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琥珀色の少女

今日より毎日更新します。

挿絵(By みてみん)


「女の子……?」

 月の光に照らし出された一人の女の子が草の生い茂った地面に横たわっている。その女の子は琥珀色の髪の毛を赤いリボンでポニーテールにし、見たこともない服をその身に纏っていた。また、眠っているせいで少し分かりづらいけど、彼女は小柄な体躯をしていて、普通の女性よりそこそこ背の高いあたしよりは、彼女の身長は低いようだった。

 その女の子の顔を覗き込んだあたしは思わず息を飲んだ。

「か、可愛い……」

 その女の子は眠っていてもわかるくらいの美人だった。恐らく皆の勘違いではあると思うんだけど、あたしも他の人から美人と言われたことはあるにはある。しかし、彼女はそんなあたしとでは比較にならないほどの美貌を誇っていて、恐らく道を歩けば十人中十人が振り向くと言っても過言ではないほどのべっぴんさんだった。まさか逃げて来た先に、こんな可愛い女の子が落ちているなんて全く思いもしていなかった。

 あたしことシーラ・リリーホワイトは逃亡者だ。とある理由から、あたしはここアトレア王国の王都であるロンダードから脱出し、追っ手から逃れるため、今は王都と王都の南部にある岩場に囲まれた街・オクスフォとの中間あたりまでやって来ていた。

 数ヶ月前まで、あたしは国防の中心的役割を担う勇者パーティに所属し、「最強」の魔術師として君臨していたっていうのに、今や王都を追われ、たった独りで夜の草原を逃げ回っているなんて、あまりの落差に思わず笑えてくる。

 街を出たのは昼前だ。それが今はもう、周囲は完全に夜の闇に包まれている。さっきまで辺りは土砂降りで、あたしはあまりに絶望的なこの状況に打ちひしがれていた。ここ半年間の過酷な境遇も相まって、あたしはここで死ぬことすら考えていた。そんな時、突然あたしから少し離れたところが雨の中でも分かるくらい眩く光り輝いたかと思ったら、それと同時に、ガサリと草の上に何かが横たわるような音がしたのだ。

 あたしが輝きを放っている方に視線を向けると、光の中にうっすらと人の形のようなものが見えた。しかし雨のせいで、あたしはその正確な輪郭を捉えることはできなかった。するとその時、またしても驚くべきことが起こった。

「あれ、雨が……?」

 なんと、倒れている人のようなものをあたしがもっと近くで見ようとした瞬間、雨は唐突に小雨へと変わった。

 あたしをこの世界から洗い流してしまいそうなほどの大雨がこうもあっさり勢いを弱めてしまったことに、あたしは拍子抜けせざるを得なかった。そしてついには、なんとあれだけ分厚かった雨雲ごとその姿を消してしまったんだ。

 金属性の足音を響かせ、あたしは少女に近づく。と言うのも、あたしの左足は金属製の義足だったからだ。

 雨雲が消え、月が顔を覗かせたおかげで、あたしはその子の様子をしっかり観察することができた。彼女のその美しい顔は、よく見るとまだ幼さを残していて、彼女がまだ子供であることもよく分かった。

「こんな服、見たことないわ……」

 彼女が身につけている衣服は初めて見るデザインをしていた。彼女は上は濃いグレーの上着を着用していて、胸元に勲章のような印が施されている。そして上着の下には白色のシャツも見えた。また、彼女は下には赤色の比較的丈の短めなスカートを履いていた。あたしはこれまで勇者パーティの一員として王国内の各地に出向いたけど、このような服はどこでも見たことがなかった。

「この子、一体どこから来たのかしら……? それに、ずぶ濡れでこんな所に寝てたら風邪引いちゃうわ」

 さっきまで土砂降りの中命を断とうとまで考えていた人間が言えることじゃないけど、やっぱり冬空の下で濡れた服のまま寝るのはよくない。あたしは彼女を助け起こそうとしゃがみ込み、その女の子の身体に手を触れた。

「え?」

 するとその瞬間、なんの前触れもなく、あたしの眼前には全く見覚えのない世界が広がっていた。そしてここはどこなのだろうかなどと考える暇もなく、あたしはその場から走り出していた。

 破壊された建物や、明らかに人間の死体と思われるものがあたしの視界を通り過ぎていく。その光景はあまりに凄惨だった。しかし、通り過ぎていく建物はあたしがこれまで見てきたものとは様式が違っていて、また倒れている人間が着ている服もあたしが知っているものとはやはり違っていた。

 一体何が起こっているかなどまるでわからなかった。だが少なくとも理解していたのは、この光景は、あたしがこれまでの十九年間で体感してきたものではないということだ。それならば、これは一体誰が体感したものなのか。まさか、あたしが触れたあの女の子か。しかしやっぱり、そんなことを思い巡らせている時間もなく、唐突に視界は別の場所に切り替わっていた。

 辺りは土砂降りだった。その人は自身の左手を見つめている。それはあたしの鋼鉄製の義手とは違い、肌色の生身の手だった。また手には血がついていて、その人が怪我をしていることが分かる。

 視線を上げると、銀色をした液体のような、それでいて動物のような形をした見たこともないものが大量に蠢いているのが目に入る。するとその人は、右手にまたしても見たこともない剣のような武器を携え、それに向かって走り出した。

 銀色をしたそれが目前に迫る。すると、それらは生きているように動き出し、なんとこちらに向かって攻撃を仕掛けてきたんだ。右手の剣のような武器を使って必死に応戦するその人。これだけの数相手に善戦する。しかし、最後に訪れたのは、あまりにも残酷で、心が押しつぶされんばかりに辛い出来事だった。

