一つ眼の化け物を創り出すのも楽ではないらしく、これ以上それをやってくる様子はなさそうだった。
既に今のダレルには人間だった頃の面影は全くないと言っても過言じゃない。身体が肥大化した影響で衣服は全て破れてなくなっており、醜い身体が露わになっている。もはやあたしにはそんなダレルは歩く肉塊にしか見えなかった。
「追い詰められたからって、普通ここまでする……?」
「恐らく、やつ自身もこんなことになるとは思っていなかったのでしょう。愚かな男だ」
あおいはそう吐き捨てる。
これ程までに大規模な魔術は、多分相当に高難易度のものであるはずだ。それをダレル程度の低レベルな魔術師一人でできるとは思えない。多分、あいつをサポートした魔術師がいたのだろう。そして人の力を借りてこの魔術を発動させた結果、予想以上の威力を制御しきれず、力を暴走させてしまったといったところだったんだろう……。
「シーラ、やつが来ます!」
あおいの言葉であたしは思わずハッとする。こんな時に余計なことを考えている場合じゃない。あたしは急いで回避行動をとりながら、再度魔力生成に取り掛かった。
あたしはまず自身の体力を回復させ、その後二人の回復を行う。完全回復には程遠いけど、そのまま戦い続けるよりはマシなはずだ。
身体のキレが戻ったあおいとステラが素早い動きでダレルを翻弄する。今のダレルはとんでもない化け物だけど、動きに関しては鈍足もいいところだ。撹乱されているダレルにあたしは再度矢を放った。
「はっ!」
連射された光の矢がダレルへと襲いかかる。そしてそれらはなんと、ダレルの腕を吹き飛ばすことに成功した!
「やった!」
思わず喜ぶあたし。しかし、次の瞬間あたしは目を疑うことになる。と言うのも、さっきの化け物たち同様、吹き飛んだはずのダレルの腕がすぐさま修復を始めていたからだ。しかもその修復力は、あの化け物たちの比ではなかったんだ。
「そ、そんな……!?」
あたしはその回復力の凄まじさに驚くことしかできない。そして、ものの数秒でなくなったはずの腕は完全に元に戻ってしまった。
「な、なんてやつだ……」
これにはあおいも動揺を隠しきれない。それでも彼女は決して怯むことなくダレルを攻撃し続ける。そして同じくステラもその足を止めることは決してなかった。
「えい!」
二人が諦めていないのにあたしがここで止まるわけにはいかない。あたしは二人の為に魔力生成を行いつつ、自身でも攻撃を続けた。しかし、結局どれほど矢を射っても、あたしはやつに傷を負わすことはできなかった。
「これだけやってもダメージを与えられないなんて……」
ステラは青い顔をしてそう漏らす。彼女のビキニアーマーに覆われていない柔らかな素肌には既に汗がびっしり浮かんでいる。体力自慢の彼女も、これだけ手応えがないと、一段と疲労を感じてしまっているはずだ。
すると、今度は防戦一方だったダレルがさっきとは違う動きを見せる。
見る見るうちにやつの身体を紫色の禍々しい光が包み込んでいく。やつが何か良からぬことをしようとしているのは明白だった。
「マズい……!」
反射的にあたしは二人を助けに走り出そうする。しかし二人の距離が離れているせいでどちらに向かえばいいか分からず、あたしはその場で固まってしまう。するとそんなあたしの心情を察してか、あおいがあたしに念話でこう言った。
『シーラ、あなたは早くステラの元へ!』
『で、でも、それじゃあおいが……』
『私はあなたからの魔力供給のおかげでまだ魔力が残っていますが、今のステラに余力は残されていません! だからあなたは彼女の元に急いでください!』
『……わ、分かったわ!』
念話が終わると同時にあたしは全速力でステラの元へと駆けだす。なんとか間に合えと、祈るような気持ちであたしは走った。するとその時、ダレルの邪悪な光が一段と輝きを増した。そして次の瞬間……
「ぐ、ぐおおおおおおお!」
とても人間のものとは思えない雄たけびを上げ、ダレルはその力を解放した。
「ステラ!!」
必死の想いであたしは眼前に迫っていたステラに手を伸ばす。
「シーラさん!!」
同じようにステラもあたしに手を伸ばす。そしてなんとか、あたしは彼女の手を取ることに成功したんだ!
