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ハンマー少女との再会

「それは、本当に大変でしたね……」

 あたしの話を聞いたあおいはあたしの背中をさすってくれる。

「ありがとう、あおい。まあ正直、個人的な恨みもあったし、あの人数相手に無茶をしたとは思ってるわ。それでも、どうしてもお世話になったヴァンデンハーグ家の人たちのことは助けたかったの……」

「お気持ちはお察しします。大切な方を守りたいと思うのは当然です。どんな理由があったにせよ、やはり強引な手段を取った勇者を許すことはできませんね」

 あおいはあたしに同意を示してくれる。それが今のあたしにとってはこの上なく嬉しく、ようやくささくれ立った心が落ち着いてくれたのだった。あたしは彼女に頭を下げ、こう言った。

「ありがとう、あおい。あなたに話してよかったわ。少し、気持ちが楽になったから」

「私の方こそ、あなたのことを少し知れて良かったです。それに、あなたにとってステラが大切な人であることも知れました。彼女は本当に優しい子なんですね」

「ええ。彼女は本当に優しくて、自暴自棄になっていたあの頃のあたしの面倒を甲斐甲斐しくみて、あたしの傷付いた心を癒してくれたの。もしあたしがあの時彼女と出会わなかったら、とっくの昔にあたしはこの世界からいなくなっていたと思う……。あの子はある奴隷商人のせいで、今までずっと辛い目に遭ってきた。だから、自由になった今、彼女は絶対に幸せにならないといけないの」

 あたしの言葉にあおいは深く頷いてくれる。あたしはステラを捜す決意を改めて固めた。

 それからあたしたちはすぐさま約束の地、オクスフォへと向かうことにした。オクスフォの街は人口十万人以上の大都市だけど、今はそっちは目的地じゃない。待ち合わせ場所は、街から少し離れたところにある岩場だ。そこはかなり広く隠れる場所も多いので、ステラが追っ手から隠れるのには都合がいい。だがその反面、あたしたちが彼女を見つけるのも骨が折れるわけではあるのだけど。

 しばらく歩くと、空はすっかり橙色に覆われ、徐々にこのゴツゴツの岩場を歩くことが困難になっていった。ただでさえ、この義足の左足は足をとられやすい。この時間帯はより慎重に歩いた方がいいだろう。

「シーラ、ステラの特徴をもう一度教えてください」

「あの子の背はあたしの胸のあたりくらい。髪はブラウンのショートヘアで、服装はビキニアーマー。武器はハンマーを装備しているわ」

「ふむ、改めて聞くと、やはりなかなかに不思議な格好をしているのですね」

「服は奴隷主の趣味みたいよ……。あいつ、ステラにビキニアーマー以外の服が着られないように呪いをかけていたのよ」

 あたしはなんとか彼女に他の服を着せようとはしてみたけど、悉く弾かれてしまって、やはり彼女に普通の服を着せることは叶わなかった。

「それはまた実に趣味の悪い……」

「ホント、反吐がでるわね。まあそれでも、あの子は自由になれただけで十分だって言って、服のことは気にしないようにしているみたいだけどね。あとあの子、種族はドワーフだから、背は低くても結構力持ちよ。それに体力もあるし、この岩場でも簡単にへばるようなことはないはずよ」

 その後、あたしとあおいは二手に分かれてステラを探すことにした。これだけ広い岩場の同じ場所を調べるよりも、そっちの方が効率的だと考えたからだ。

 しかし二手に分かれてはみたものの、いたずらに時間が過ぎ去るばかりで一向にステラは見つからなかった。その間にも、橙色は刻一刻と黒に侵食されていく。そしてあたしはいつしか、もう彼女はここにはいないのではないかと思い始めていた。

 無事に逃げてくれたのならそれでもいい。でも、そうじゃなく、もし彼女が勇者パーティに捕まってしまったのなら、あたしはあの子を助けに行かなければならない。それが見極められないうちは、どうしてもここを去るわけにはいかないんだ。

「ステラ……」

 少女の名前を呟き、あたしはぐっと掌を握り締める。お願いだから、一度だけでもあたしの前に出てきてほしかった。そして無事な姿をあたしに見せてほしかった。でもこれだけ捜しても見つからないのなら、それももう叶わないのかもしれない……。

「もう、駄目なのかしら……」

 あたしは諦めかけ、思わず弱音を漏らす。だが、その時だった。

「うおおおおお!」

 突然雄たけびが辺りに響き渡る。そして鋼鉄同士が衝突する音が辺り一帯に鳴り響いた。

「今の声は、まさか……!?」

 あたしはその雄たけびには心当たりがあった。あたしは急ぎ、声のした方へと向かう。するとそこには……

「ステラ!?」

 あたしの思った通り、ステラの姿があった! 彼女はハンマーを思い切りあおいの剣に打ち付け、鬼の形相を浮かべている。恐らく、あおいのことを勇者パーティの一人だと思ったんだろう。しかし、あたしの顔を見るや否や、彼女はその表情を一変させた。

