無茶振りアリス
正直に言ってしまうと、あたしはこれまで誰かと手を繋いだことすらロクになかった。でもどうやら、それは隣のあおいも同様のようで、あたしたちは互いにどうしたらよいのか分からず、視線を彷徨わせることしかできないでいた。
「うーん、やっぱりただ手を繋ぐだけだと結び付きが少し弱いかしらね……」
困惑するあたしたちを余所に、またしても何やら唸っている祖母。すると彼女は今度はこんなことを言ってきた。
「二人とも、やっぱりこれもつけてくれない?」
そう言って彼女が差し出してきたのは、なんと奴隷商が奴隷を拘束する時などに使う鋼鉄製の「手錠」だった。
「これはちょっと……」
「変態過ぎではないですかね……」
これに関してはさすがにドン引きするあたしたち。だがそれでも祖母は一歩もひかない。彼女は鼻息荒くあたしたちに迫ってくる。
「これはね、魔術核を同期させる為の補助器具なの」
「どう見てもただの拘束具にし見えないんだけど……」
「見た目はアレだけど効果は間違いないわ。これ付けるのと付けないのじゃ同期度合いが全然違うんだから! あとあたし個人としてもマジでお願いします!」
「最後願望ダダ漏れなんだけど……」
結局、あまりにもしつこい祖母に押し切られる形であたしたちは手を繋ぐのに加え、手錠でも繋がれることになってしまった。
「…………むぅ」
すると、事の成り行きを見守っていたステラはそんなあたしたちを見て、なぜか明らかにむくれていた。そんなステラを不憫に思ったのか、すぐに祖母が彼女をなだめようとしてくれる。
「シーラたちは、魔術核を同期させる為に仕方なくやってるんだからあんまり気にしなさんな」
子供をあやす様にステラに話しかける祖母。ぶっ飛んだ性格をしているくせに、肝心なところで人に優しい姿は、私の祖母であるアリシアそのままだった。いくら正体を誤魔化そうとしても、そういった本質的なところは隠せないものなんだろう。
すると、そんな彼女に対しステラは僅かに顔を赤らめてこう答えた。
「わ、わたしを甘く見ないでください。わたしはこんなことを気にするほど小さくありません」
ステラは祖母に対し大人の対応? を見せる。祖母はそんなステラに対し、「それなら良かったわ」と笑顔を見せ、彼女の頭を撫でてあげた。すると、祖母は何かを思い出したのか、不意にあおいの方を向きこう言った。
「ところであおい」
「な、なんでしょうか?」
祖母の一挙手一投足に一々身構えるあおい。祖母は苦笑いしながらこう言う。
「さっきの怪我の具合はどう? シーラとあたしである程度は治せたと思うけど、まだどこかおかしかったりしない?」
「一応、今のところは問題ありません。情けないことにあれだけ派手にやられましたから、まだ身体の調子は万全とは言えませんが……」
あおいは掌を握ったり開いたりを繰り返し動作の確認をしている。どうやら大きな問題はなさそうだけど、あたしの回復魔術の精度を考えれば完全に治ったとは断言できないかもしれない。
「多分もう大丈夫だと思うけど、念の為完全回復させておきたいから、この薬草を二人で買ってきてもらえないかしら? あたしが調合するから」
そう言って祖母は買い物のメモをあたしたちに渡してくる。メモを見ると、それは素人では到底扱えないような難しい調合が必要な薬草ばかりが記載してあった。
あたしはそんな祖母にこう尋ねた。
「アリス、こんなのの調合なんて本当にできるの? これなんて普通の魔術師でできるものじゃないと思うんだけど?」
「なに、長年生きていればこれしきのこと……」
「あれ? 長年って、アリスそんなにあたしたちと歳変わらないでしょ?」
悪いとは思いながらも、あたしは鎌をかけるようにそう尋ねた。長年と言いつつ、実際彼女の肌は実に瑞々しく、銀色の髪の毛もツヤツヤで、そして大胆に露出された太ももは思わず触れたくなるほどの弾力を誇っているように思われた。