「ホ、聖なる領域!」
あたしはステラを抱き寄せながら叫ぶ。しかしそれと同時に、あたしたちは真っ黒な波動に包まれてしまった。
いったい何がどうなったかなど分かりようもなかった。あたしはまるで、袋の中に無理やり押し込まれ、四方八方から鈍器で殴られているようなそんな猛烈な痛みを覚えた。それでもあまりの風圧に満足に叫び声すら上げることができず、あたしはただただ歯を食いしばって激痛を耐えることしかできなかった。
気付くと、あたしは赤い絨毯が僅かに残る床に転がっていた。謁見の間にあったあらゆる装飾物は破壊され、壁も節々に亀裂が入るか崩れているところがあるのが目に入っていた。
あたしの身体は既にボロボロだった。あらゆるところに傷ができ、頭からは血がしたたっている。あおいからもらったブレザーもとても返せるような状態ではなくなっていた。
「ステラは、どこ……?」
あたしは急いでステラを探す。すると、彼女はあたしの近くに倒れこんでいた。小さな胸を覆うビキニアーマーは弾け飛び、彼女の上半身を覆うものは何も無くなっている。幸いにも、あたしが抱きしめていたおかげか、傷はあたしよりも幾分かマシではあるようだったけど、それでも全身を怪我していることには違いがなかった。
「ステラ、しっかりして!」
あたしは痛む身体を無理やり動かしステラの意識を確かめる。すると彼女はすぐに目を覚ましてくれた。
「……し、シーラさん」
「良かった、無事だったのね」
こんなズタボロ同士で無事もないものだけど、それでも彼女が生きていてくれただけでもあたしは本当に嬉しかった。しかし、あたしを見つめるステラの表情は一気に険しいものへと変わっていた。
「し、シーラさん!? その怪我は……!?」
よっぽど今のあたしが負っているダメージが大きいのか、ステラは思い切り動揺してしまっている。あたしは満足に動かない顔でなんとか笑みを作って言う。
「だ、大丈夫よ、これぐらい、なんてことないわ……」
「ど、どう見ても大丈夫には見えません! い、いったいどうしたら……」
自分だって酷い怪我なのに、彼女はやっぱりあたしを心配してくれる。
「二人とも!」
するとそこにあおいが到着した。あたしはひとまず、あおいが無事であったことに心からホッとした。どうやら彼女の怪我の程度は軽いらしく、彼女はすぐにあたしの元へと駆け付けてくれた。
「シーラ! ステラ! ご無事で……ってシーラ!?」
あおいはあたしの様子を見てステラ同様驚愕の表情を浮かべる。
「こ、これは酷い……すぐに手当てを……」
「だ、大丈夫よ……。それより、ブレザー、こんなにしちゃってごめん……」
「そ、そんなものどうでもいいです! 私がすぐに駆け付けていればこんなことには……」
「ううん、あおいは気にしないで……。ちょっと慌てちゃって、聖なる領域が上手く発動できなかったみたいなの……」
「あ、あの状況では仕方ありません! それよりも早く治療を! わ、私では簡単な治療しかできませんが、やらないよりはマシです」
あおいはそう言って、自分だって魔力が残り少ないはずなのに、あたしに回復魔術を施してくれた。彼女の手から癒しの黄色の光が発せられる。彼女はその力で、特に酷い怪我を負っていた部分を治してくれた。
「お二人とも、どうやらダレルは極大魔術の使用のせいですぐには動けないようです」
ステラがふらつく足で立ち上がり、そう報告してくれる。すると、あたしの応急手当を終えたあおいが彼女の手を取った。ステラが驚いてあおいを見ると、あおいは少し怒った表情でこう言った。
「ステラ、頑張ってくれるのは良いことですが、今は無理しないでください」
「む、無理なんてしていません……」
「そんなフラフラな状態でよく言います。たまには素直に人の言うことを聞いてください」
「う……」
ステラはあおいの強めの口調に何も言い返すことができない。そのやり取りが微笑ましくて、こんな状態にも関わらずあたしは思わず笑みが漏れた。
まだまだ傷は痛む。それでも、あおいのおかげでさっきよりも数倍マシになり、あたしはようやく立ち上がることができた。
ステラの言う通り、ダレルはまだ活動を再開していない。改めて辺りを見回すと、この頑丈な邸宅が今にも崩れそうなほど至る所が破壊されていて、さっきの魔術の力の大きさが改めて理解できた。あれだけの攻撃を防ぎ切ったあおいの魔術には相変わらず驚かされるけど、あたし自身も魔術の発動はほぼほぼ失敗だったにも関わらずよく生きていたものだと思わず感心してしまう。
しかし、あたしたちはなんとか無事だったわけだけど、状況自体は全く改善されていないのは言わずもがなだ。今回はギリギリ耐えたけど、また同じ攻撃をされたら今度こそ助からないだろうし、その前にこの邸宅が崩れてあたしたちは建物の下敷きになってしまう可能性だってあった。
「あいつを倒すには、あの超回復を突破しないといけない。でもそんなの、いったいどうしたら……」
思わず弱音が漏れる。しかし、その次の瞬間、あたしはあることを思いついていた。正直、それはかなりギャンブル性の高い方法だったけど、試してみる価値はあるとあたしは思った。
「シーラ、ステラの回復が終わりました」
「ありがとう。あおい、実は作戦を思いついたの。疲れているところ悪いんだけど、聞いてもらってもいいかしら?」
あたしがそう言うと、あおいは疲れた素振りも見せずに頷き、こう言ってくれた。
「もちろんです、話してください」
あたしはそんな彼女にさっき思いついた作戦を話して聞かせた。
「あたしたち二人の魔力を合わせて魔力石を作って、それをダレルに吸収させ、体内で爆発させるという作戦なんだけど、あなたはどう思うかしら?」
「そ、それはまた随分と思い切った作戦ですね」
あおいは驚きを隠さない。しかし、決してそれを否定するようなことも言わなかった。
「確かに、やつを倒すにはそれぐらいのことをしないとダメなのかもしれませんね……。しかし、もしそれが爆発する前に吸収されてしまったらどうします?」
「そうなったら、残念だけどもうあたしたちに勝ち目はないでしょうね……」
もし結集させた魔力を吸収されたら、ダレルは今度はさっきよりも大規模な攻撃を繰り出すであろうことは目に見えている。そうなったら、魔力が尽きたあたしたちでは今度こそ持ちこたえることはできないだろう。
「それでも、あの化け物に勝つためには、もう思い切った方法を取るしかないわ。あおいならそれは分かるわよね……?」
あたしの問にあおいは静かに頷く。あたしたちはもう、腹を括るしかなかった。