勇者の狙い
それからしばらくして、あたしはふとあることを思った。それは、そもそも今回の件を引き起こした根本原因であるクーデタについて、王家の関係者であるセシリアなら何か知っているのではないかということだ。泣き止み、すっかり平静を取り戻したセシリアに対し、あたしはこう尋ねた。
「ところでセシリア、勇者がなぜクーデタなんてことをはじめたのか、あなたはその理由を知らないかしら?」
すると、セシリアは一度唸った後こう答えた。
「直接的な原因ではないかもしれませんが、この街を統治しているダレル家は、実は大きな不正を働いていたという話があります。また、ダレル家のみならず、貴族による不正が各地で横行していたという話も一部聞き及んでいます……。もしかしたら勇者は、そういった不正を正そうと考えたのかもしれません」
ダレルは自身の為に他人を平気で売り渡すような人間だ。セシリアの言うように不正を行っていたとしてもおかしくはない。だが、不正が各地で横行していたというのはあたしにとって非常に衝撃度の大きい内容だった。あたしは恐る恐る更に彼女に尋ねる。
「不正って、例えばどんなものがあるの?」
「聞いたところによれば、ダレル家は賄賂を受け取り、特定の商人に税制面の優遇措置を行っていたらしいです。逆に献上品を持ってこない人々に過重な税金を課していたという話もあります」
「そんなことしていたの……。誰かダレル家を止められる人はいなかったの?」
「彼らは政府のあらゆる人間と癒着しており、彼らを止める者は誰もいなかったようです……。各地で起こっていた不正も似たような構図だったとも聞いております。王家に近しいヴァンデンハーグ家としては、本当に情けない限りです……」
もしそれが本当だとしたら、この国はあたしの知らないところで腐りきっていたということになるのではないか……。そうなれば、あたしの母やレオナ様が話していた過重な税金もやはり単なる噂話ではなく、事実である可能性が高くなってくる。
あたしはあまりのショックに、ついこう漏らしてしまっていた。
「あたしたちは、そんなやつらの為に戦っていたのかしら……」
すると、そんなあたしの様子を心配してくれたのか、セシリアはあたしの手を取りこう言った。
「シーラ、元気を出してください。これはあくまで明確な証拠があるわけではありませんし、もし事実だったとしても、シーラたちが頑張って戦ってくださっていたことでこの国の平和が保たれていたことには変わりありません。私が言えた立場ではありませんが、シーラはご自身にもっと誇りを持ってください」
「あ、ありがとう……。ごめん、つい動揺しちゃってね。あなたの言う通り、もう少し自分に自信を持ってもいいのかもしれないわね」
自分に誇りを持てか。そう言えば、似たようなことをあおいにも言われたような気がするな。
「その通りです。あなたは私の誇りです。それに、一緒に旅をされているあなたのご友人たちも、きっとシーラのことを信頼していると思いますよ」
笑顔でそう言ってくれるセシリア。あたしはそんな彼女の頭を撫でると同時に、こんなに優しい子を酷い目に遭わせたダレル家に改めて強い怒りを覚えた。
もし、勇者が貴族や役人たちの悪行を把握していたとすれば、ダレル家のような貴族の横暴を放置してきた政府に怒りを抱いてもおかしくないかもしれないともあたしは思った。
「さっきセシリアが言ったように、ダレル家みたいな悪人を勇者が放置するとも思えないわ。不正を正す為に、あいつはクーデタなんてことを考えたのかしら……」
正直言って、もし全ての話が真実なのだとしたら、勇者たちがやっていることを一方的に悪と言うのは違うのではないかと思う。しかしそれでも、王家の関係者を無理やりとらえて処罰するやり方はやっぱり承服しかねるし、実際何の罪もないセシリアがこれほどまでに苦悩している現実を前にしては、やるにしてももう少し平和的な解決策があるはずだとも思う。
と、ここまで考えておいてあれだが、今直面している問題とは主旨がずれていることにあたしは気が付いた。
「……まあ、今はあいつのことを考えている場合じゃないわね。ダレル家を倒して、奥様を助け出す。今やるべきことはそれしかないわ」
「はい……」
「心配する必要はないわ。あたしは必ずやり遂げるから。あおいたちも呼んで、今後の作戦を練るわよ!」
あたしはそう豪語する。セシリアはそんなあたしに再度深く頭を下げるのだった。