六十代になっても未だに若さを保っている祖母はあくまで例外中の例外の存在だ。祖母のようなエルフとは違い、もし彼女が本当に普通の人間であるなら、先ほどの言葉は決して該当しないはずなんだ。そして案の定、あたしの言葉に祖母は動揺を見せた。
「え? ……あ、ああ、そうだったわね! 長年ってのは言いすぎね。でもあたしは少なくともみんなよりは長く生きてるから、年上としての威厳を見せてあげようかなって思ってね! あ、あははは……」
明らかにさっきの言葉から意識を逸らそうとする祖母。
……流石にこれ以上遊ぶのは悪いかな。そろそろ彼女に正体を突きつけて楽にしてあげるのが孫の役目か……。
あたしはそう思い、彼女の正体を暴くべく口を開こうとした。しかし彼女はそんなあたしを遮って言葉を続けた。
「とにかく! あたしは他にやることがあるから、二人はさっさとこれ買ってくる!」
これ以上は危ないと踏んだのか、結局祖母は強硬策に出た。こうしてあたしは、彼女に核心をつくことは叶わず、やむなく手を繋いだまま街まで買い物に行くことになってしまった。
そしてリスタウィッチの市街地に出てきたあたしたちは、早速予想通りの事態に見舞われていた。
「何やらやたらと視線を感じますね……」
「そりゃこんなの付けてたらね……」
念の為あたしたちはフードを被っていたけど、さっきから北風が強くてしょっちゅうフードがめくれるせいで実際はほとんど顔は隠せておらず、これだけの美人であるあおいは案の定とても目立ってしまっていた。しかもその美少女が女同士で手を繋いで、あまつさえ手錠で繋がれていれば周りの視線を集めてしまうのも当然と言えた。
「し、シーラ、お店はまだなのですか……?」
「も、もうちょっとよ。もう少し我慢して」
「うぅ……まさかこれほどまでの辱めを受けることになるなんて……」
あおいはそう言いながらフリーである右手でフードを目深に被りなおしている。
こんな時に思うことでもないが、いつも勇ましいあおいがここまでもじもじしている様子は、あたしにとっては非常に新鮮だった。また彼女が元々美人なのもあるけど、しおらしくしている様子は思わず眩暈がするほど可愛らしく、あたしはそんな彼女をこれ以上放っておけないと思った。あたしは彼女を安心させようと、なるべく力強くこう言った。
「大丈夫よ」
「……シーラ?」
「大丈夫。あなたにはあたしが付いてるわ。今日はちゃんとリードするから、しっかりあたしについてきて」
そう言って、あたしは彼女を引っ張るようにして歩き出す。いつもはあたしを守ってくれる騎士でも、今の彼女は一人のうら若き乙女だ。ここは元最強の魔術師として彼女を守り通さなければなるまい。あたしは一人覚悟を決め一歩を踏み出した。
「シーラ、目立っているのはあなたのせいでもあるのですが……」
すると、何やらあおいがそんなことを言う。
「え? なんで?」
あたしはその言葉の真意が掴めず、思わずそう問い返す。するとなぜかあおいは思い切りため息をついた。
「こら、何よそのため息は?」
「……いえ、なんでもありません。シーラはそのままでいてください」
あおいの明らかな適当発言に思わずムッとしかけるも、相変わらず頬が赤いのが可愛かったので、今回はそれに免じて許してあげることにした。
その後もあおいの顔は真っ赤なままだったので、あたしはなるべく彼女を好奇の視線に晒さないように努めた。こうしてあたしたちはなんとか買い物を済ましたのだった。
その後、食事や諸々のことを済ませたあたしたちは、日中の疲れもあったので、そろそろ睡眠をとろうと自分たちの部屋に向かおうとした。だがそんなあたしたちに祖母はまたしても無茶振りをしてきたんだ。
