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二人の夜

 あおいは大きく溜息をつきながら言う。

「ふー、何やら疲れました……」

「ホントね」

「これだけあなたに情けない姿を晒してしまうなんて、私はあなたの騎士として失格です……」

 そう言いながら膝に顔をうずめるあおい。

「大袈裟だって。あおいは出会ってからずっとカッコいいわよ」

 それはお世辞ではなく、あたしの正直な気持ちだ。あの日、絶望に打ちひしがれていたあたしの前に現れた羽岡あおいという少女は、あたしにとって間違いなく希望だった。そしてそれは今でも少しも変わることはない。

「それにしても、最初あおいを見た時は驚いたわ。こんなに可愛い子がいるんだって」

「私だって、あなたのこと、とても綺麗な方だと思いました……今日だって、目立っていたのは私ではなくシーラの方でした。なのにあなたは全然気付いていないんですから……」

「ええ!? そ、そんなことあるわけないじゃない!?」

「そんなことあります。シーラはもう少しご自身の容姿に誇りを持ってください。私はあなたの隣にいると、時折あなたの美しさに見惚れてしまうことだってあるんですから……」

 そう言うあおいの耳はすっかり真っ赤だった。あたしはあおいの言葉にすっかり動揺をきたし、口から妙な声が漏れるばかりになってしまう。

「ん……」

 あおいはそんなあたしの手を強く握る。恐らくあたしを落ち着けようとしてくれたのだろうけど、そんな可愛らしい顔でギュッと手を握られたら逆効果なのは明らかだ。

 それでもこれ以上あおいを困惑させるのも忍びないので、あたしはなんとか心を落ちつけるよう努めた。

 それにしても、二人が出会ってから、これほどまでにゆったりと時が流れるのは初めてのような気がする。それほどにあたしが彼女と出会ってからの数日は激動の日々だったということなのだろう。

 あたしたちは揃って部屋の窓から星を眺める。宿の周辺には灯りを発するものはほとんどない為、実にはっきりと空にある数多の星の姿を捉えることができた。

「こんなに沢山の星を見たのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれません」

「そうなの?」

「はい。私がいた所は、あまり空も綺麗ではなく、街灯も多かったせいで、ほとんど星は見えなかったのです」

「それは、少し寂しいかもね」

 あたしはあおいの言う世界を思い浮かべる。でもこの国で夜星が観えないような場所はあまりない為、彼女の言う景色はイマイチピンとこなかった。

「まあそもそも、空を眺めている余裕もなかった、というのが正直なところかもしれませんが……」

 あおいの声に寂しさが滲む。これまであたしは、進んで彼女の過去について尋ねることはしてこなかった。あたしに聞かれたくないことがあるのと同じように、彼女にも人には話したくない過去があるはずだからだ。でももし彼女が自身について話そうとしてくれた時、あたしは彼女の話をしっかり聞こうと思っていた。そして今がその時なのだろうとあたしは思ったんだ。

「あおいはこれまで、いったいどんな生活を送っていたの?」

 あたしの問に対し、あおいは若干の間を置き、やや躊躇いがちにこう答えた。

「……日々、戦いの連続でした。いつ死ぬか分からない戦場で、私は正体も分からない敵との戦いに明け暮れていました」

「確かあおいが戦っていたのは、宇宙から現れた敵、だったっけ?」

「はい。私のいた場所では、人類はその敵の攻撃に晒され続け、滅亡の道へと進んでいました。私はその敵と戦っていた組織に所属し、前衛の魔術師としてやつらと最前線で戦っていました」

 その類まれな戦闘力もあり、彼女は度々戦場で戦果を残した。そしていつしか、彼女は全人類から結果を求められる存在となっていた。

 すると彼女は、不意に自嘲気味な笑みを浮かべこう零した。

「気付いた時には、私は人々から『人類の希望』とまで呼ばれるようになっていました」

「それはまた凄いわね」

 無論その言葉はからかいなんかじゃなくて、あたしの率直な気持ちだった。というのも、かつてあたしもアトレア王国軍の最強の魔術師と呼ばれていたのだけど、「人類の希望」程の大層な呼ばれ方をされたことは流石になかったからだ。でもそれは、彼女にとって誇るべきものなどではなく、彼女を蝕む呪われた称号だった。

「私は、皆の期待に応えたかった……。でも、私はやつらに敗れ、結局、誰も救うことはできなかったのです……」

 あおいは今にも泣きだしそうな表情でなんとか言葉を紡ぐ。彼女のその辛い記憶は、彼女が初めてあたしの前に現れたあの日、あたしが彼女の身体に触れた時に感じた「あの記憶」のことなのだろう。直接体験していないあたしでも、あれは心が押しつぶされんばかりに辛い記憶であったことは理解できた。