『がはっ……』

 その人は、その銀色の何かに腹を貫かれていた。大量の血を吐き、命が一瞬にして消えていく。更に、次々周りのそれらが瀕死のその人の元へと集まり、そして……。

「や、やめ……!? …………あ、れ?」

 気付くと、あたしの視界は元の夜の草原に戻っていた。いつしかあたしは少女から手を離していたんだ。

「はあ、はあ、はあ……」

 あたしは、目眩がして思わず倒れそうになってしまう。

「今のは、なんだったのかしら……?」

 あたしはかぶりを振って意識を保つ。未だに吐き気は残っているけど、今は弱音を言っている場合じゃない。

 あたしは唾を飲み込み、恐る恐る再び少女に手を伸ばす。しかし、あたしが彼女に触れると、今度はさっきのような感覚に襲われることはなかった。その代わりに、この手にはしっかり彼女の温もりが広がっていたんだ。

「良かった、生きてる……」

 あたしは少女の体温を感じ、心底ホッとする。

「さっきの光景は、ホントになんだったの……?」

 結局、どれだけ考えてもあれの正体は分からずじまいだった。これ以上考えるのも億劫なので、ひとまず今は深く考えないようにしたのだった。

「う、うーん……」

 すると、ついに女の子が目を覚ました。少女の目は非常に大きくかつ意外にも鋭く、彼女が強い意思を持った人間であることを示しているように思えた。またその瞳は、彼女の髪の色と同じく美しい琥珀色をしており、危うく吸い込まれてしまうのではないかと思えるほど澄み渡っていた。

 目を覚ました女の子は起き上がると、その大きな瞳であたしを見つめる。その少女に見つめられ、情けないことにあたしは僅かに顔が上気してしまう。すると少女は今の自分の状態が理解できないのか、所在なさげに辺りを見回しながらこう言った。

「あれ? 私、こんなところで一体何を……? あの、あなたは誰ですか?」

 あたしを見つめたまま彼女が尋ねる。

「あたし? あたしはシーラよ。あなたは?」

「私、は……?」

 少女は記憶が混乱しているのか、自身の名前がすぐには出てこないようだった。図らずとも、しばらくの間あたしたちは無言で見つめ合う格好となる。

「わ、私は、確か……」

 すると、ついに彼女は何かを思い出したようだった。しかし次の瞬間、彼女は明らかに動揺した様子を見せ始めた。

「あ、あ……」

 震える少女。

「あの時、私は……」

 少女はうわ言のように呟く。

「私はあの時、死んだの……? で、でも、それならどうして、私はまだここに……」

 彼女の瞳がみるみる内に潤んでいき、彼女は一気に涙を溢れさせてしまう。

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

「わ、わからない、のです……。確かにあの時、私はやつらの攻撃を受けて、死んだはずなのに……」

 彼女は震える身体を抱き、なんとか自身を落ち着けようとする。しかし震えは収まる気配を見せない。あたしは思わず身を乗り出す。

「落ち着いて! あなたは死んでなんていないわ。ここにこうしている。だから安心して!」

「違うんです、私は確かに、あの時やつらの攻撃を食らって、死んだのです! なのに、どうして私は、まだ……」

 彼女はうわ言のようにそう呟き、危うく崩れ落ちそうになってしまう。あたしはそんな彼女を黙って見ていることなんてできなかった。

「え……?」

 少女が驚いたような声をあげる。あたしは、彼女をギュッと抱きしめていた。こんな、さっきまで死を覚悟していたような弱い人間に何が出来るのかは分からないけど、あたしはなんとか彼女の震えを止めてあげたかった。そしてあたしは彼女を安心させるようにこう言った。

「大丈夫! 大丈夫だから! あなたは生きてる。こんなにもあったかい。だから、何も心配しないでいいのよ」

 すると、彼女はあたしの言葉に対し、震える声でこう尋ねた。

「……私は、まだ、温かいのですか? ……まだ、本当に生きているのですか?」

「当たり前よ。あなたは生きている。ちゃんと心臓の音が聴こえる。だからもう安心していいのよ」

 あたしがそう言うと、少女は躊躇いがちにではあるけど、あたしをそっと抱きしめ返してくれた。

 彼女の胸の鼓動は間違いなくあたしに届いている。あの光景は未だ拭い去れなかったけど、彼女が今生きていることだけは、こんなあたしでも断言できた。

「ありがとう、ございます……」

 そしてしばらくすると、彼女の震えは徐々に収まっていったのだった。


 少女が落ち着くと、あたしは改めて自分の名を名乗ることにした。

「あたしの名前はシーラ・リリーホワイト。あなたのお名前は?」

「あおい……羽岡、あおい、です」

 その名前は、あまり耳馴染みのない響きだった。服装もそうだけど、やっぱり彼女はこの国の出身じゃないんだろうか。

「えっと、なんて呼べばいいのかな? ハネオカ? それともアオイ?」

「ええと、あおいで大丈夫です……」

「わかった、あおいね。じゃああおい、答えづらいこともあるかもしれないけど、あなたはどうしてこんなところに倒れていたのか、良かったらあたしに教えてはもらえないかしら?」

 あたしの問いに対し、あおいは絞り出すように答える。

「倒れていた理由は、私にも分からないんです……。朧げながら覚えているのは、私は少し前まで戦場にいたということ。そしてそこで、皆と戦っていたということだけなんです……」

 あおいはそう答えるのがやっとであるようだった。

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