とある妖怪ハンターの戦い
この作品はあ先生とのコラボ小説です。
あ先生、ありがとうございました!
「はぁっ、はあっ、はあっ……!」
俺は大広間まで走って出ると、心臓が鼓動で跳ねるのを無視して俺は刀を構え直した。真正面、さっきまで俺が走っていた廊下から巨大な触手が何本も迫ってくる。
まず右から三本、その次に左から三本。俺は右の三本を一振りで切り落とし、左の触手の攻撃を右に避けて回避する。
そのまま伸びきった左の触手を、大上段からの振り下ろしで切り落とす。
「まさか、あの屋敷にこんなデカブツが潜んでおったとはなぁ」
触手を切り落とした瞬間、唐突にその言葉は俺の耳に届く。その声の発生した方向を向けば──そこにいたのは、少し身長が高い青年。
いや、そんなことどうでもいい!
「ここは危ないから離れて!」
「あいや、ご心配には及ばんよ」
青年はそう言うと、高く──普通の人間じゃ決して無理な高さまで跳躍する。それと同時に、触手共の本体が姿を表した。
触手に見合う、ぬるりとした巨大な球体の肉体。
「化け蛸……!」
俺が死を覚悟せざるを得ないような、圧倒的な暴力を具現化したかのような巨体。それに向かって、空から先ほどの青年が降ってくる。手には見たことのない刀が炯々とその刀身を煌めかせ──一閃。
青年が化け蛸にぶつかると同時に、蛸の肉体は真っ二つに分かれた──否、青年によって斬られた。
「……!」
「紛れ込んだ神とはいえ、こんなもんか」
そう言って青年は刀を素振りする。それと同時に、刀に付着していた先ほどの化け蛸のものだろう体液が刀から振り払われた。
そんな彼に向けて、俺は──。
「ほう?」
「何者だ、あんた。人間じゃないな。回答によっては……」
──刀の切っ先を、向けていた。
「ああ、確かに俺は人間じゃない。だが刀を向けるということは──」
そこまで言って、その青年は獰猛に笑う。次の瞬間、俺の体を強い衝撃が襲う。それと同時に、俺の視界は快晴の晴天を映す。……まさか、吹き飛ばされたのか? この一瞬で!?
俺は瞬時に悟る──この男には、どうあがいても勝てない、と。
「──俺と立ち合うということだが、それでいいのか?」
「ま、待て! 話を……!」
「分かればよい」
俺が刀を鞘に納めると男の手から、文字通り刀が消えた。転移だろうか? ともあれ、刀を納めてくれたのはありがたい。あのまま俺と青年が刀を納めていなければ、今頃俺は自らの血にまみれていたはず……いや、もしくは血がかからないほどの見事な太刀筋で体が真っ二つになっていた可能性も否定できない。目の前の男はそれほどの実力者で……あのカザンでも、多分、敵わない。
だが、しかし。会話の余地はありそうだ。
「あんた、名前は?」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀であろう」
俺はその言葉を聞いて、一瞬呆けてしまう。いやまさか、目の前の人の形をしたバケモノがそんな人間的なことを言うとは思わなかった。
だが、青年の言うことはもっともだ。
「すまん、確かに礼を失していた。俺は柳生、妖怪ハンター連合の一人だ」
「なるほど、かの剣の家計と名を同じくするか。うむ、名に負けぬ剣の術、そして刀である。儂は名をキリシュティア・セード・アインシュヴァルツという」
キリシュティア……異国生まれなのか? まさか、日本に生まれてそんな名前とは思えないが。
「キリシュティアだな、よろしく。さて、色々聞きたいんだが」
「ほう? よかろう、なんでも聞くがよい」
「では遠慮なく……まず、あんたは何者だ? 妖怪か? 神か?」
「……正確にはどちらでもない、というのが正しいが、一応神の部類じゃな。もっとも、汝が思う神とは実態はかけ離れておるが」
「かけ離れている?」
どういうことだ? 神社に祭られたり、教会で祈られるような神じゃないってことか?
「うむ。外宇宙に存在する『決定者』の役割を持つ神じゃ」
「外宇宙……?」
聞いたことのない単語だ。宇宙の外側の領域、ということか?
「まあ、異星の民とでも覚えておるのがよかろう」
「つまり宇宙人ってことか?」
「然り。先ほど儂が斬ったあの化け蛸も、それに類するモノじゃ」
「なるほど……了解した。俺の今回の任務はこの屋敷の調査と、必要に応じての討伐だ。となれば俺の任務は終わりだな」
俺はそう言って、この場所から立ち去る準備を始める。しかし次の瞬間、俺の腰にぶら下がっていた刀はいつの間にか青年によって抜かれていた。
「まあ待て、そう急くでない。汝、今は暇であろう?」
「暇ってなんだよ。帰って書類の提出とかしなきゃなんねぇんだが」
「なに、まだ汝が任は終わっておらん」
「なんだと?」
何を言っているんだ、この男は?
さきほど、自分で化け蛸を斬っただろうに。
「まだ屋敷の調査は終わってなかろう。なんせ、目の前に六十年この屋敷に住み着いておったバケモノがおるんじゃ」
「……戦えってことか?」
「然り」
…………。あの、死ぬよ? 俺、普通に死にますよ? そりゃ妖怪ハンター連合の中でも有数の実力者である自負はあるが、目の前のバケモノ相手じゃあ普通に死にかねない。
「なに、手加減はする。命まではとらんし、肉体も人間のレベルに合わせよう」
青年はそう言うと、俺に刀を投げて返した。俺はそれを受け取り、刀を構える。それと同時に、青年の手元に紫色の刀が出現する。
お互いに構えたその瞬間、一陣の風が吹く。それが戦闘開始の合図となって、お互いに一歩目を踏み込んだ。
刹那、一瞬の間を置いて俺の刀と青年の紫刀が交差する。
ぐっ……重い!
