照れる騎士
アリスの突然の提案にあたしたちが困惑していると、それを察した彼女がこう説明してくれた。
「要は、魔術に必要不可欠である二人の魔術核を繋げるってことよ。簡単に言えば、二人で一つの核を共有するようなイメージかしらね」
あたしたちの体内には「魔術核」と呼ばれている目に見えない器官のようなものがある。それに働きかけることであたしたちは魔術を発動させることができる。
「魔術核の共有……? そんなことが本当に可能なものなの?」
「ええ。やってみる?」
「そりゃ、本当にそんなことができるなら、やってみたいとは思うけど……」
あたしはあおいを見やる。あおいは既に起き上がっていて、アリスを見つめながらこう言った。
「もし、それで魔力切れの対策ができるのであれば、私は是非ともお願いしたいです」
「オッケー。いい返事ね」
アリスはあおいの返答に笑顔を見せる。だがすぐに表情を引き締め直し、今度はこう尋ねた。
「それで、始める前にみんなのことを教えてほしいんだけど、詳しく聞いても大丈夫かしら?」
「あ、ごめん、そう言えば何も話してなかったわね……。それじゃあたしから説明するわ」
彼女に関しては引っかかる部分は多いけれど、助けてもらったのは間違いないし、協力してもらうのにあたしたちのことを何も話さないのも失礼な話だ。あたしは勇者パーティから追われていること、そしてこの街で再会したセシリアとの間で起こったことなどをアリスに説明することにした。
アリスは大きな胸の前で腕を組み、あたしの話に熱心に耳を傾けてくれた。そして話を聞き終わると、微笑みを浮かべ、優しい声でこう言ってくれた。
「三人とも、辛い状況だったのによく頑張ったわね。でも、お姉さんが来たからにはもう安心しなさい!」
「アリス……」
「まあ心配しなさんな。大抵のことは何とかなるものよ。とにかく、このままだとあのセシリアって子はまた来るだろうし、対策はしっかりしないとね」
「それは、間違いないでしょうね……」
あたしの脳裏に憑りつかれたようにあたしたちに襲いかかってきたセシリアの姿が蘇る。今のあの子があれで諦めるわけがない。間違いなく、今日か明日には再戦を挑んでくることだろう。
と、そんなことを考えていると、不意にアリスがこう言った。
「でもだからって、あの子を倒そうなんて考えちゃ駄目よ」
「え?」
「だって、その子はシーラにとって大事な子なんでしょう? だったらもっといい方法を考えなさい。倒すべきはそのダレルって貴族。なんとかセシリアって子を説得して、みんなで協力するの。それでダレルを倒す方法を考えるのよ!」
アリスの提案は至極当たり前のことなのに、なぜかあたしはあの子と戦うことばかり考えてしまっていた。あたしは突然のことだったとはいえ、あまりに自身の視野が狭くなっていたことを痛感した。
「そうだよね、何もあたしたちがあの子と戦う理由なんてないはずよね……」
「そうそう。それにシーラにとってあの子は大切な子なんだから、殺し合うなんて絶対に間違っているわ」
「うん……。でも、あの子を説得できたとして、あたしたちだけで、ダレルを倒せるのかしら……?」
正直あたしたちにはダレルに関する情報がほとんどなかった。今分かっているのは、この街を統治する立場にある人間であるということ、そして狡猾でずる賢い男であるということだけだった。
「それは分からないけど、やる価値はあるわ。初めから諦めるよりそっちの方がよっぽどいい。あたしも手伝うから、なんとかやってみましょう!」
アリスは力こぶを作ってそう言ってくれる。あたしは彼女の優しさに思わず感極まりそうになってしまいながらも、落涙しないように努めた。
「ありがとう……。でもアリス、あなたはどうしてそこまであたしたちに良くしてくれるの? あたしたちとはまだ出会ったばかりなのに……」
普通、出会ったばかりの人間にここまでのことをしてくれる人などいないだろう。でも、もしあたしたちが出会ったばかりの人間ではなかったのだとすれば、話は変わってくるんじゃないだろうか……。
「え? そ、そうねぇ、なんでかしらねぇ……」
あたしの言葉にアリスは明らかに動揺を見せる。
「ま、まあ細かいことはいいじゃない! 可愛い女の子には笑っててほしいから……ってのが理由じゃダメ?」
「だ、ダメじゃないけど、そんな理由でここまでしてくれてるの……?」
「えっと……ああもう! と、とにかくあたしにも色々事情があるの! ほら、もうくだらない詮索はやめやめ! それより、あんたは魔術の同期はやるの? やらないの? どっち!?」
