次なる目的地は…
レオナ様を退けた後、あたしたちは急いで村役場まで向かった。こんな時間にも関わらず役場にまだそれなりに人がいて、昼間から引き続き議論を交わしているようだった。すると、その中にいた父があたしを見つけてこう言った。
「シーラ! こんな時間に何してる?」
「それはこっちの台詞よ。みんなこんな時間まで起きてたら身体に悪いわよ」
すると今度は顎に白髭を蓄えた村長さんが口を開く。彼を見たのも四年ぶりだけど、特におかわりはないようだった。
「シーラ、事は急を要するのだ。我々の意見がまとまらない内に王家や勇者の関係者が来てしまったら困るからな」
「あ、そのことなんだけど……」
あたしは今しがた王家の関係者が協力を仰ぎにここまで来たことをみんなに伝えた。みんながその話を聞くと、役場の中はかなりざわつき始めた。
「なんと、こんな小さな村にももう来たのか……。村としてもまだ結論は出ていないんだ。いったいどうしたものか……」
村長さんはうーんと項垂れる。あたしは恐る恐る村長さんにこう進言した。
「とりあえず、彼女も今日は一度帰られたようだし、今は無理して結論を出さなくてもいいかもしれないわよ」
「しかし、あまり呑気しているわけにもいかんであろうに……」
「でもそうは言っても、今のあたしたちには判断する材料があまりにも少ないじゃない? さっき母さんが言っていた王家に関する噂ももしかしたら嘘ではないかもしれないし……」
あたしがそう口走ると、ここぞとばかりに父があたしに言う。
「なんだ、あれだけ王家を悪く言うなとか言っていたくせに、どうして気が変わったんだ?」
いつも色んなことに鈍いくせにこういう時だけ鋭いのは正直腹が立ったが、あたしはそんな素振りはおくびにも出さないようにこう答えた。
「一度冷静に考えてみたのよ。実際、あたしはこの国の人々の暮らしにはあまり関心を払っていなかったし、あたしが知らないこともあるのかもしれないって思ってね。王家に関することも分からないことが多いけど、それだけじゃなくて、勇者がなぜクーデタを始めたのかも今はわかっていないわ。こういう時こそ、しっかりと情報を集めてから大事な決断は下すべきだとあたしは思うのよ」
あたしはなるべく皆を刺激しないようにそう言う。正直レオナ様の行動には憤りを抱かざるを得なかったけど、だからといって王家の人間全てが彼女のように暴挙に走るとも思えない。今は皆には下手な情報は与えない方がいいとあたしは判断したのだった。
そしてしばらく悩んだ後、村長さんはこう言った。
「確かにシーラの意見も一理ある……」
「ですが、王家の関係者がここにも来た以上、あまりのんびりしている訳にはいかないのではないですか?」
「もちろん、のんびりするつもりなどない。だが、アリシアさんも慎重に考えろと仰っていたし、ここで下手な手を打って村の人間に危害が及ぶようなことがあってはならない。それに、アリシアさんが留守のうちに余計なことをして彼女にカミナリを落とされてもかなわんしな……」
村長さんにそう言われ、他の皆も黙らざるを得ない。ちなみにアリシアというのはあたしの祖母の名前だ。村長さんはうちの祖母ともう三十年以上の付き合いで、彼女の弟分のような存在でもあった。祖母は役場の人間ではないけど、この村のご意見番として大事なことを決める際にはいつも一番に意見を求められていて、村長さんはそんな彼女には頭が上がらなかった。だから、多分最後の言葉が村長さんの本音なんだとあたしは思う。
こうして、父をはじめ他の村人は完全には納得しないながらも、ひとまず村長さんの言葉に従い、どちらにつくかは態度を保留することにしたようだった。
翌日、今の村の状況では期待したような協力が得られないので、あたしたちは早々に村を出て次なる目的地を目指すことに決めた。
現状、元来た道を通って真っすぐ王都を目指したところで勇者パーティに見つかって戦闘になることは目に見えているので、なんとか敵と遭遇しづらいルートを探すこととなった。そしてそれについて三人でアイデアを出し合うことになったのだけれど……
「それにしても、私はやはり昨日のあの女のことが許せません。もし私があの場にいなければ、シーラは無事では済まなかったのかもしれないですし」
あおいは昨日のレオナ様の行動がよほど腹に据えかねているらしく、不機嫌さを露わにしてそう言った。
「昨日? シーラさんに何かあったのですか……?」
「あ、えっと……」
ステラの問いに対し思わずあたしは口ごもる。というのも、あまり彼女に心配をかけたくなかったので敢えてそのことについては言っていなかったからだ。しかし、バレてしまったからには隠しておくことは難しいだろう。あたしは正直に昨晩ステラが部屋に戻った後のことを彼女に話して聞かせた。
「シーラさんを狙うなんて、許せない……」
話を聞いたステラはあおい同様怒りを滲ませる。それと同時に、「自分の感情を優先し、主人の傍から離れるなど、従者として失格です……」と悔しさを露わにした。
「まさかこの村でそんなことになるなんて思うはずないし、ステラは悪くないわ」
