羽岡あおいについて
「戦場? ってことは、あなたの国にも戦争があったの?」
「はい、そうです」
あたしの問いに対し、あおいは首肯する。アトレア王国もここ数年、以前より敵対していた竜人族との戦いが続いていた。悲しいことだけど、やっぱりどこの国でも戦争というものはなくならないものなんだろう。
「戦争の相手は、やっぱり他の民族だったりするのかしら?」
「そういうのとは少し違いますかね。……正直説明しづらいのですが、私たちは宇宙からやって来た敵と戦っていたのです」
「宇宙!? う、宇宙って、あの空の黒いところの……!? あなたはあそこから来た敵と戦っていたの!?」
あまりに突拍子もない単語にあたしは思わず声が裏返ってしまう。と言うことは、あの黒いところにはあの銀色の生物の様なものがいるってことなのか。確かにあんなもの見たこともなかったし、全然人間っぽい形もしてなかったけど、あんなところにいる敵ならそれもあり得るのかもしれないとあたしは思った。
「はい。私たちは宇宙から飛来したものと戦っていて、そしてその戦いで、私は敵の攻撃を受けて、死んだはずなのですが……」
「でもあなたは確かに生きているわよ? 足だってついてるし、心臓だって動いてる。きっと、その記憶は夢か何かだったのよ」
あたしは敢えて明るい口調でそう言う。だがあおいは納得できないのか、首を横に振った。
「ですが、私はあれが夢だとは思えないのです……。これだけはっきりと、私には死んだ感覚が残っている。あれ程までに鮮明な、あの冷たい感覚が夢であったとは、私にはやはり思えないのです……」
「でも生きているわ。何があったかは分からないけど、今のあなたが無事ならそれでいいじゃない?」
あたしは些かムキになってそう言った。
あたしはさっきあおいに触れた瞬間、彼女が話したような光景を見た。確かにあれはこの上なくリアルで、あれが実際に起こったことであるならば、あの人はきっと、もう生きてはいないんだと思う……。でもだからと言って、あれが本当に起こったことであったかどうかは分かりようもないことだし、あれはあたしの夢だった可能性だって十分ある。それに、あの人物が本当にあおいであったかなんてことも分かりようがないんだ。
実際、あおいは今確かにここにいる。もし万が一、いや億が一、あれが本当にあおいに降りかかった出来事だったんだとしても、あおいが今生きてあたしの目の前にいるという事実には変わりがないんだ。だったらもうそれでいいじゃないか。あれこれ考えたって全てがわかるわけじゃないんだから。
「あたしは、あなたが生きていてくれて凄く嬉しいわよ」
そう言って、あたしはあおいに笑みを向ける。すると、あおいの顔が少し赤らんだのがあたしにも分かった。
「なんだか、あなたみたいに綺麗な方に面と向かってそう言われると、少し照れますね」
「き、綺麗!? それってあたしのこと!?」
「ええ、もちろん。他に誰かここにいますか?」
「い、いやまあ、それはそうなんだけど……」
よりにもよって超絶美少女から綺麗なんて言われるとは思ってなかったので、あたしは正直かなり動揺してしまっていた。あなたと比べたら、あたしなんて全然たいしたことないっていうのに……。
「どうしました? 調子でも悪いのですか?」
「へ? べ、べべ、別に、何でもないわよ!」
「そうですか? まあ、それならいいのですが」
あたしは恥ずかしさのあまり、しばらくの間あおいと目を合わすことができなかった。しかし、あおいはあたしが照れていることにはついぞ気付く様子はなさそうだった。
「……ところであおい、あなたはこれからどうするつもりなの?」
あたしは恥ずかしさを誤魔化すように話題を転換する。無論、そんなことを他人に聞きながらも、あたし自身これからどうするかなんて決められていなかった訳ではあるんだけど。
「……分かりません。ここがどこかも分からないですし、どうやって帰っていいかも分からないですからね……」
「そっか……。じゃあ、今のところ行く当てがないのは、あなたもあたしも一緒ね」
「シーラも、そうなのですか?」
