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01.プロローグ



 きっと、儂の人生には……何も無かった。


 誰も守れず、何も成せず、何も得られずに。こうして最期の時を待つ他ない。


 誰しもが儂を『大賢者』だと言った。称賛し絶賛し儂の力を祭り上げた。


 だが……それは買い被り過ぎなのだ、儂は己の欲の為に抗い、咽び泣き、餓狼の様に飢えていただけに過ぎん。

 魔道という修羅の道を歩むと決めたあの日から。儂はただ闇雲に走っていただけに過ぎぬのだ。


 いつでも結果は何処にもなく、不要なモノばかりが増え、本当に大切なものは手から零れ落ちていく。


 何が大賢者だ、何が根源に最も近い者だ、何が……『五大賢者』の頂点だ。

 儂はそんな大層な存在ではない、ともすれば次の瞬間には消え去り、誰からも忘れされれるような凡百の一人だ。

 


「呆気ないものよな……」



 俗世と袂を別ったような山奥の小さな小屋で、儂は安楽椅子に揺られて最期の時を待つ。


 穏やかな昼下がりだというのに、部屋の中は孤独と絶望をたたえている。


 あぁ……。なんと、なんとも儂に相応しき最期だろう。

 富も名声も力を投げ捨て、それでも本当の望みが成し得なかったこの儂には、この暗澹とした光景が似合っている。



「……もうじきか」



 もう儂の寿命もここで尽き果てる。全てを亡くして骸となるだろう。

 延命もする気もない……既に儂はこの世に未練などない。


 いや……未練なぞ叶わぬ、と言った方が正しいか。


 もう手は既に、十全に尽くした。それでも駄目だった。

 それはもう儂の限界という他無い。もうこの世に成すべきことは無く生きる意味は無い。



「また、逢えるかな……君に……」



 儂は、過去に縋る。

 走馬燈にはまだちと早いが……あの頃は。世界がとても輝いて見えたのだ。


 あぁ…………。

 

 儂はもう……疲れたよ、ミシア。





 ◇





「ねぇ、私ってドスケベ淫乱ビッチに見える?」



 それが彼女、ミシアとの最初の会話だった。

 

 あまりにも衝撃的過ぎて今でも鮮明に思い出せる。


 当時、まだ大賢者などと呼ばれず、地元の魔法学校で孤独に研鑽を積んでいた儂にとっては、ミシアの存在が際立ち過ぎていた。


 栗色の髪と目をした小柄な彼女は、いつも目立っていた。



「だって私結構真面目にお淑やかにしてるのに、この風評っておかしくない?」


「いや、自業自得なんじゃないのかそれ」



 ミシアの服は、他の学生とは違い、ローブでは無く胸元を開けた白のカッターシャツに黒のスパッツという、完全に衣服という存在を理解していない者の成れの果てみたいな服装だったのだ。


 服装自由の学校ではあったが、それは流石にやり過ぎだった。

 

 本人も貧相な体型という訳でなく、齢12にしては成熟しており、時折目のやり場に困るなどの会話を小耳にはさんだ程だ。



「きっとこれも私の才能に嫉妬してるだけなのよね!」


「正当評価だと思うぞ」



 しかし。

 その壊滅的な服装のセンスに反比例するかのごとく、魔法のセンスは誰よりも優れていた。


 学校の歴史上稀に見る秀才というやつで、教師もこんな逸材が服装の指摘でへそ曲げられて退学になられでもしたら困ると黙認の姿勢をとるほどだった。



「貴方まで私の服装のセンスを馬鹿にするの!? もーセンスないわねぇ」


「馬鹿にするも何も、可愛い女の子が露出多めの恰好してたら誰だってそういう評価するだろうよ」


「なにそれキレそう」


「逆切れ!?」


「私は可愛いのよ? それを誇示して何が悪いのかさっぱり分からないわね」



 ヤバい奴に絡まれた。そう思った。心底どっか行けと思った。


 しかし儂が何度袖にしても、ちょこちょことミシアは俺に絡んでくる事になる。

 