あたしはステラの頭を撫でて彼女を宥める。実際あの場に彼女が現れるなんて誰も予想できないだろう。
「それに、もしかしたらこんな状況になってしまって、あの人も気が立ってたって可能性もある訳だし……」
言っておいてなんだけど、それに関しては我ながら苦しい言い訳だと思った。そして案の定、そんな玉虫色のことを言うあたしにあおいが反論する。
「だとしても、シーラを狙うのは筋違いです。あの女はあの時、完全にシーラを殺そうとしていました。シーラだって、変だと思っているから村長さんにあのようにおっしゃったのではないのですか?」
あおいは険しい表情であたしに迫る。あたしは完全に気圧されながらもなんとか彼女を落ち付けようとする。
「そ、それはそうなんだけど、少し落ち着いて……」
「これが落ち着いてなどいられますか!? シーラは私の恩人です! そんな人が目の前で殺されそうになって、その相手を許すことなどできるとお思いで……」
しかし、そこまで言いかけてあおいの動きが止まる。そして我に帰ったのか、途端に身を引きあたしに頭を下げた。
「す、すみません! あなたに怒りをぶつけるなど筋違いも甚だしいですね……申し訳ございませんでした」
あおいはそう言ってまだ頭を下げている。確かに少し困ったのは間違いないけれど、それもこれもあたしを思ってのことだ。彼女を責めるのはお門違いだろう。あたしはあおいに頭を上げるように促した。
「あおいはあたしのことを心配してくれたんだし、気にしなくていいわ。ありがとう」
「わ、私はあなたの騎士です。お礼など、必要ありませんよ……」
あおいは俯き加減にそう言う。あたしはその時、ふと昨日の夜の会話を思い出していた。
――私のことは、あなたを守る為の兵器だと思ってください。
彼女の今の言葉は、昨日のこの発言と通ずるところがあるような気がしてならなかった。彼女は徹底してあたしを優先しようとしてくれる。それはステラに関してもある程度同じことが言えるけど、あおいの場合はステラとは少しニュアンスが違うような気がする。
もしあたしがステラに、「あたしを守らないで」と強く迫れば、彼女はあたしの意向を汲んで守ることをやめてくれるだろう。でも、もしそれをあおいに言ったとしても、あおいはあたしを守り続けるんじゃないだろうか。例え腕が千切れても、足が吹き飛んでも、あおいはあたしの前に立ち続けようとするんじゃないだろうか……。
さすがに少し考え過ぎかもしれないけど、それほどの重みが彼女の言葉にはあるように、あたしには思えてならなかったんだ。
あたしは、他人の為に命を投げ出すことはできないし、自身の命を軽んじてくれなんてことも言えない。でも普通の人間であればそれが当然で、それこそが正常な人間なんじゃないだろうか。にも関わらず、自分は兵器であるといとも簡単に言えてしまうあおいは、どこか歪んでいるのではないかとあたしは思えてならなかったんだ。
「…………シーラ? 大丈夫ですか?」
「え……?」
あたしはあおいの声で我に帰る。気付くと、あおいもステラも心配そうにあたしを見つめていた。あたしは過保護な少女二人を安心させるように、大袈裟に咳払いをしてからこう言った。
「ごめんごめん! じゃ、じゃあ、とりあえずどのルートを通って王都を目指すかを決めてしまいましょう」
あたしがそう言うと、二人は素直に頷いてくれた。
あたしは地図を広げながら言った。
「あたしは海上ルートがいいと思ってるんだけど、どうかな?」
それは王都が港町であることを利用した方法だった。するとそれに対しステラは少し眉をひそめてこう言った。
「確かに良いアイデアだと思います。ですが、勇者パーティもその辺りを警戒しているということはありませんかね?」
「もちろん、港では警戒しているかもしれないけど、道中何度も鉢合わせするよりはいいと思うのよね」
「それは一理ありますね」
あたしの意見にあおいが同意してくれる。するとステラが地図のある街を指さしながら言う。
「もしそのルートで行くとなると、ここから一番近い港町は、海運都市グラシアルになりますかね」
「そうね。グラシアルはここから二日くらいかしら。グラシアルに向かうなら、今日の夜はまず途中のリスタウィッチに泊まることにしましょう。二人ともそれでいい?」
あたしが尋ねると、あおいは肩をすくめてみせた。
「残念ながら、私は土地勘が全くありませんのでお二人の意見に従います」
「あ、ごめんごめん、そう言えばそうだったわね。ステラはそれで大丈夫?」
「わたしはシーラさんの意見に従います」
「分かったわ。それじゃ行きましょ。まだまだ日が暮れるのも早いし、さっさとリスタウィッチを目指しましょう」
こうしてあたしたちは、海運都市グラシアルを目指すこととなった。
みんなの足取りは軽い。これなら余裕で今日中にリスタウィッチには辿り着けるだろう。
しかし、軽い足取りとは裏腹に、あたしはあおいのことで依然としてモヤモヤとした気持ちを抱いたままだった。
今後、彼女の極端な考えをあたしが正してあげなければならないかもしれない。リスタウィッチに向かって歩き出しながらも、あたしはそのことばかりを考えていたのだった。