あおいの問に対し頷く。彼女と出会ったおかげで、今すぐこの世から消え去りたいといった破滅願望は、今のところあたしの中で鳴りを潜めている。でもだからといって、あたしが前向きな生き方に目覚めたかと言われれば、とてもじゃないがそんな簡単にはいかないのが本音ではあった。
あたしは今、実はかつて所属していた勇者パーティの面々に追われていた。そしてあたしが逃亡者であるという状況は、ここにいる限り何百日経っても変わらない。その状況で、ロンダードを出る時に別れてしまったあたしの大切な少女、ステラとの約束の場所に赴くことはどうしても憚られたのである。
「あ、でも、あおいは帰り方が分からないだけで、決して行く当てがないわけじゃないのよね。それじゃあなたは、その場所を探すべきだわ。あたしも手伝うから、帰り道が分かったらその場所に帰ればいいわ」
「でもそれでは、シーラが独りになってしまうのではないですか?」
「え……」
あおいはジッとあたしを見つめている。だがあたしは、そんな彼女に何と答えていいのか分からず言葉に詰まってしまう。
「シーラは行く当てがないのでしょう? それなら、もし私が元居た場所に帰れたら、あなたはその後どうするのです?」
「ど、どうしてそんなこと聞くのよ? あたしのことなんて、あおいには、関係のないことで……」
「そんなことはありません。私はあなたに救われたのです。だから私にとってあたなたは恩人なのです。恩人が困っているのに、見て見ぬふりはできません……」
尚もあおいはあたしから視線を逸らそうとはしない。
あおいは今、あたしのことを恩人と言った。だが、あたしは彼女にそれらしいことをした覚えはなかった。さっき抱きしめたことを言っているのなら、それぐらい、あの状況の彼女を見たら誰でもそうするんじゃないだろうか。だから、あたしがしたことが特別なことであるとは思えなかったんだ。
「あたしは……」
絞り出すように口を開きかける。しかし、それは招かれざる客の登場により遮られることとなった。
「見つけたぞ、シーラ」
「な!?」
惜しみなく垂れ流されてくる殺意、そして肌にまとわりついてきそうなほど粘着質な声があたしにはっきり届く。現れたのは、あたしを追っていた勇者パーティの内の三人だった。
「鬼ごっこもここまでだ。大人しく投降しろ、シーラ」
散々追いかけっこをさせられたせいか、槍使いの魔術師であるアレフ・スターンの表情には殺気が帯びている。それでもあたしは彼に気圧されないよう、最大限にアレフを睨み返す。だが正直、これ以上の抵抗は難しいと言わざるを得なかった。
なぜなら、今ここにいるのはあたしだけじゃないからだ。もし戦闘になれば、確実にあおいを巻き込んでしまう。あおいはただでさえ記憶が混乱していて不安定な状態にある。そんな彼女を、あたしのせいで更なる混乱に巻き込むべきじゃない。
「シーラ、あの人たちは?」
「あたしを追ってきたの……」
「追ってきた? どうしてシーラのことを?」
「んなこと、そいつが『勇者様』に盾突くような悪い奴だからに決まってんだろ」
アレフがあたしたちの会話に割って入る。確かに、彼らにとってみれば、あたしは悪者なのは間違いないだろう。まあ、そんな悪人面の人間に言われる筋合いはないわけだけど……。
「悪い? シーラが?」
「そうだ! そいつは俺たち勇者パーティの邪魔をした大罪人だからな。それより、お前見かけない顔だな。お前もシーラの仲間なのか?」
アレフがあおいに矛先を向けようとしたので、あたしはあおいを守るように二人の間に身体を入れる。
「待って! この子はあたしとは全然関係の無い子よ! だから、この子には手を出さないで!」
「俺に指図するな。手を出すか出さないかはこっちが決める。お前が往生際悪く俺たちに盾突くなら、お前の意思とは違う結果が待っているだろうな」
アレフがニヤリと笑う。もしあたしが抵抗したら、今の彼では本当にあおいに手を出しかねなかった。
それならば、あたしにできることは一つしかない。
「……分かったわ。もう抵抗しない。だから、この子のことは見逃してあげて」
あたしは両手をあげて投降の意思を示したのだった。