そう言ってずいっと迫って来るアリス。あたしはアリスの胸を顔に押し当てられて呼吸困難になりかける。
「ぶふぇ!? や、やるわよ! やるから、だから、おっぱいを押し付けるのはやめてってば!」
「よしそれでいいわ! 余計なこと言ったらまたやるからね!」
そう言いながらアリスはあたしを解放してくれる。そんな彼女の様子を見て、あたしは彼女の正体を完全に理解するに至っていた。
世界広しと言えども、ここまで強引な人はそう多くはない。そんな稀有な存在の彼女は、アリスなどという人間ではなく、その正体はあたしの祖母である「アリシア」で間違いないと、孫であるあたしは断言できた。
しかし、いったいなぜ彼女がわざわざ変装をしてまであたしの前に現れたのかまでは分からなかった。まあ、よく分からないことをするのも実に祖母らしくはあるのだけど……。
確か祖母は少し前まで彼女の実家に戻っていたはずだ。そこから推測できることとしては、彼女は実家からの帰り道、たまたまあたしたちを見つけ、持ち前の好奇心からあたしたちをつけてきた。そして図らずともあたしたちが大ピンチに陥ったのを見て、堪らず助太刀をしてくれた、というのが濃厚なんじゃないだろうか。
うん、きっとその可能性は非常に高い。特に祖母はあたしを可愛がってくれていたし、あたしのピンチを黙って見過ごすなんてことはまず考えられない。
でも、だったら余計なことはせずに素直に出てきてくれればいいのに……。あえて変装してあたしと無関係を装う辺りも実に祖母らしい。いたずら心なのか、それとも他に理由があるのかは今はわからないけど。
どちらにせよ、あたしを助ける為に出てきてくれたのは間違いないので、あたしは改めて祖母に対し感謝の気持ちを抱いたのだった。
時刻が十五時を回る頃、あたしたちは昨日泊まった宿に戻ってきていた。あたしたちは昨日と同じ宿で今度は二人用の部屋を二部屋取り、昨日に引き続き宿泊することに決めていた。そしてアリスこと祖母のアリシアとステラが泊まる予定の部屋で、祖母はあたしたちに魔術同期についてのレクチャーをしてくれることになった。
正直、いくら助けてもらったとはいえ、彼女のお遊びにあたしがいつまでも付き合う義理はない。しかし、彼女は変装がうまくいっていると思っているようだし、しばらくは彼女の独り相撲を眺めているのも悪くはないかもしれない。……我ながら性悪もいいところだけど、実際彼女がいてくれた方が戦力的にも精神的にも安心できるので、しばらくは彼女の正体については黙っておいてあげようと思ったのだ。
「魔術核を同期させる為には、まずは肉体的な繋がりが不可欠よ」
「肉体的な繋がり……? 例えば……?」
何やら生々しい響きにあたしは若干及び腰になって尋ねる。
「そうね、まずは『手を繋ぐ』という行為が考えられるかしらね。手を繋ぎ、その肉体の接触面からお互いが核を伸ばし、結合させる。物凄く簡単に言えばそういう作業を行うわけ」
「はあ……」
分かるようで良く分からない彼女の説明に、あたしもあおいも首を傾げる。
彼女の説明を大まかに言うとこういうことだ。まずあたしたちが手を繋ぎ、その間にお互いの核を触れ合わせる。核は触れ合うことでお互いの核を覚え、魔術的な繋がりを持つことができる。魔術的な繋がりを持てれば、今度はお互いの核が直接触れ合っていなくても魔力の受け渡しが可能になる。これが祖母が説明してくれた魔術核同期の簡単な概要だ。
「本当にこんなので、お互いに魔力のやり取りができるようになるの……?」
「ええ、もちろん。ただこれには結構時間がかかるわ。手を繋ぐぐらいなら、完全に同期するのに軽く二十四時間は必要になるわね」
「ええ!? そんな長いの!? そんな時間あるわけ……」
「だから、それだけで完全な同期は無理ってことね。正直、手って核からかなり遠いところにあるし、接触面もそんなに大きくないから時間かかるのよ。個人的にはハグが結構効果的だと思うわ」
「ハグかあ……」
最悪それでもいいけど、あまり長時間というのは正直気乗りしない。多分それはあおいだって同じだと思うし。と、そんなことを考えていると、祖母のまさかの発言にあたしたちは驚愕することとなった。
「あ、ちなみにハグする時は裸じゃないと意味ないからね」
「「はあ!?」」
あまりに衝撃的な後出し情報に、あたしとあおいは同時に大声を上げる。ハグならまだマシかと思ったけど、裸なんて冗談じゃない! 誰がそんな恥ずかしいことができるっていうのよ!?
