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彼女の存在意義

 話も落ち着いたところで、あたしはニコルに、あたしたちがそもそもなぜここに来たのかを改めて説明した。すると彼女はふむふむと頷きながらこう言ってくれた。

「なるほど、そういうことだったんだね! ならすぐに役場に行こう! みんなにも協力してもらえないか聞いてみようよ!」

「そうしてもらえると助かるわ」

 あたしたちはニコルに連れられて村役場まで赴く。するとそこには多くの村人がいて、何やら激論を交わしているようだった。

「みんな! シーラ姐が来たよ! みんなチューモクだよ!」

 ニコルの掛け声で、話し合いに没頭していた皆が一斉にこちらを向く。そしてその中にいた父が驚きの声を上げた。

「シーラじゃないか! お前、怪我の具合はどうなんだ!? 大変なことになったってのに、連絡の一つも寄越さないで!」

 さっきも言った通り、父に会うのは四年ぶりだ。心なしか頭が前よりも寒くなった気がしないでもない。

「悪かったわよ……。もう少し落ち着いたら連絡しようと思ってたのよ」

 実際そんなつもりも特になかったけど、火に油を注いでも仕方がないので適当に話を合わせておく。すると父の様子を見かねた母がこう言った。

「お父さん、せっかく帰ってきたのにそんなに言われたらシーラもウンザリするわよ。でも残念ね、お婆ちゃんはちょっとご実家に用事があって今いないのよ」

「え、そうなの? お婆ちゃんには挨拶したかったなぁ」

 と、この調子では話が前に進まないので、あたしは話を切り替えることにした。

「ところで、みんな何の話し合いをしてたの?」

「おお、そうだった。実は、これから王家側につくか、勇者側につくかの話し合いをしていたんだ」

「え……?」

 あたしは父のその言葉に耳を疑う。

「どちらにつくって、どういうことよ……? この村は昔から王家を支持していたじゃない?」

「そりゃそうだが、俺たちも王家には思うこともあるんだ。場合によっちゃ、俺は勇者側についてもいいと思っているくらいだ」

「な、なんでよ!?」

 あたしは思わず声を荒げる。すると、今度は母が答えた。

「だって、ここのところ税金は重たくなる一方だったし、それに比べてこっちの暮らしは一向に良くならないのよ? 不満が出るのも仕方ないと思うけどね」

 母の言葉を受け、あたしは改めて他の村人に視線を向ける。すると確かに皆衣服は汚れ、以前よりも貧しくなった印象を受けた。税が厳しくなったということも、あながち間違いではないのかもしれない。

 それでも、今のあたしがそれを理由に勇者側につくという意見に賛同することは到底できなかった。正直、この村で一番の頼みの綱は祖母なんだ。父や母の意見よりもまず真っ先に祖母の意見があたしは欲しかった。

「お婆ちゃんは何て言ってるの?」

「一時の感情で仕える相手をコロコロ変えたら誰にも信用してもらえなくなるだろうってさ。まあ、お婆ちゃんの言うことももっともだけどね」

「だったら、やっぱり王家側につくのが筋だとあたしは思うけど……」

 しかしそれでも両親たちは首を縦には振らない。いつもは祖母の言うことに服従している父すらも、今回は祖母に抵抗しているらしい。すると、今度は母があたしに対してこんなことを耳打ちしてきた。

「それに最近、結構王家に関する良くない噂を耳にするわよ」

「良くない噂って何?」

「王家に反対する人たち、特に竜人族の人たちを王国軍が弾圧しているっていう噂よ」

 どうやら、母はニコルの耳には入らないように配慮しているようだ。確かに、あたしたち王国軍は反対勢力である竜人族を攻撃した。だがそれは、彼らが国家転覆を企てるような危険分子だったからだ。

「あれは彼らが王家への反逆を企てていたからよ。反対意見を持つぐらいで攻撃なんてしないわ!」

「ちょっと、大きい声出さないでよ。私たちだって噂で聞いただけなんだから……」

 あたしは思わず声を荒げていたことに気づき反省する。でもとてもではないけど、母の言う噂に納得はいっていなかった。

 あたしはこれまで、国の為に命を懸けて戦ってきたことに誇りを持っていた。しかし噂はあたしがこれまで行ってきたことの正当性に疑問符をつけるものだ。そんなこと許容できるはずがなかった。

「王家は悪くなんてないわ……」

 あたしはそう呟くことがやっとだった。


 その後あたしたちは実家に赴き、久しぶりに母に手料理をふるまってもらった。でも、さっきの母の言葉が気になっていたせいで、あたしはロクに久々のお袋の味を楽しむことができなかった。

 気付くと辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。皆があたしの狭い実家の客間で寝静まった頃、あたしは一人夜風に吹かれようと家の外に出ていた。

 この村を飛び出したのはあたしが十歳の時だった。いつも外の世界に羽ばたくことを夢見ていたあたしは、魔術の師であったあたしの祖母に背中を押され、一人この村を旅立ち最強の魔術師になる為の旅に出た。

 あれから数えるほどしかここには戻っていないだけに、ここの匂いは、いつもあたしに懐かしさを想起させた。気になることは山のようにあるけれど、ここの匂いを嗅げる内は、深く思い悩むのはやめようなんて思った。

 それにしても、ここを旅立った時から本当にあらゆるものが変わってしまったと思う。希望に満ち溢れていた少女の想いは踏みにじられ、家族からもらったこの身体も大いに傷付いた。

 それでも、新たに得たものもある。あたしの命を繋ぎとめてくれたドワーフの少女と、突然あたしの前に現れ、あたしに降りかかる災厄を払いのけてくれた勇ましい少女だ。二人がいるから、今あたしはここに立っている。それは胸を張って言うことができた。

