決着!
翌日、寝惚け眼をこするあたしたち二人の同期度合いを祖母が確認する。すると彼女はやや不満げにこう言った。
「うーん、もう少しってところかしら……やっぱり裸でハグした方が良かったのに……」
「だから!」「ですから!」
あたしたちは同時に叫ぶ。祖母はあたしたちの息の揃った抗議にたじろぎなからも、「でも多少のつながりは確認できてるし、まあ今はこれでも上々ってところかしらね!」と明らかに態度を一変させた。
実際、あたしは今あおいとの繋がりを実感していた。そしてそれはあおいも同じなのか、彼女はこんなことを言った。
「確かにそこまでハッキリではありませんが、自分の心に問いかければ、シーラを少し感じることができます」
「あおいもそう? あたしも心の底にあおいを感じるよ。きっと完全に同期できれば、もっとあおいが近くにいるように感じられるんだろうね」
祖母的にはこの程度では不満なんだろうけど、僅かでも離れている相手を感じられるだけでもあたしは十分すごいことだと思った。
と、まさにそんなやりとりをしている時だった。ステラが窓の外を見つめながらこんなことを言った。
「シーラさん、外にセシリアの気配を感じます……」
「……ついに来たのね」
ステラはあたしたちの中で魔力感知が最も鋭敏だ。彼女の言葉を聞いたあたしたちはすぐさまホテルの外に出る。するとそこにはワンピースの破けた片袖から、痛々しい火傷の跡が残る腕を覗かせているセシリアの姿があった。
「シーラ……」
既にセシリアの瞳からは光が失われており、今の彼女には生気すらもほとんど感じられなかった。元々身体の弱い彼女は本来ここまでの戦闘は行えないはずであり、彼女が無理をしているのは明白だった。
「セシリア、あなた……」
このまま無理をさせては彼女の寿命を更に縮めかねない。あたしはどんな手を使ってでも彼女を止める決意を固めた。
「もう、逃がさない……」
セシリアは今にも倒れそうな青い顔をしてそう言う。今の彼女に話が通じるかは微妙だけど、もし彼女と本気の戦いをしたらどちらかが本当に命を落としてしまうかもしれない。そうならない為にも、なんとかして彼女を止めるより他に方法はないんだ。
そして、あたしは必死の思いで彼女に呼びかけた。
「セシリア待って! よく考えて! あなたはダレルに脅迫されてあたしたちと戦っているんでしょ? それなら本来の敵はあたしたちじゃなくてダレルのはずよ! だから、あなたはあたしたちと戦うんじゃなくて、あたしたちと協力してダレルを倒すのよ!」
「そんなの、無理です……。ダレルの邸宅はその辺の要塞よりも堅い守りを誇っている。我々だけでなんとかなるようなものではありません……」
「でも、そんなのやってみないと分からないわ! 初めから諦めるべきじゃない! あたしたちが力を合わせれば、きっと……」
「うるさい!」
あたしの必死の説得はセシリアの怒鳴り声に遮られてしまう。彼女がここまでの声量で怒鳴ったのを見たのは、当然のことながら初めてのことだった。
「そんなことを言って、シーラも私を騙すつもりですね!? 私を安心させて、その隙に私の息の根を止めるつもりなんですね!? 騙されませんよ! ここで騙されては私を母を救えないんです! だから絶対にそんな口車には乗りません!」
セシリアはほぼ半狂乱のような状態になっている。もはや、あたしの言葉が届くとは思えなかった。
「シーラ」
刀を構え、臨戦態勢のあおいがあたしに言う。
「このままでは埒があきません。戦うより他に方法はない」
「で、でも……」
「安心してください。彼女は殺しません。その代わり、シーラには私のバックアップをお願いします」
あおいはあたしの肩に手を置き、あたしの目をまっすぐ見据えてそう言う。正直、今の同期具合で満足に魔力の供給ができるかは分からなかった。故にあおいは、それ以外の方法で自分をしっかりサポートしてほしいと言っているんだ。そしてそれさえできれば、彼女はセシリアをなんとかする自信があるんだろう。それならば、あたしは彼女を信じるより他にない。
魔力生成が苦手とかそんな甘いことは言っていられない。あたしは覚悟を決め、魔力生成に取り掛かった。
「はあああ!」
セシリアがムチを振り回す。それはあおいたちを狙っているというより、闇雲に振られたものであるように思われた。しかし残念ながら、そんな雑な攻撃であおいたちを倒せるわけもない。みんなが一気に彼女との距離を詰められているわけではないけど、徐々に彼女を追い詰めているのは間違いないようだった。
「ああもう! どうして、当たらないの!?」
もはや駄々っ子がグズるが如くセシリアは感情をコントロールできていない。しかし彼女が最後の力を振り絞っているせいか、あおいたちはそれ以上はセシリアに接近することができない。