「し、シーラさん!? ご無事だったのですか!?」

 ステラはハンマーに力を込めたままそう言う。あたしは慌てて二人の間に止めに入る。

「ステラ、その人は敵じゃないわ! まずはそのハンマーを下ろしてちょうだい!」

 あたしの言葉を受け、ステラは急いでハンマーをひっこめる。そしてハンマーを分解させると、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

「か、勘違いして、すみません!」

「問題ありません。お気になさらず」

 あおいは特に気にした素ぶりも見せず、そのまま剣を引っ込めた。ステラのハンマーを受けていながら痺れている様子もないことから、相変わらずあおいの運動能力の高さがよく分かった。

 とまあ色々なことがあったけど、とにかく、ついにあたしたちはステラとの再会を果たした。あたしは安堵のあまり、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

「シーラさん、本当にご無事でなによりです……」

 ステラは目を潤ませてあたしの無事を喜んでくれる。あたしはそんな彼女の頭を撫でた。

「心配かけてごめんなさい。ステラとまた会えて、本当に嬉しいわ」

「シーラさん……」

 正直あたしも泣きそうだったけど、あたしはなんとか涙を堪えてみせた。再会はできたけど、あたしたちはまだ勇者パーティから完全に逃れたわけじゃない。泣くのは安全が保障されてからでも遅くない。

 するとステラは次にあおいを見て、「それで、こちらの方はどなたですか?」とあたしに尋ねた。

「この子はあおい。あたしのピンチを助けてくれたのよ。追っ手を追い払ってくれたのは彼女なの」

 あたしの言葉を受け、ステラはあおいの全身を眺め回す。奴隷時代が長かったせいか、ステラは初めての相手をことごとく警戒する癖がついていた。そして一通り彼女を調べ終わるとこう尋ねた。

「見たこともない格好をされていますが、あなた、いったい何者ですか?」

「そうですね、私も何と言えばいいのやら……」

 いきなりなかなかパンチの効いた言葉を浴びせかけるステラだが、あおいは特に気にした素振りは見せない。悩みながらも、あおいは自身がとても遠い場所からやってきたらしいことを話した。その中には、彼女がそこで戦っていたという相手の話も含まれていた。

 すると、明らかにあおいの話が信じられないのか、ステラは怪訝な表情でこんなことを言った。

「あの黒いところから来た敵と戦っていたなんて、いくらなんでも妄想が過ぎるのではないですか?」

「こらこら……」

 棘のある言い方に思わずあたしは口を挟む。ステラは咳払いをして「おっと、これは失敬」なんて言っていた。恐らく、信頼できる相手かを見極める為に、彼女なりにあおいに探りを入れているのだろう。

 あおいは困り顔で頭をかきながら答える。

「本当なのは間違いありませんが、やはりそう思われてしまいますかね……」

 確かに、それは俄かには信じ難い話ではある。それに、あたしはあおいの記憶を一度だけ覗き込んだけど、ステラはそれを見ていないんだ。話を聞いただけではそう思ってしまうのも致し方ないのかもしれない。

 しかしそうは言ってもこれでは話が進まないので、ひとまずステラはあおいの話が事実であるという前提で話を進めてくれたようだった。

「それで、化け物退治をされていたあおいさんは、軍隊か何かに所属されていたのですか?」

「はい、軍隊には所属していましたね。ですが、本業はあくまで女子高生でした」

 あおいは特に何の疑いも持たずにそう言う。しかし、彼女の口から発せられたその単語にはあたしもステラも聞き馴染みがなく、思わず二人で顔を見合わせてしまった。あおいは若干慌てながら言う。

「おや、女子高生では通じませんか? もしや、この国にはそもそも高校がないのですか?」

「コウコウっていうのは、学校のこと? こっちは魔術学校ならあるわ。十五歳で卒業して、それ以降も勉強する人は魔術(じょう)学校に三年間通うわ。高校はどこに該当するの?」

「うーむ、十五歳から通うので、その上学校というものに該当しますかね……」

 あおいがそう言うと、ステラは驚きの表情を浮かべた。というのも、上学校には相当に優秀な魔術師じゃないと進学できないからだ。ちなみに勇者は王立ロンダード魔術上学校を首席で卒業しているのは有名な話だ。

 あおいの話を聞くと、ステラはまた咳払いをし、キリッとした表情でこう言った。

「ま、まあ、それほどの経歴の持ち主なら、勇者パーティを撃退できるのも頷けますね」

「そうそう! きっとジョシコウセイは王国軍のエリートをたくさん排出するぐらいのレベルなんだわ!」

 恐るべしジョシコウセイ。でもあおいの実力を目の当たりにした今なら、それも信じられるような気がする。

「何やら大袈裟に解釈されているような……」

 あたしたちの言葉を受けてあおいがなぜか困った顔をしている。けどすぐに「まあ、それでもいいですかね」と言ったので、ステラはそれ以上彼女のことを問い詰めるのをやめたようだった。