 散々人々に期待を押し付けられ、逃げることも許されず、最期は一人孤独の中一度は命を終えた彼女の気持ちを考えると、あたしは胸が張り裂けそうな想いになった。それと同時に、一人の少女にそこまで重い責務を押し付けた人間たちに怒りを覚えずにはいられなかった。

 しかし、そんなあたしの想いとは裏腹に、あおいは今度はこんなことを言った。

「私はもう、あんな思いはしたくないのです……私は、戦う以外役に立たない兵器なのに、誰も救うことができないなんて、そんな自分は許せないんです」

「な……!?」

 それはあたしにとってあまりにも許容し難い言葉だった。あおいのその言葉を聞いた途端、あたしは怒りを通り越し、哀しみすらも抱いていた。

「なんで……」

 あたしの方から勝手に言葉が漏れる。

 自身の境遇を嘆くわけでもなく、ましてや自分を追い込んだであろう人類に対する怒りを述べることもない彼女に、あたしは憤りを抱かずにはいられない。

「なんで、そんなこと言うのよ……」

 あおいに自分の勝手な感情をぶつけるのは間違っているということは、あたしだって分かっている。分かってはいるけど、それでもあたしは、この気持ちを抑えることはできなかった。

 すると、あたしの反応はあおいにとって予想外だったのか、彼女は驚きを隠しきれないでいる。

「し、シーラ……?」

 あたしは思わず握った手をよりキツく握ってしまう。

「イタッ……シーラ、あの、そんなに強く握られたら痛いのですが……」

 痛みを訴えるあおい。だが、今のあたしは彼女の不満を聞くつもりはなかった。

「あなたはどうしてまた、そんなことを言うの?」

「え……?」

「あなたは兵器なんかじゃない。心を持った立派な人間なのに、どうして、そんなこと言うのよ……?」

 あたしはこの世界で目覚めたばかりの時のあおいの涙を知っている。この子が、どれだけ悔しかったか、辛かったか、怖かったか、あたしは知っている。なのに、人々に押し付けられた呪われた称号のせいで、彼女は自分がそういう感情を抱くことすらいけないことだと思い込んでしまっている。

 こんな酷いことがあるか。こんな理不尽なことがあるか。そしてそもそも、こんな可愛い子が兵器なわけがあるか! あたしは彼女に兵器としての生き方を強要した人間たちを心から軽蔑する。そしてあたしは、あおいは兵器なんかではないと、彼女が認めるまで言い続けてやりたいとすら思ったんだ。

 急に黙り込むあたしに対し、あおいは困惑した様子でこう言う。

「……あの、申し訳ありません。あなたを困らせる意図はなかったのです。私はこれまでそうやって生きてきました。戦う以外に才能のなかった私は、そうすることでしか周りから認めてもらえませんでした。だから私は、誰かを守る為の兵器となることでしか、自身の存在を確かめることができないのです……」

 あおいはそれ以上、あたしにどんな言葉をかけてよいのか分からず途方に暮れてしまう。

 確かにあたしはあおいの言動に苛立って、自分勝手にも怒りをぶつけてしまった。でもあたしは、別に彼女を困らせたいわけじゃないし、ましてや哀しませたいなんて思ったことはただの一度だってないと断言できる。

 だからあたしはなんとか心を落ち着け、彼女に対し、精一杯の想いを込めて頭を下げた。

「ごめん……」

「え?」

 今の今まで怒っていたはずのあたしの突然の謝罪にまたしても困惑するあおい。

「ど、どうしてシーラが謝るのですか? あなたは、私の無神経な発言に、気分を害されたのでしょう?」

「無神経な発言とまでは言わないけど、あなたの言葉に苛立ちを覚えたのは事実よ。でもだからってあなたに当たるのは間違っていたと思うわ。だから、ごめんなさい……」

 あたしが頭を下げると、あおいは少し拗ねたような口調で言う。

「……し、シーラは、時々勝手です。私はてっきり、あなたに嫌われてしまったのかと思いました……」

 安心したのか、あおいの瞳は若干潤んでいた。あたしはそんな彼女に対し、なるべく柔らかい声色でこう言った。

「嫌いになんてならないわ。例えあおいが戦えなくたって、嫌いになんてならない。だってあたしは、あおいがあたしを守ってくれるからってだけで、一緒にいるわけじゃないんだからね」

