紫陽花(朧 勇)
5月の半ば。ゴールデンウィークも終わり、落ち着いた世の中。
私の心は、そんな世の中から追放されたかのように黒ずんでいる。
友人から訃報が届いたのだ。高校時代とても仲の良かった友人が、三日前にこの世を旅立ってしまった。その知らせが届いたのは、無くなってから一週間後のこと。友人の母親から、私の家に電話が掛かってきた。
「亜紀ちゃん?・・・あのね、うちの舞が・・・舞が、死んだの。連絡が遅くなってごめんなさいね・・・」
「え?・・・おばさん、死んだって・・・舞が・・・?いつ!」
急なことで驚いた私は、彼女の母親に大きな声でそう訊ねた。友人の母親は、泣いたまましばらく黙っていたが、小声で「1週間前よ・・・ごめんなさい、遅くなってしまって」
愕然とした私は、その場で崩れ落ちた。受話器からは舞の母親の声が・・・。私の姿を見かねた母が私の代わりに電話の対応をしていた。
「大丈夫?亜紀。舞ちゃん残念ね・・・あんなに元気だったのに・・・」
母のその言葉が引き金となったのか、う、うっうっうっ、嗚咽と、溢れ出す涙で一杯になった。あの舞が・・・なんで舞なの・・・この間の連休に会ったばかりなのに・・・。
私の心は荒んでいた。舞の存在が急に奪われてしまった。舞との記憶が走馬灯のように頭の中をぐるぐる回っていた。私のことを気にかけていた母が、気晴らしに出掛けようと私を連れ出す。私は黙ったまま母の運転する車の助手席に乗った。
母はドライブが趣味。なにかと車であちこちぶらぶらしている。大体父が連れ出されることが多い。父と母は、熟年夫婦の中でも珍しく仲がいい。休日は2人でいつも出掛けている。私は、そんな両親を羨ましく思っていた。
車の外を見ると、犬を連れた女の子が散歩をしている。ちゃんとウンチ袋を持って。車は進み、4斜線ある大きな国道へ出た。母がちらっと私の顔を見た。「なに?」と答えると、「ううん、なんでも」そう言って車のハンドルを握り前を向いて運転していた。
何か言いたいことがあるんじゃ無いの。分かってるわ。いつまでも舞のこと引きずってることくらい。分かってるけど、どうしようもないの。私にもどうしようもないの。助けてよ。誰か、私を助けて。
私の心は闇の中で足を組んで体操座りをしている。
ぼーっと車の助手席で窓の外を眺めていると、母が「もうすぐ着くわよ」と言った。どこに向かってるのか検討もつかない。私は黙ったまま頷いた。
車が止まった場所は、大きな看板には「フローランス」と書かれた花屋。母は車を降りると、私を連れてお店の中に入る。入り口の自動ドアがゆっくり開くと、沢山の花の香りと、何とも言えない土のいい香りが、私の鼻を通り過ぎてく。店内にいた店員さんがお花の手入れをしながら「いらっしゃいませ」と声を掛けた。
母は、店員に会釈すると私の腕を引っ張り奥のほうへ向かった。
「どこに行くつもり?」私は腕を引っ張る母に訊ねる。
「ここよ」母はそう答えた。
母が人差し指をさした。私は指された方向に目線を移すと、たくさんの『紫陽花』が綺麗に咲いていた。普段から見慣れたはずの『紫陽花』なのに、私の目の前に咲き誇る『紫陽花』はとても凛々しく、美しい色をしている。
「あ、紫陽花・・・だよね」
「そうよ。紫陽花。舞ちゃんが好きな紫陽花よ」母はそう言うと私の肩を抱きしめた。
それを聞いた私は自然と涙が溢れ出した。そうだ、これ、舞が好きだって言っていた花だ。舞、来月誕生日だ。
「舞ちゃん、来月の15日、誕生日よね。母さんそれを思い出して、亜紀をここに連れてきたの。さ、1束買いましょう。舞ちゃんのところに持っていかなくっちゃ」
母はそういいながら、優しく微笑んでいた。
『紫陽花』
その花を見ると、舞のことを思い出す。あれから、舞の誕生日も過ぎ、気がつけば7月も最終日。家の近くの公園では地元の夏祭りが始まっている。浴衣姿の女の子たちと、楽しそうに笑いながら歩いている男の子たち。
私たちも去年夏祭り行ったよね。今年は渡し独りになっちゃったけど、今年も夏祭り、行ってくるね。
空を見上げながら心の中で、舞に伝えて夏祭りの会場へ向かって歩き出した。