 少し間をおいて、気を取り直したあおいがあたしにこう尋ねた。

「ところでシーラ、ステラとも合流できたわけですが、これからあなたはどうするつもりなのですか?」

「そうね……」

 あたしとステラの捨て身の特攻は失敗に終わった。でもだからといって、このままクーデタなどという暴挙を見過ごすわけにはいかない。このままじゃ、ヴァンデンハーグ家の人たちが殺されてしまうまであまり時間がない。それだけはなんとか阻止しなければ。

「あいつを、ユーリを止めるわ。あいつの好きにはさせない」

「わたしもシーラさんと同じ気持ちです。それに勇者パーティは信用なりません。王家を信頼していたわけではありませんが、シーラさんを裏切った彼らによる統治など、わたしはまっぴらごめんです」

 ステラがあたしの肩を持ってくれる。その言説には一切揺らぎがないことが、あたしを安心させてくれる。すると、あおいはうーんと唸りながら、あたしたちにこんなことを尋ねた。

「ええと、そもそもの話なのですが、なぜ勇者パーティはクーデタなんてことを始めたのですか?」

 あおいの問に対し、ステラは肩をすくめてみせる。

「クーデタ自体は昨日発生したことなので、わたしたちにも残念ながら詳しくは分かりません。勇者がこの国を私物化したいからだと、わたしは思っていますが」

「なるほど。これまでそういう予兆はあったのですか?」

 あたしはかれこれ四年近く勇者と一緒に戦ってきたけど、彼が王家に対して不満を言っているのを聞いたことはなかった。それにあいつの経歴は順風満帆そのもので、勇者に登用されてからというもの、将来的には貴族の仲間入りを果たすのではとしきりに言われていたくらいだ。予兆なんてものは、はっきり言って全く思いつかなかった。

「あたしが勇者パーティにいた時は、あいつからそういう話は聞いたことはなかったわ」

「ちなみにですが、シーラが勇者パーティにいたのはいつぐらいまでなのですか?」

「五ヶ月ほど前よ。勇者パーティを解雇されてからは、勇者たちとは接点がなくなったから、どんな話し合いが行われていたかは分からないわ」

「なるほど。やはりその辺りを調べるには、直接王都に出向くより他に方法はなさそうですね……」

 あおいが言う通り、やっぱり最終的にはもう一度王都に戻るより他に方法はないと思う。でもこのままのこのこ王都に戻ったら、また勇者たちの猛攻に合うことは容易に想定できた。

「最終的な目的地が王都であることは間違いないわ。でもいくらあおいが強くても、あの人数をあたしたち三人だけで相手にするのは流石に骨が折れると思うのよ」

「それではいったいどうするのですか?」

「あたしたちの他にも、このクーデタに納得していない人が数多くいるはずよ。だから、そういう人たちを探して協力者になってもらうのよ。ある程度人数さえ集まれば、決して戦えないことはないと思うわ」

 あたしの言葉に対し、二人は揃って頷く。

 あたしたちの協力者になりえる人間と言えば、真っ先に思い浮かぶのはやっぱり王家の関係者たちだ。でも彼らの内、王都にいた人たちの多くは勇者パーティに捕まってしまったと思う。かつてあたしの後ろ盾であったヴァンデンハーグ家の人たちも、その影響力もあり、恐らく真っ先に投獄の対象となっているに違いない。

「もし王家の関係者が勇者たちの手を逃れられたとしても、彼らを捜すのは楽ではないでしょうね」

 ステラが腕組みをして唸りながらそう言う。確かに彼女の言う通り、追っ手から逃れて各地に散ってしまっている場合、そう簡単に捜し出すことはできないかもしれない。

 でも今はなんとしてでも協力者が欲しかった。その為に、あたしたちができることを探さなければならない。……と、ここであたしの中である考えが浮かんだ。

「……あたしの故郷なら、もしかしたら誰か協力してくれる人がいるかもしれないわ」

「シーラの故郷? 王家の関係者がそこにはいるのですか?」

「いや、関係者はいないけど、村にはうちの祖母をはじめ昔から王家の支持者も多かったから、このクーデタに異を唱える人は多いんじゃないかと思うのよ。まあ、あたしはもう村には何年も帰ってないんだけどね」

 故郷を飛び出したのはあたしが十歳の時だ。その後、十五歳で勇者パーティに登用が決まった時に一度帰ったきりだから、もうかれこれ四年は帰っていないことになる。それなりに時間は経っているが、あの人たちの意見がそんなに大きく変わることもないと思う。

 まあ、あたしが勇者パーティを解雇されたという報せは既に向こうにも行き渡っているだろうから、うちの親や祖母は憤って王家に不満を抱いている可能性は否定できないけど。

「王家の支持者がいるのなら行ってみてもいいかもしれませんね」

「うん。それじゃ、とにかくあたしの故郷に行くってことで、二人とも問題ない?」

「大丈夫です!」「問題ありません」

 あたしの言葉にまた二人が頷く。かくして、あたしは久し振りに故郷のレスト村に戻ることとなったのだった。

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