運命の再会
あれから半日ほど歩き、あたしたちは日が暮れるよりも早くリスタウィッチに到着していた。まずは宿を確保する必要があるので、あたしたちは急ぎ宿探しへと向かった。
レンガ造りの統一感のある街並みをしばらく歩いていると、不意にあたしたちの目の前にドーム状の屋根の大聖堂が現れる。それはこの世界で最も信仰されているイリア教のものだった。
「懐かしいなぁ。この近くにヴァンデンハーグ家の別宅があって、よくこの街に来てこれを見上げたものよ」
「そうなのですね。それにしても、これは実に荘厳です。圧倒されてしまいました」
勇者一味から正体を隠す為に被っているフードを少し上げ、あおいは感慨深げに大聖堂を見上げている。そう言えば、かつてのあたしも今のあおいと同じように、キラキラした目でこの建物を見上げたものだった。
あの時のあたしはまだ十五歳の少女で、今後勇者パーティでやっていけるか不安を抱いていた。そんなあたしは一人ではなく、とある人と一緒に大聖堂を見上げていた。それはあたしの後ろ盾だったヴァンデンハーグ家の長女、セシリア・ヴァンデンハーグだった。彼女はあたしにこの街を案内してくれていたんだ。
水色の長くて艶やかな髪の毛を風になびかせ、涼しげなワンピースをその身に纏って優雅に歩くその姿は、実に良家の令嬢といった雰囲気で、田舎暮らしの長かったあたしはそんな彼女を眩しいものでも見るかのように見つめていたものだった。
セシリアは身体が弱くあまり遠出ができなかったが、ここには彼女の別宅が近くにあるので、リスタウィッチの中に関してはある程度自由に歩き回ることができた。
もしあんなことにならなければ、またあの子とこの街を回れたかもしれないのにと思うと、あたしは寂しさを抱かずにはいられなかった。
「あっ」
そんな時、不意にあたしの背中が誰かとぶつかった。あたしは大聖堂に気を取られていて背後に気を配れていなかった。あたしはすぐにその人に謝ろうと振り返る。しかしその瞬間、あたしは信じられないものを目撃することとなった。
「…………うそ?」
あたしの眼には、あたしの記憶の中にあるのと同じ水色の涼しげなワンピースをその身にまとった可愛らしい少女が映っていた。今のあたしはきっと、あまりの驚きのせいでとんでもなくおかしな顔をしていることだろう。そして一方、目の前の水色の髪の美少女も同様に、幽霊でも見たかのように驚きに満ちた表情を浮かべていたんだ。
「シーラ!?」
「セシリア!?」
同時に素っ頓狂な声を上げるあたしとセシリアと思しき少女。すると、固まっているあたしにセシリアが近づき、あたしに何かを言おうとする。だが、彼女はすぐにその言葉を飲み込んでしまった。
彼女はそれからそんなことを何度か繰り返した後、ようやく絞り出すようにこう言った。
「シーラ、あの、お久しぶりです……」
悩んでいた時間には比例しない短い挨拶に、彼女の苦悩が見て取れる。
「あ、う、うん、本当に久しぶり……」
対するあたしも、彼女にかける言葉がすぐには見つからず、ぎこちなくそう返すことしかできない。
するとそんなあたしに、セシリアは頭を下げてこう言った。
「ごめんなさい、困惑されるのも当然ですよね。こちらから一方的に支援を打ち切っておいて、普通に接しろという方が無理ですよね……。私のことも、恨んでいますよね……」
目に涙を溜めそう言うセシリア。
あの日、ヴァンデンハーグ家は、あたしが勇者パーティを解雇されると同時にこれまで行っていた支援を停止した。それはあの世界で戦ってきたあたしの本当の意味での死を意味していた。と言うのも、もし勇者パーティを解雇されたとしても、彼らがバックについていてくれていれば、あたしが王国軍に残ること自体は可能だったかもしれなかったからだ。
病室のあたしに支援打ち切りを告げたのは、あの家の従者だった。そしてそれ以後、あたしはヴァンデンハーグ家の人とは一度も顔を合わせることはなかったんだ。
「そんなことないわ。怪我をしたのはあたしの落ち度でもあるし、ヴァンデンハーグ家は、ちゃんとあたしの新しい家も探してくれたし、治療費だって出してくれた。感謝こそすれど、恨むことなどないわよ」
あたしは精一杯絞り出す。もちろんそれが全て本心ということはなかったけど、平民上がりのあたしにだって有力貴族であるヴァンデンハーグ家の立場はわかっているつもりだった。だから、その長女であるセシリアに怒りをぶつけるような真似はしたくなかった。
あたしの言葉を受け、セシリアは少しだけ表情を崩し、瞳を潤ませてこう言った。
「ありがとう……。私は、あなたと四年近く一緒の時を過ごして、あなたのことを、本当の姉妹だと思っていましたよ……」
「う、嬉しいわ。あたしは支援してもらっている立場だったし、姉妹なんて言うのはおこがましいと思っていたんだけど」
「そんなことはないです。他に姉妹のいない私には、あなたは本当の姉のような存在でしたもの」
微笑むセシリア。だが、あたしはやはり彼女の言葉をすっきりとは受け取れないでいた。
セシリアは幼い頃から病弱で、家督を継ぐのは難しいと言われていた。しかし、ヴァンデンハーグ家にはセシリアの他に子供はいなかった。実際、セシリアも奥様が苦労して産んだ子供だった。
このままでは一族が途切れてしまうかもしれない。そのことを恐れたヴァンデンハーグ卿が白羽の矢を立てたのが、当時勇者パーティに登用され、頭角を現しつつあったこのあたし、シーラ・リリーホワイトだった。ヴァンデンハーグ卿は、将来的にはあたしを養子にし、セシリアの代わりにヴァンデンハーグ家の跡取りにするつもりだった。
だがそれは、当然ながらこの家の本当の娘であったセシリアの立場を奪うことに他ならなかった。そのことを、あたしは常に申し訳ないと思っていた。しかし、ヴァンデンハーグ家という王国内でも圧倒的な実力を有する貴族の後ろ盾は、あたしにとっても正直頼もしかった……。だからあたしはその申し出を断ることができなかった。
病気のせいで人生を満足に生きられないだけでなく、あたしのせいで居場所すらも奪われようとしていたセシリアに対し、あたしは罪悪感を抱いていた。だからあたしは、誰よりもセシリアに優しく接した。この程度で罪滅ぼしになるなんて思っていなかったけど、それでも少しでも彼女の気持ちを楽にしてあげたい一心で、あたしは彼女を大切に想ってきた。そしてセシリアも、そんなあたしの気持ちを理解してくれていたのか、あたしに対し八つ当たりをするようなことは今まで一度もしてこなかったんだ。
だがそれでも、あたしはセシリアが、彼女の居場所を奪い続けたあたしのことを許してくれているのか確証を持つことはできなかった。もはやあたしは王国の中枢から追われ単なる小市民になり果てているけれど、それでも四年間という長い年月を彼女が綺麗さっぱり洗い流してくれているとは、あたしはとてもではないが思えなかったんだ。