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衝撃

「ところでセシリア、あなたこんなところにいて大丈夫なの? ご両親はどうされたの?」

 あたしがそう尋ねた途端、セシリアの表情が変わる。さっきまでは無理にでも笑顔を作ろうとしていたのに、今のセシリアにはそんな余裕もないらしく、明らかに何か良くないことが起こったことを予感させるような険しい表情に変わっていた。

 そしてしばしの沈黙の後、セシリアはこう切り出した。

「そのことについて、シーラにお話があります……。私の話を聞いてはもらえないでしょうか……?」

 その言い方からは嫌な予感がしたけれど、この期に及んで話を聞かないわけにはいかない。あたしはなんとか「分かったわ」と言葉を絞り出した。

 セシリアは視線を彷徨わせながらこう言う。

「父は、勇者パーティに捕まって、今は収容所の中にいると思われます……」

「そう、だったの……」

 正直な話をすれば、勇者がクーデタを宣言した時点でお館様は真っ先に投獄の対象になると思っていたので、セシリアの言葉に驚きはしなかった。それでも長年お世話になってきた方が命の危機を迎えているという状況は、やはりあたしにとっては心が痛む事態であることに違いはなかった。

「私と母はちょうどクーデタ発生時にこのリスタウィッチにいたので難を逃れたのです」

「そっか、だからセシリアは無事だったのね」

 お館様は捕まってしまったけど、彼女と奥様が無事だっただけでも不幸中の幸いだとあたしは思った。

「はい、その時は、そうだったのですが……」

 しかし、セシリアのその言葉で、それを幸いとも言えない事態が発生していることをあたしは理解する。

 セシリアは辛そうな様子でこう言った。

「私たちは、この街を統治しているダレル家に支援を願い出ました。以前よりダレル家とは多少交流もありましたし、同じく王家の関係者という立場上、この苦しい状況を共有できると思ったからです。ですが……」

 セシリアによれば、ダレルはセシリア親子が置かれた状況を嘆き、彼女らに「こういう時は助け合いましょう」と言い、邸宅の奥に招き入れたのだそうだ。ようやく恐怖から逃れ安堵するセシリア親子。だがそれも束の間、なんとダレルはそのすぐ後に突然セシリア親子を捕らえてしまったということだった。

「ダレルは、私の母を勇者に差し出すことで、自分の処分を免れようと画策したのです。優しい言葉をかけたのも、最初から私たちを罠にはめる為だったのです……」

「なんて奴なの……」

 ダレルのあまりに卑劣な手段に怒りがこみ上げてくる。

「卑怯な……」

 同じくあおいも憤りを露わにする。

「そして私たちを捕らえたダレルは、私にこう言ったのです……」

 そう言いかけるセシリアは明らかに目が泳いでしまっている。彼女が今何かと葛藤していることをあたしは直感的に理解した。そして彼女は呼吸を乱れさせながらあたしにこう言った。

「『もし、王都で騒動を起こし勇者パーティに手配されているシーラを連れてくることができたら、代わりに母親を解放してやる』と、ダレルは言ったのです……」

「なっ……!?」

 あたしはそのダレルという男から突然あたしの名前が出たことに驚きを隠しきれない。また薄々そうではないかと思ってはいたけど、やはりあたしは勇者たちによって手配されていたことを改めて知ったのだった。

 セシリアの話を聞き、あおいとステラが身構える。あたしは嫌な予感が的中したと思いながらも、セシリアには手を出さないよう二人を制した。

 さっき、セシリアはあたしを本当の姉妹のように思ってくれていると言った。でも、今の彼女の告白は、あたしに奥様の身代わりになってほしいと言っているようなものだった。本当の姉に対して、果たしてそんなことが言えるものだろうか。それにもしあたしたちが本当の姉妹なら、一緒に奥様を助けようと言ってくる方が普通なんじゃないだろうかと、あたしには思えてならなかったんだ。

「やっぱり、あなたはあたしのことを、まだ許してくれてはいなかったの……?」

 気付くと、あたしの口からはそんな言葉が零れていた。しかし、セシリアに今のあたしの言葉が聞こえたのかどうかは分からなかった。彼女は俯いてしまっていて、その表情を伺うことができなかったからだ。

 あたしの中では今、かつて一緒に過ごした四年間が去来していた。やっぱりあの温かな日々も嘘だったのと、あたしは彼女に問わずにはいられない。だが喉までせり上がってきていた言葉を、あたしは寸前のところで飲み込んでしまった。全てが否定されることを、あたしは恐れたんだ。

 そしてしばしの沈黙の後、彼女は震える声でこう言った。

「……母は実は、今子供を身ごもっています」

「え? ……そ、それは、本当なの?」

「はい……。このまま母をあんなところに閉じ込めておいては、母子ともに危険な状態になってしまいます……。ダレルは期限を三日間に設定しました。その間に、シーラを連れて来いと……」