あたしは外で待機してくれていたあおいやステラたちを呼び戻し、ダレル家討伐の為の作戦会議を開始した。この街の地図を広げながら話をしていると、祖母がダレル家邸宅を指さしながらこう指摘した。
「調べたところ、ダレル家の邸宅は巨大な壁に囲まれていて、正面の門付近には衛兵が相当数配置されていたわ。あと、建物に出入りしている衛兵の数も凄かったから、内部にもかなりの量の衛兵がいると思われるわ」
「い、いつの間にそんなの調べてたの?」
あたしが驚いてそう尋ねると、祖母の代わりにステラがこう答えた。
「お二人が買い物に行かれている間です。アリスさんとわたしで偵察に行ったのです」
「そうだったの。ありがとう、ステラ」
あたしがそう言うと、ステラは途端に顔を赤くさせる。
「じゅ、従者として当然のことをしたまでです。話が逸れているので本題に戻してください」
照れるステラがこの上なく可愛かったが、残念ながら今は彼女を愛でている時間はないので泣く泣く断念した。すると、地図を睨みながらあおいがこう言った。
「しかし、それほど守りが強固では忍び込むのは難しそうですね……。せめて写真でもあればもう少しイメージが湧くのですが」
「しゃしん? あおい、しゃしんって何?」
あおいの言葉に祖母が疑問を呈す。それに対し、あおいはハッとして答えた。
「これは失敬。この国にそれはありませんでしたね……。そうだ、セシリアは実際に中に入ったことがあると思うのですが、何か良い方法はありませんか?」
あおいがそう尋ねると、セシリアは「そうですね……」と呟き、それから考えを巡らせる。そしてしばらくして、彼女は若干躊躇いがちにはではあるが皆にこう言った。
「ダレルとの当初の約束では、三日間でシーラを捕え、遅くとも日付が変わるまでに私がシーラをダレル家の邸宅まで連れて行くことになっていました。もしかしたら、シーラが捕まったフリをすれば、中に入り込めるかもしれません……」
そう言えば、セシリアは出会った日に、ダレルが設定した期限は三日間と言っていた。あの日が一日目なのだとすれば、今日が三日目ということになるのか。
「ということは、今日の夜ならその作戦がとれるってことなのね」
「はい。実は、ダレルは前々からシーラに興味を持っていたようなのです。だからもしかしたら、彼の注意を引いて、隙を作ることができるかもしれません……」
「あ、あたしに興味? なんでまた会ったこともないあたしになんて……?」
あたしがそう尋ねると、セシリアは実に答えづらそうに言う。
「あの男が言うには、勇者パーティ時代にこの街に来ていたあなたを見て、一目惚れしたらしいのです……」
セシリアがそう言うと、それに対してステラが露骨に嫌悪感を露わにしてこう言った。
「穢らわしいですね。シーラさんを不埒な目で見るなど……」
「まあまあ」
怒りを見せるステラとそんな彼女をなだめてくれる祖母。偵察の件といい、二人は相性がいいのかもしれない。
ダレルには会ったことはないけど、セシリアたちをこんな目に遭わせた時点であたしはダレルに対しては嫌悪感しか抱いていなかった。だからそんな男に一目惚れされるなんて不快でしかないのは間違いなかったが、今はそうも言っていられない。
「確かに不愉快ではあるけど、今は他に策もないし、それで気を引ける可能性があるなら積極的に使っていきましょう」
「シーラさんが、そうおっしゃるのなら……」
あたしの言葉にステラは不服そうではあったが、なんとか同意を示してくれた。
「まず、あたしはセシリアに捕まったフリをして邸宅内に侵入する。そしてなんとかダレルの隙をつくり、攻撃を加えたらあおいに念話で合図を出すわ。そしたら皆で一気に突入してちょうだい」
「しかし、それではシーラがあまりに危険ではないですか?」
あたしの提案に今度はあおいが難色を示す。確かに敵の本拠地に乗り込む以上、これはかなり危険な任務になることは間違いない。しかし時には危険とは分かっていてもやらなければならないことがあるし、あたしも覚悟の上のことだ。
「この状況を打破するにはこれぐらいはやらないとダメよ」
「ですが……」
「あたしだってこれまで危険な現場は何度も経験しているし、それぐらいの覚悟はできてるわ。もちろんこのままでは内容がまだ粗いから、もう少し綿密な作戦を練って確実性を上げられるようにするわ」
「…………」
あおいは尚納得できない様子ではあったけど、あたしの意見にそれ以上反対することはなかった。
「……そこまでおっしゃられるのなら、私もあなたの意見に従います」
そして最終的には、彼女はあたしの言葉に頷いたのだった。