「え?」

 あたしの言葉にあおいは心底驚いたような表情を見せる。

「そ、それならなぜ、あなたは私と一緒にいようと思うのですか……? 私はあなたを守る以外、何もできないというのに……」

 どうやら、あおいは本気であたしの言葉の意味が分からないらしく、大真面目な表情であたしの顔を見つめている。

 あたしはこれまで短い間ではあったけど、あおいとは濃密な時間を共に過ごしてきたつもりだ。彼女には、出会ったその日にファーストキスを奪われもした。それだけの時を過ごしてあたしにあおいという存在を刻み付けておきながら、何も分からないなどと言われた日には、呆れてしまうのも仕方がないとあたしは思う。だからあたしは抗議の意味も込めて、大袈裟に溜息をついてやることにしたのだった。

「はあ……」

「な!? い、いきなりなんですか、その溜息は!?」

 さっきとは一転して怒るあおい。そんな彼女の変容が面白くて、あたしは今度は思わず思い切り吹き出してしまう。

「シーラ!?」

「ごめんごめん! 別に馬鹿にしたわけじゃないの。あたしは、あなたのそういうまっすぐで純粋なところが好きなのよ」

「え? それはいったいどういう……」

「あとそういう鈍いところも。あおいは時々真面目すぎて融通が利かないけど、その純粋さはあたしの心をいつも揺さぶってくれるの。そんなあなたと一緒にいると、あたし自身も素直になれる。だからあたしは、あなたといると本当に心地が良いんだと思うのよ」

 それはあたしが他人に対して初めて伝えたストレートな好意だった。そういったものを引き出してくれる魅力が、やはりあおいにはあるのだとあたしは改めて思った。

「……え、えーと……」

 あたしの言葉にあおいは顔を上気させ狼狽えている。

「そのような言葉をいただいたのは初めてで、私は、一体何と答えればいいのか……」

 本気で困惑しているあおい。あたしはそんな彼女をまたからかってみたいなどと思ってしまう。

「はい、時間切れ」

「い、いつの間に制限時間などあったのですか!? うぅ、こ、この体たらくでは、私はあなたの騎士失格ですか……」

 頭を抱えるあおい、そうやってあたしの言葉を一々真面目に取り合ってくれる彼女は絶対に兵器なんかじゃないとあたしは断言できた。それどころから、普段の騎士然とした姿からはかけ離れた今の彼女は、もはや普通の女の子のようにしか思えず、あたしはそんな彼女に言いようのない温かな気持ちを抱いたものだった。

 あたしはふと、項垂れるあおいにもう片方の手を伸ばしていたことに気が付く。あたしは慌てて手を引っ込めると、動揺を悟られないよう、早口で彼女にこう言った。

「べ、別に騎士失格とかそんなことは全然思ってないからね! で、でも、あおいはあたしの騎士である前に一人の女の子なんだから、あなたには、もっと自分を大事にしてほしいのよ」

「シーラ、私は……」

 俯いたままのあおいが何かを言いかける。しかしそれ以上彼女は言葉を紡ぐことができないでいる。すると、不意に鼻をすする音が聞こえてくる。あたしは心配になり、彼女の顔を覗き見ようとする。しかし彼女はあたしを手で制した。

「い、今、私の顔を見てはダメです……」

 抵抗を示すあおい。でもその代わりに、あおいはさっきよりも強くあたしの手を握っていた。

 あおいの手は震えていた。あたしは彼女の方を見ないように努め、鋼鉄製ではあるけれど、もう片方の手をあおいの手に重ねた。するとあおいは僅かに震える声でこう言ってくれたんだ。

「シーラのお気持ち、しっかり受け取りました」

「うん」

「あなたが、兵器ではない私でも良いと言ってくださるのなら、私は新しい自分になれるよう、努力をしたいと思います」

「是非ともそうして」

「はい。ですが、それには恐らく長い時間を要すると思います。その間シーラには、辛い思いや、嫌な思いをさせてしまうかもしれません。ですが必ず、私はあなたの想いに応えてみせます。だからそれまで、私のこと、見守っていていただけたら、嬉しいです……」

 そう言って、あおいは涙を拭い微笑んで見せる。あたしにとって、今はその笑顔が見られるだけで十分だった。

「恐らく明日こそ、我々はセシリアと再び相見えることになるでしょう。今はひとまず、そのことについて考えましょう。私は今度こそ負けません。彼女に勝って、彼女を説得するのです」

 あおいはそう言うと、再度表情を引き締め直した。そんな彼女を見ると、あたしも自然と気合が入った。

「そうね。今度は絶対負けないわ。お互い、明日も頑張りましょう!」

「はい!」

 あおいが力強く返事する。そしていつしか、あたしたちは互いに笑顔になっていたのだった。

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