 そう言うと、セシリアは予想外の行動に出た。

「ちょっ……!?」

 なんと彼女は地面に両膝をつき深々と頭を下げた。更に彼女は地面に額をこすりつけながら必死にこう懇願した。

「勝手なことを言っているのは分かっています! ですがなんとか、私の母の代わりに、投降してはもらえないでしょうか!?」

「そ、そんな……」

 あたしは混乱のあまり言葉が出ない。すると、狼狽えるあたしを制し、怒りが頂点に達したあおいがセシリアを怒鳴りつけた。

「ふざけるな! 何を勝手なことを!? なぜシーラが投降しなければならないんだ!?」

 しかし、セシリアはあおいに怒鳴りつけられても決して頭を上げない。

「すみません! 勝手だとは分かっているのです。でももう、これしか他に方法はないんです! だから……」

「シーラ! こんな街早く出ましょう! こんなこと、あまりに勝手すぎます!」

 怒り心頭のあおいはあたしの腕を掴んで引っ張ろうとする。

「で、でも……」

 しかしあたしは、そんな彼女を見捨てて立ち去ることができない。

「シーラさん!」

 呆けているあたしにステラも声を荒げる。あおいもステラも、今にもセシリアに殴りかからんばかりの剣幕だ。

 二人の反応はもっともだ。支援を打ち切ったヴァンデンハーグ家の長女であるセシリアが、自分の母親を助ける代わりにあたしに自ら投降してほしいとお願いをするなんて馬鹿げているし、冷静に考えなくともこれはあまりに酷い話だ。実際、もしあたしが投降したらこの命がどうなるかなんて分かったものじゃない。端的に言えばセシリアはあたしに死んでくださいと言っているようなものだ。それを分かっていながら、彼女はあたしに頭を下げているんだ。

「セシリア……」

 今のセシリアからは、母親を助ける為なら全てを投げ捨てても構わないというあまりに悲痛な覚悟が見てとれた。そんな彼女を前にして、あたしは一歩も動けなくなってしまっていた。

 すると頭を下げたまま、セシリアはこう言った。

「今すぐ決めてくださいとは言いません……。ダレルが定めた期限は三日間です。ですが、これ以上母を辛い目に遭わせることはできません。ですので、明日もう一度あなたに会いに行きます。そこで答えを聞かせてください……。もし、納得していただけない場合は、強硬策も辞さないつもりですから……」

 そう言ってセシリアは頭を上げる。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。あたしはこれまで、あそこまで乱れた彼女を見たことは一度たりともなかった。

 ふらふらとした足取りで離れていくセシリア。もはや彼女は立っていることすらやっとであるようだった。

 このままここを去ることは、きっとあたしの立場としては何も間違っていないと思う。でもあたしには、あの状態のセシリアを放っておくことはできなかったんだ……。


 夜の闇が街中を覆っていく。まるで、暗澹たる気持ちのあたしたちの心を表しているかのごとく、闇はすべてを飲み込もうとしていく。

 街に着いた途端あんなことがあったわけだけど、この街でのあたしたちの本来の目的はあくまで宿で一泊し、グラシアルに向かう為の英気を養うことにある。故にあたしたちは、再び今日泊まる為の宿を探すこととなった。

 国全体でこれだけの混乱が起きていることもあって、営業していない宿も多く、営業を行っている宿も宿泊客の姿はほとんど見られなかった。

 受付でステラが宿泊の手続きを済ませ、あたしたちは部屋へと向かう。その途中、険しい表情のままのあおいがあたしに詰め寄った。

「シーラ、明日になったらこの街を出ましょう。彼女があなたにとって特別な人間であることは分かります。ですがこんな仕打ちはあまりに酷すぎます。あなたが犠牲になるべきではない」

「…………」

 あたしはあおいの言葉に何も答えられない。正直言って、あたしはどうしたらいいのか分からなかった。

「シーラ!」

 あおいはあたしを壁際まで追いやる。そして彼女は真正面からあたしのことを睨みつけた。いつも優しくあたしを見守ってくれる彼女から厳しく責められ、あたしは混乱の渦の中に呑まれていく。あたしは彼女の目を見ることができなくて、あてもなく視線を彷徨わせることしかできなかった。

「シーラ、あなたは優しすぎます。いくらセシリアが困っているといっても、彼女は一度はあなたのことを見捨てた人間です。そんな人の為に、なぜあなたが命を懸ける必要がありますか?」

「……シーラさんに意見するのは本当に辛いのですが、わたしもあおいさんのおっしゃる通りだと思います。シーラさんが優しいことは知っています。ですが、今は非情になるべきです。みすみす勇者側の思惑に嵌る必要はありません」

 いつもはあたしの背中を押してくれるステラまでもあたしを叱責する。彼女らの言うことはもっともだ。もっともなのは分かっているんだ……。それでも、あたしは……。

「シーラ」

 そんなあたしの思考を切り裂くようにあおいがあたしの名前を呼ぶ。彼女は決死の表情であたしを見つめる。そして震える声であたしにこう言った。

「もしここであなたが捕まってしまったら、あなたを大切に想っている者の気持ちは、一体どうなるのですか……?」

「え……」

 いつも凛としている目の前の少女の大きな瞳が潤んでいる。そして彼女は、その震える手であたしの肩を掴む。

「お願いですから、我々を迷子にさせないでください……。私からあなたを奪わないでください……。それだけは、なんとしてでも、お願い致します……」

 あおいがあたしの前からのく。そして彼女は落ちた荷物を無言で拾い上げ、そのままあたしたちの部屋に向かって歩き出してしまった。

「あおい……」

 あたしは、そんな彼女にまともに声をかけられない自分が情けなくて仕方がないのだった。

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