激しく火花を散らす鍔迫り合いとなり、刀の重さと相手の筋力の高さもあって俺はあえなく吹き飛ばされてしまう。
俺は脚を地面に無理やりつけてブレーキをかける。そのまま一瞬で踏み出し青年に迫る。
青年は俺の左手での横薙ぎの一閃を刀を使って上に逸らし、そこから刀の峰でがら空きの俺の体に向けて振るわれる──。
「くぅっ……まだまだぁ!」
俺は右手で腰にぶら下がっているナイフを何本か投げて、刀の峰に当てる。ナイフと刀がぶつかって生まれたその一瞬の隙に、俺は体ごと刀の軌道から左に逸れてギリギリで回避した。
「ほう……これは驚いた。いやはや、なるほど、楽しませてくれるのう」
…………こ、こぇぇぇぇえ!!! なんだこれ、なんだこれ!?
この一瞬で俺は寿命が三年縮んだような感覚を覚えながら、すぐに立ち上がって刀を構え、しっかりと態勢を立て直す。
そのまま、すぐに俺は青年に向かって刀を振るう。最初の一撃で理解した。俺が攻撃の手を緩めて相手に隙を与えれば一瞬で俺は死ぬ──いや、一瞬すらもいらないだろう。
だからこそ、とにかく相手に攻撃する事で相手の動きを制限する。
しかし、そんな俺の思考は一瞬で水泡と化した。
俺の右手に握られた刀と、青年の右手の刀が交差する。次の瞬間、青年の左手に刀が出現した。
まずいまずいまずいまずい!
俺は焦りながら背後に一歩引こうとする。その焦りが命取りだった。一瞬の動きの乱れ、集中力の崩壊。それは青年の刀を俺の肉体に突き立てるには長すぎた。
俺は決死の思いで右足で青年の刀を蹴り上げようと振り上げる──もちろん、それは青年の攻撃には間に合わない。
それを察した青年は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべてワザと刀の動きを止めた。すでに動いている刀の動きをピタリと静止させるなんて、普通の奴にはできない。やはり目の前の彼は、特に刀に関して最上に位置する者なのだろう。
俺は振り上げた右足を戻し、腰のナイフホルダーからダガーナイフを右手に装備する。左手に刀を持ち、両手に武器を装備して青年と向き合う。
「……すまん、人の域を逸脱してしもうたな」
「いや、それこそ俺の稼業だ」
「なるほど、道理」
短く言葉を交わし、俺たちは再び同時に互いに迫る。
青年に横薙ぎに刀を振るえば、青年は双剣でその刀を縦にして受ける。俺はその刀が交差する一瞬で刀を捨て、右に避けて右手のダガーナイフを振り下ろして斬りつける。そのまま首を狙った横の一撃、心臓をねらった突きなどで連撃を織りなす。
青年はそれに対してナイフの剣筋に合わせて体を逸らして回避する。しかもその目を瞑り、口角は楽しげにつり上がっている。
くそっ……さっきの双剣での受けといい、遊ばれてるのが分かる。
落ち着け、落ち着け俺。心を乱すな。
俺は連撃を続けながら流れるように刀を広い、刀で下段攻撃を仕掛ける。青年がそれを少しジャンプして回避した隙に、ナイフで懇親の突きを放つ。青年は双剣の刃を交差させてその攻撃を受け止めた。
「ちっ……懇親の一撃だったんだがなぁ」
「ああ、今のは良かったと思うぞ。が……まだまだ荒削りじゃ」
青年はそう言うと、双剣で俺に連撃を仕掛ける。そのどれもが重く、鋭く、速く、しかして静か。攻撃を回避したり受けたりを続けるが、それもすぐに力尽きた。
「くっ……!」
あまりにも重い一撃を受けて、遂に俺は剣を取り落としてしまった。青年から俺は離れようとするが、それより速く青年の剣が迫る。避けられない──!
俺に当たる直前で青年の剣は寸止めされた。
「……ありがとうございました」
「うむ、儂からも感謝を」
試合を終え、互いに礼をする。一歩間違えれば俺の命に終わりを告げるような短くも長い攻防だった──だからこそ、生き延びられたことに、そして目の前の剣神に、感謝を告げる。
俺が緊張をほぐすためにため息を吐いたその次の瞬間、突如巨大な蛸が現れた。それは青年に向かって何本もの触手を迫らせる。
青年は蛸の攻撃を見ることもなく、刀で迫り来る触手を全て真っ二つにした。
「なっ……!」
「先ほどの神の仲間──否、別の化身といったところか。どうやら儂らはこの化け蛸共に敵認定を受けたらしい。長く苦しい道になるやもしれんが、どうする? ここで自らの命を断つか? こやつらは儂らかやつらのどちらかが殺しきるまで止まらんぞ」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ……。俺はこんなところで死ぬなんざ、ごめんだね」
「さてな。では……共に神を殺しきるとしよう」
青年はそう言うとニッと快活な笑いを見せながら、蛸の方に向き直った。新たに迫り来るたくさんの触手。その全てを、青年はその体で受け止めた。
「汝に授業とやらを一つしてやろう。これなるは超技術『肉鎧』。自らに鎧を纏う術理。そして──」
青年はそこまで言って、一瞬でその姿が消える。次の瞬間、蛸の本体は細切れの肉塊へと変貌していた。
「移動する超技術『縮地』。共にあるというなら、どうせなら我が技術の幾ばくを教えてやろう。さて……たこ焼きでも食うか?」
「食わねぇよ!!」
──どうやら、俺たちの本当の戦いはこれからみたいだ。
続きません