「ふ、服を着たままじゃダメなのですか?」
明らかに動揺をきたしているあおいがそう尋ねる。祖母は人差し指を立て、チッチッチなんて言いながらこう返答する。
「服着てたらお互いの核を触らせられないでしょ? 裸なら接触面も大きいし、結構効果的なんだけどねえ。あと見てる方も楽しいし……」
「真面目にやんないと怒るわよ……」
明らかにふざけた様子の祖母を殴り掛からん勢いのあたしは、指をポキポキならして彼女を威圧する。すると、身の危険を感じたのか祖母は表情を引き締めてこう言った。
「さ、最後のは冗談だって! でも、実際地肌同士じゃないと効果がないのは本当なのよ。同期には肉体的な接触が必須。それもなるべく核があると言われている頭に近い方がいい。これが脈々と受け継がれてきた方法なのよ」
さっきとは明らかに違う真面目な表情でそう言う祖母。どうやらこれは流石に嘘ではなさそうだ。しかしそうすると、自然と選択肢は一つに絞られてしまうわけで……。
「ってことは、やっぱり手を繋ぐしかないみたいね」
「そ、そのようですね」
あたしに言葉にあおいも頷く。かくしてあたしたちは、手を繋いで魔術核を同期させる方法を選択したのだった。
「しかし、改めてそう言われると、意外とやりにくいものですね……」
あおいは一番ランクの低い手繋ぎにすら抵抗があるのか、顔を赤くして躊躇いを見せる。
正直、あたしだってこのレベルでも照れくさいんだ。でもそうしないと魔術を同期できないのなら、ここは腹を決めるべきだろう。
「ほら、握らないとはじまらないわよ」
あたしはそう言って、右手で強引にあおいの左手を取った。
「あ……」
あおいは一瞬困惑した様子を見せる。しかしあたしに手を離す意思がないことが分かると、諦めてあたしの手を握ってくれた。
それにしても、握って初めて分かったことだけど、あおいの手は本当にすべすべで、とても温かかった。あれだけ武器の扱いに長け、戦闘の達人である彼女のものとは思えないほど、その手は優しさを感じるものだった。そしていつしかあたしは、あおいの手の感触にすっかり心地よさを感じてしまっていた。
「シーラ? あの、どうかされましたか?」
「……へ?」
「そんなにしっかり握られると、とても、恥ずかしいのですが……」
あおいは恥じらう乙女のように頬を赤らめ消え入りそうな声でそう呟く。その様子があまりにしおらしくて、あたしまで思わず照れてしまう。
「ご、ごめん! で、でもしっかり手は握らないとダメなんじゃないかしら? ほ、ほらおば、じゃなくてアリス! 手繋いだわよ! こ、これでいいんでしょ?」
あたしは恥ずかしさと言い間違えを誤魔化す様に祖母にそう尋ねる。しかし彼女はなぜかうーんと首を捻り、何かに納得がいかない様子だった。そしてしばらく悩んだ後、彼女はこんなことを言った。
「やっぱり、恋人繋ぎじゃないとダメだわ。恋人繋ぎにして」
「な、なんでよ!?」
「普通の繋ぎ方よりも恋人繋ぎの方が接触面が多いのよ。肉体的接触は面積が大きいほどいいんだから。ほらほら」
むやみやたらと急かす祖母。その顔からは、どうにも個人的な願望が隠れているような気がしてならなかった……。
「ほら! シーラ早く!」
「あー! もー!」
「し、シーラ!?」
こうなったらこちらも自棄だ。あたしはまたしても強引にあおいの手を取り、恋人繋ぎに切り替えた。
「そう、それでいいのよ、うひひ……」
「…………」
恋人繋ぎを見た祖母が非常に満足気だったのが、この上なく鼻についたのはもはや言うまでもないことだろう。