「いやー、可愛い私に見蕩れないで、魔法とかに専念するとか面白すぎるでしょ!」



 そう言って笑っていた彼女は……とても輝いて見えて。


 きっと、良い友達同士になれていたのだろう。

 あの頃は厄介な奴に目を付けられたとしか思っていなかったが。


 儂の記憶の中で、これが最も温かく、幸せな時間だったというのは言うまでもない。



「……こんな奴に負けているのか俺は」



 と、自身の実力の無さを痛感し、共に切磋琢磨も出来ていた。

 彼女が居なければ儂は大賢者などと呼ばれていなかっただろう。


 儂は学校を卒業し、魔道を極めんと鍛錬と修練を積み上げる。


 仲間も増えた、友も出来た、挫折もあった、苦悩もあった。

 その傍でいつもニコニコと、ミシアは私を支えてくれた、よき友であった。


 そうして迎えたあの夜、儂が『大賢者』として正式に認められた王宮での式典で。



「ミシア……?」



 当時大賢者としては異例の最年少記録を打ち立てた儂は。



「……ふ、ふふっ。ヘンなカオ」



 ミシアの死を、目の当たりにすることになる。


 死因は胸を貫く剣の魔装武器。

 魔法で作り出したその藍色の剣は、寸分違わずに来賓の席に座るミシアの胸に突き刺さったのだ。


 ミシアは儂の為に国一番の衣装をあつらえて、国一番の化粧道具で化粧をし、万全の体制で儂を祝ってくれていた。

 しかし、将来を祝福され、歴史にその名を遺すと言われた才女は。

 

 まだ『おめでとう』の言葉も聞いていないのに、その瞳は重く閉じようとしていた。



「おい! しっかりしろ! おい!!」



 ミシアにどんな回復魔法をかけてもその効果は表れず、それが『呪い』の類であり、儂が解呪出来ないと悟ったころには。



「あは、こんな服も、ボロボロで……ま、た、淫乱なんて、言われ、ちゃう……」



 死期は取り返しのつかない所まで来ていた。



「ふざけてないでお前も回復魔法を! 誰か! 誰か! 騒いでないで回復魔法を! ポーションでもいい! 誰か!!」


「もう、いいよ……? 君の、晴れ姿……もっ、と。見たかっ、けど……もう、いいよ」


「何も良くねぇよ……勝ち逃げかよ……!! 俺は! 俺はまだ何もお前に勝てちゃいねぇんだよ!!」


「ふ、ふふっつ……げほっがはっ……! わ、私の、勝、ちぃ……」



 ミシアの作るVサインは血に塗れて、儂はその手を握りしめる事しか出来なかった。


 自身の無力さを恨んだ、不甲斐なさを呪った。

 なにより悔しかったのは……友を失った……自分の、無能さだった。


 周囲の騒ぎはより大きく、より派手に混乱を招いて、もはや俺達なんて見ようともしない。


 俺は必死にミシアを踏まれないよう覆いかぶさって守る、体温が急激にい失われていくその身体から温度を逃さないように。強く抱きしめた。



「や、っと。可愛い、私、の良さに……気付いた……か」


「馬鹿言ってんなよ……! クソッ!! クソなんで、なんでお前なんだ!! どうして無能の俺じゃないんだ!! なんで……どうして……!!」


「が……ぁ……き、君は……無能じゃない、よ。君は…………きっと、素、敵な……大、賢者……に……」



 声が遠のく、瞳が濁る、喧騒が遠くに感じる、体温は冷たく、心臓は弱く。



「ね……ぇ……言い、たい……こ、と、が…………」



 そうしてミシアは息を引き取った。


 死んだ、死んだ、死んだ、死んだしんだ死んだ死死死死死死死死死俺は俺は泣いて冷たくて冷たい嫌だ嫌だ何を言いたかった聞こえない喧騒五月蠅い死んだ俺は何も出来ず俺は俺は儂は儂の人生は俺はこの世界を儂はなんだなんだ誰だ誰だだれだれだ儂折り得は儂儂俺は俺は。




 ◇ 



 