「あ、寝てる時も手を離しちゃ駄目だからね」
「え!? そんな無茶な!」
ようやく手を離せると思った矢先の祖母の鬼畜発言に、さすがのあたしも堪忍袋の緒が切れそうになる。
「そろそろいい加減に……」
あたしは怒りのあまりはっきりと正体を言ってしまいそうになる。しかし、それは案の定彼女によって遮られることとなった。
「……何やってんの?」
祖母はなぜかあたしのことをギュッと抱きしめていた。彼女の巨大な胸が身体に思い切り当たる。何事かと思っていると彼女はこんなことを言った。
「シーラ、これはあなたの為なの。大変だとは思うけど頑張って。あなたたちなら、必ずやり遂げると信じているから……」
「いやいや、この状況で良い感じの雰囲気を作ろうとされても……」
「そんなんじゃない」
祖母はそうピシャリと言う。そこにはもう、数秒前のふざけた雰囲気は微塵も感じられなかった。
「あたしはあなたたちを信じてる。二人なら、きっとこの困難も乗り越えられる。そうすればきっとセシリアに想いは届くはずよ」
祖母が自分の正体がバレるのを阻止しようとしているのは間違いない。でも、後半の言葉はきっと本心から出た言葉なんだと思う。いつもふざけているくせに、根は真面目だからこそ、村の人たちは祖母の意見に従う。そしてこのあたしも、彼女を師と仰ぎ続けているんだ。
「……分かったわよ。なんとか頑張ってみるからさ」
「よしよく言った。流石はあたしのま……じゃなくてあたしの一番弟子!」
「隠すの下手くそか……」
最後が締まらないのも実に祖母らしい。あたしは思わず表情を綻ばせたのだった。
ということで、あたしたちは寝てる時も手を離さないよう、二人で一緒のベッドで寝ることになった。そんなあたしたちに対し、さっきとは打って変わって楽しそうな様子の祖母はこんなことを言った。
「それではお楽しみにぃ」
「誰が楽しむか!?」
良い笑顔の祖母に見送られたあたしたちは重い足取りで隣の部屋へと向かう。そこであたしは思わずあおいと顔を見合わせた。
そこには当然ながらシングルベッドが二つある。ベッドは案の定サイズは小さい。一つのベッドに二人で寝るとあれば、かなり身体を寄せ合わなければならないと思われた。
手を繋ぐだけでも精一杯だったのに、あまつさえ一緒のベッドに身体を寄せ合うなんて、あたしにはあまりにもハードルが高い。相手がニコルならなんとかなるけど、それがあおいであればそうもいかない。いったい何が違う? と問われると非常に答えづらいのだけど、違うものは違うんだ。そこに理屈なんてない。
それでももう、今のあたしたちには選択肢がないのは間違いない。祖母が言うように、セシリアをなんとかする為にもこんなところで恥ずかしがっている場合じゃないんだ。あたしは覚悟を決め、口を開いた。
「寝よっか」「寝ましょうか」
瞬間的にあたしたちは顔を見合わせる。まさか同時に覚悟が決まるとは思っていなくて、あたしたちは思わず互いに笑い出していた。
お互い恥ずかしいのは一緒だけど、この苦境を乗り越えたい気持ちも一緒なんだ。それならば何を恐れる必要がある。
こうしてあたしたちはようやく眠りにつくこととなった。このまま眠って英気を養い、明日に備えよう。そう思い、二人は目を瞑った。
「…………」
「…………」
しかし、それからしばらく経っても、あたしに眠気は一向にやってこなかった。その原因が、隣のあおいを意識してしまっていることなのは明白だ。そしてどうやらそれは隣の彼女も同じだったようだ。
ベッドの上であたしたちは再びお互いを見合う。そして互いに苦笑いを浮かべてこう言った。
「起きようか……」「起きましょうか……」
寝るのを諦めたあたしたちはベッドから降り、窓側に置いてある席に並んで腰掛けるのだった。