 と、そんなことを考えていると、そこに一人の少女がやって来た。

「眠れないのですか?」

 そう問うのは、小柄にも関わらず類い稀なる強さを誇るあたしの騎士、あおいだった。あたしはあおいの言葉に首肯した。

「ここに来ると色んなことを考えちゃうのよ。嫌なことも楽しかったことも。だから夜風で頭を冷やそうかなって思って」

「なるほど。でも、ご心配には及びません。シーラは私が必ず守りますから」

 あおいは優しい笑顔でそう言ってくれる。彼女の優しさは、うっかりしているとつい甘えたくなってしまう誘惑がある。でもそればっかりじゃ駄目だ。あおいだって、まだ元の場所に帰る術は見つかっていないんだ。彼女の優しさに甘えるのは少し自重した方がいいとあたしは思う。

「べ、別に、あたしだって守ってもらってばっかりでいいなんて思ってないからね」

「シーラ、私の前で強がる必要はありません。私の存在意義は誰かを守ることにあります。私のことは、あなたを守る為の兵器だと思ってください」

 あおいは曇りのない表情でそうあたしに言う。それは彼女が最大限にあたしを思っての言葉だったんだろう。

「え、ちょっと待って……」

 でも、あたしはそれを黙って享受することなどできなかった。こんなあたしでも守ろうと想ってくれることは嬉しい。だがそれとこれとは別問題だ。いくらあおいの言葉でも、看過できないことはあるんだ。

「兵器って、何? あたしはあなたを、そんな風に思ったことなんてない」

 あたしの脳みそが瞬間的に熱を帯びていく。熱くなりすぎるなと思いながらも、あたしの口調はどうしてもキツイものになっていく。

 すると、あたしの言葉を受け、今度はあおいが困惑した表情を浮かべた。

「い、いったいどうしたのですか? 私は、あなたを不快にさせることを言ってしまいましたか……?」

「不快とかそういうんじゃなくて、兵器だなんて、そんなの凄く悲しいなって、思っただけよ……」

 あおいに悪意がないことは分かっている。それだけに、あたしはあおいと目を合わせることができなくて、思わず彼女からソッポを向いてしまった。だが、あおいはなおも食い下がる。

「悲しいなどと、あなたが思う必要はありません。あなたは何も気にしなくていいのです。私はこれまでそうやって生きてきました。人より優れた戦闘力を持って生まれてきたのは、誰かを守る為だと幼い頃から教えられてきました。だからあなたの騎士となった以上、あなたを守る為にこの身を捧げることこそが、今の私の生きる意味なのです」

 あおいはまっすぐあたしの目を見つめてそう言う。彼女の言葉にあたしはそれ以上言葉を紡ぐことができい。

 あたしは、そんなことは絶対に違うと思った。確かに、今のあたしにはあおいの力は必要だ。だがあたしは、自分を犠牲にしてまでもあたしを助けてほしいなんて思っていなかった。

 どんなに強くても、あおいはまだ女の子だ。彼女は絶対に兵器なんかじゃない! 他人の為にその身を捧げるなんて絶対に間違っている!

 あたしは彼女にあたしの意思を伝える為に、なんとか再び口を開こうとした。しかしその時またしてもあたしにとって大切な少女がここにやって来た。

「シーラさん」

 それはさっき寝室で眠りに就いていたはずのステラだった。

 あたしは思わず彼女に尋ねた。

「ステラ、あなた寝てたんじゃなかったの……?」

「目が覚めたらお二人がいらっしゃらなかったもので。こんな夜にこんなところで、お二人でこっそり逢引きですか?」

 ステラはジト目でそんなことを言う。あたしは慌てて首を横に振った。

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 だがあたしの必死の弁明を余所に、ステラはこんなことを言った。

「別に、わたしはあなたがどんな人と仲良くされようと一向に構いません。わたしは、あなたのお傍にいられれば、それでいいんですから」

「ちょっと、ステラ……」

 あたしはステラを止めようとしたけど、彼女はあたしに振り返ることもなくそのまま家に戻っていこうとしてしまう。すると、一瞬彼女はこちらに振り返った。その目は、あたしにはあおいを睨みつけていたように見えた。そんなステラを見て、あおいは沈んだ声でこう呟いた。

「私は、何かステラを怒らせることをしてしまったのでしょうか……?」

「そんなことは、ないと思うけど……」

「気になるので、私はステラと話してきます。シーラはゆっくり戻ってきてください」

 あおいはそう言ってステラの後を追いかけていく。あたしはどうしたらよいのか分からず、その背中を見送ることしかできなかった。

 取り残されたあたしはその場に独り佇み途方に暮れる。

「いったいどうしちゃったのよ、ステラ……」

 今までステラがあのような態度を見せたことは、最初にあたしが彼女と出会った時以外はなかったように思える。

 あたしはあの男からステラを助け出した後、冷え切ってしまった彼女の心を解きほぐす為、あたしなりに精一杯彼女に愛情を注いだ。最初の方の彼女は、奴隷時代の癖か、あたしのことを警戒することも多かったけど、時間が経つにつれて徐々に彼女の心は穏やかになっていったように思う。そうして、あたしたちは今のような関係を築くに至ったんだ。

 あたしはステラと共に時間を過ごして本当に幸せだった。彼女はいつもあたしを一番に考えてくれたし、辛そうな顔をしている時は何も言わずに寄り添ってくれた。そんな彼女を、あたしが蔑ろにすることなどあり得ない。

「あたしがあなたを独りには絶対にしないわ」

 そう呟き、あたしはステラたちの元へと向かおうとする。しかしその時、あたしの夜目は、見慣れた一人の女性の姿を捉えていたんだ。

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