「――――!!」



 突如。

 儂の死に際の回想を邪魔する音が聞こえた。  


 ドンドンと、雨が窓を打ち付ける音にしてはハッキリとし過ぎている。

 幻聴か、はたまた老衰で弱り切ったこの身体が遂に限界を迎えたか。


 いずれにせよ、折角の死に際だ。静かに死にたいのだ。


 儂はゆっくりと椅子から立ち上がり、未だ叩かれる扉を開ける。



「た、助けてください……ッ!」



 現れたのは、一人の少女だった。

 くすんだ橙の長髪と恐怖と痛みが見える怯えた瞳。

 ボロボロの衣服に、身体はやせ細り。今にも飢え死にしてしまいそうな面をしている。


 そして、身体には無数の傷跡や、生々しい最近できたばかりの生傷まであった。



「私、追われてて……!! それで! このままじゃ殺されちゃって!」



 必死になって声を荒げる、緊迫した緊張しきったその声が……儂のあの『式典』での声と重なった。


 誰にも助けてもらえず、助けられなかった……あの時の儂の声と。



「殺される、か…………ここは、もうじき墓になるのだがね。不吉な場所に迷い込んだな」


「た……助けてください……お願いします……!」


「とは言っても、儂はもうじき死ぬ。死ぬのだ、このような無能の老いぼれに出来る事なぞ限られておるよ」



 と、儂は軽く少女の頭を撫で、回復魔法を発動する。

 するとさっきまで青かった顔は仄かな温かみを取り戻し、傷跡は綺麗に消えてゆく。

 

 少女は驚いたように、そして歓喜したように自分の身に起きた奇跡を触って確かめた。 



「ありがとうございます……! おじいさん……!」


「儂に出来る事なぞ、この程度なものだ。さ……哀れな老人の死なぞ見たくも無いだろう、そこに毛布がある。それにくるまり目と耳を塞いでいなさい」


「わ、私を助けてくれ、るの?」


「いいや。君が儂を助けたのだ。最後の最期、何も成し得なかった儂が……確かに残せる成果をくれて、ありがとう」


「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます!」



 少女はその瞳に希望を宿らせ、何度も頭を下げた。


 儂はこの小屋にあらかじめ結界を貼る。



「そう謝ってくれるな。これは、この無為な世界で生きろと強要する老害の嫌がらせだよ」



 小屋から出て、その身を太陽の下に晒す。

 太陽は山奥にぽっかりとある草原を、そして老体を引きずる儂を嘲笑うように周囲を明るく照らす。


 ……この山奥まで人が訪れるなど何年ぶりだろうか。


 そしてそれは……招かるざる客人らしく、静寂を裂くように……音は近づく。



「グロリス帝國の者だ。ここに橙色の髪をした少女が来なかったか」



 三名の兵士を引き連れ、そのリーダーらしき男は、他の兵の防具よりも一等よいモノを纏い儂に問う。


 

「最近耄碌しておってな。そんな少女が居ても気付かぬよ」


「今その少女には莫大な懸賞金が掛けられていてな。引き渡せば良い余生が送れるぞ」


「何を言うかと思えば。儂は数分後にはもう死んでもおかしくはない骸。懸賞金の使い道なぞ、せいぜい葬儀を贅沢に執り行うくらいだ」


「そうか。では確認の為そこの小屋の中を見させてもらう」



 そのリーダー格の言葉に、儂は思わず哄笑してしまう。

 げらげらげらと、久しぶりに笑ってしまった。

 

 兵士達はただの狂った老人かと哀れみの視線を向けた。



「耄碌してるなよ、老人。何を嗤う事がある」


「何を嗤うかだと? ハッ、これがどうして笑わずにいられようか! 儂の言っている意図も汲めぬとは」


「……どういう意味だ」


「どうもこうもない。ならば貴様ら未熟者に分かりやすく儂の言葉を翻訳してやろう」


 

 兵は一斉に剣を抜く。戦闘態勢に皆一様に入る。


 儂はそれをただ茫然と眺め言い放つ。



「少女は渡さぬ、交渉は無駄だ。諦めて帰るがいい」



 さぁ。


 儂の哀れな生涯を、せめて有終の美で飾るとしようか。



 

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