戦闘が長引けば長引くほどあおいの魔力切れの危険性は高くなる。その危険性を少しでも軽減させる為、今あたしがすべきことは、魔力石を生成し、あおいにそれを供給し続けることだ。
そしてこれは戦闘中に判明したことだけど、僅かながらあたしとあおいの魔力核が同期しているおかげか、あたしは若干だが彼女に直接魔力を供給することができた。それでも、その量はどうしても限定的で、今はとにかく魔力生成を止めないことが何よりも大事だった。あたしは、多少無理をしてでもこの戦闘中もう魔力生成をやめないと自身に誓った。
すると、不意にずっとあたしを守る為に張り付いてくれていたステラがこんなことを呟いた。
「ふぅ、そろそろ頃合いでしょうか」
「ステラ?」
「シーラさん、あなたはここから動かないでください」
ステラはそう言うと、なんとその場から突然走り出した。
「え!? す、ステラ!?」
突然のことにあたしは思い切り動揺してしまう。そんな彼女にいち早く反応したのは、昨日からステラと同室だった祖母だった。
「いいわよステラ! ほいっ!」
走り出したステラに祖母が何やら魔術をかける。すると、魔術を受けたステラの身体が紅く輝き出した。
「く、来るなあああ!!」
走り寄るステラに驚き、セシリアがムチを向ける。このままのコースでは直撃は免れない。あたしは思わずステラに向かって叫ぶ。
「ステラ! 危ない! 避けて!!」
だがそんなあたしの叫びも虚しく、ステラにムチの雨が降り注ぐ。あれほどまでに激しい攻撃をステラのハンマーだけでは防ぐことなど不可能だ。
「ステラ……!?」
思わず呼吸が止まりかける。あたしはステラが傷付くのを見ていられなくて、彼女から目を逸らしてしまう。だが、あたしの予想に反し、動揺の声を上げたのはセシリアだった。
「……な、に?」
「え? 何が起こったの……?」
あたしが再びステラに視線を戻すと、なんと彼女は自身のハンマーでムチを絡め取っていたんだ。
「狙い通りです」
ステラがニヤリと笑う。見ると、彼女はほとんど傷を負っていないようだった。あたしは事態が飲み込めず困惑していると、アリスがあたしにこう言った。
「さっきのは防御力強化の魔術だったの。セシリアはあたしとあおいには警戒しているけど、ステラへの警戒がそれほど高くなかったから裏をかけると思ってね」
「そういうことだったのね」
祖母はあたしに対して親指を立てる。相変わらず、彼女の魔術のバリエーションの豊富さと思考の柔軟さには驚かされる。
そしてステラはムチをハンマーに絡め取ったままこう言った。
「あおいさん! 今ですよ!」
「はい!」
ステラの言葉を合図にあおいが飛び出す。
「うわああ!!」
セシリアは焦って魔術攻撃を試みるが、魔力十分のあおいの前にそれらは全て塞がれる。
セシリアは瞬間的にステラに絡めてしまっていたムチをパージする。そしてすぐにそれを魔力で再構築することでなんとか再びあおいに攻撃しようとする。しかしそれはあおいが許さない。
「させるか!」
「きゃああ!?」
あおいの猛攻の前にセシリアは防戦一方となる。あおいは守ることしかできないセシリアに向かって言う。
「もう諦めろ! シーラの言う通り、お前は私たちと協力するんだ!」
「そんなこと、できるわけない!」
「くそ、この、分からず屋が!」
頑ななセシリアにあおいも苛立ちを隠しきれない。あおいがこれだけ言っても彼女が譲らないのであれば、もう彼女にはどんな言葉も無意味だ。そろそろこの駄々っ子には厳しい躾をする必要があるだろう。
あたしは生成していた魔力石を自らの身体に取り込む。そしてロッドを構え、彼女の名前を叫んだ。
「セシリア!」
あたしがセシリアを呼ぶと、彼女はこちらに振り向く。その瞬間、彼女はあたしの頭上に釘付けとなる。彼女は明らかに怖気付いている。というのも、あたしがロッドを掲げる先には、大量の光の剣が現れていたからだ。
セシリアは恐怖に顔を引きつらせながら、消え入りそうな声でこう言った。
「シーラ、や、やめ……」
しかし、もはやあたしは彼女の言うことを聞くつもりはなかった。あたしたちが戦う意味なんてない。この一撃で、あたしはすべてを終わらせる!
「いい加減に、目を、覚ましなさい!」
あたしの掛け声と共に光の剣が次から次へと降り注ぐ。
「いやあああ!?」
そしてそれらは悉くセシリアの身体を貫いたのだ!
無論、手加減はしているので彼女が死ぬことはないけれど、あまりの衝撃にセシリアは声も上げられずに気を失ってしまったようだった。
しばらくして砂埃が晴れる。そこには倒れているセシリアの姿があった。
「セシリア!」
あたしたちは急いで彼女の元へ駆け寄る。あたしが彼女の身体に触れると、彼女の身体は信じられないくらい熱くなっていた。
「熱があるわ……」
あたしがそう呟くと、慌てて祖母がセシリアの額に手を触れる。
「これは結構高いわね……。急いで部屋まで運びましょう!」
かくして、あたしたちは急いでセシリアを宿泊場所まで運ぶのだった。