3.真実は何処にある
さて、そういった前提で話を続けますわね、と。
そう話を一旦、仕切りなおしたマリーに、サフィニアは「え!? 今の前置きだったの!?」と話の長さに呆れていたのだが、それでも頭から順番に話していかなければ理解しずらい事というのはあったのだろう。
「そんな、いろいろな意味で注目を集めていた貴方達だったのですが、ここで私は奇妙な事に気がついてしまいました」
「奇妙なことって?」
「貴女は、何を目的として入学してきたのか、という事です」
「そりゃあ、ステキで大金持ちな旦那様を探しに……」
「ええ。そのはず、でしたわね……」
そう。サフィニアは、実家であるペチュニア子爵家からも『何が何でも格上の家相手の良縁を掴んでこい』と発破をかけられて送り出されていたのだ。
だからこそ、次から次へと取っ替え引っ替え、男漁りをするような真似までして良い相手を探そうとしていたのだろうし、それが男を周囲にはべらしているように見えてしまったことで、変に悪目立ちしてしまう原因にもなってしまっていた筈だった。
「……ですが、そう考えると最近の貴女の行動は、何か変なのではないでしょうか」
「どういう意味?」
「何故、ハイドラ様ひとりを狙い撃ちにしなかったんですの?」
「え? ……してたと思うけど?」
「いいえ。貴女は、していません。これは他の方々からも話を聞いて確かめてみたのですが……。貴女を私の……。ゴールド辺境伯家の強大な権力から守るためにハイドラ様の婚約者の地位に緊急避難的に押し込めようと画策していたのは主にクレマチス殿であって、貴女自身が望んでいた事ではなかったそうですね。……むしろ、貴女は、その案にすら当初は『畏れ多い』と、相当に反対していたのだとか」
だからこそ、そこに違和感を感じたのだと。そうマリーは口にしていた。
「最初の頃こそハイドラ様を狙い撃ちにする形で、自分から積極的にアプローチをかけていたりしたそうですが、最近では、特定の誰かと必要以上に強い縁を結ぶ事を慎重に避けていた節すらも見られていたそうですね」
それは、まるで特定の誰かと親密な仲になるのを嫌っているようでいて、それでいながら必要以上に近い場所に居続けたのは確かだったのだけれど。しかし、決してそれ以上には近づこうとはせずに、それでいて距離を取ろうとしていたという訳でもなく、自分から離れていっているという訳でもなかった。
そんな微妙な距離感の調整によって、相手との程よい緊張感を保ちながら、まるで全員との関係を今の状態のまま、ずっと維持しようとしていたとしか……。そう。まるで、このまま誰も選ばないで済むように、ずっと今の関係を維持しようとしていた様にしか思えなくなってしまっていたのかもしれなかった。
「……貴女は、本音の部分では、まるで誰も選びたくないと思っていたようにしか……。そうとしか思えなくなってしまいまして……」
実際のところ、その辺、どうだったのよ、と。
そんなストレートな聞き方をされたサフィニアは小さく肩をすくめて見せていた。
「……否定はしないわ。王妃なんて、まっぴら御免だったもの。畏れ多いっていうか、恐ろしいって感覚のほうが先に来るんだもの」
「恐ろしい、ですか」
「私はね、貴女とは違うの。貴女のように最初から覚悟を決めて、王妃の地位を目指していたって訳じゃないし、欲しかったのは裕福な上級貴族の妻の座であって、国の頂点の座なんかじゃなかったってワケ。お分かり~?」
「……でも、その割には、ハイドラ様を真っ先にターゲットとしていたようですが?」
「その頃にはまだ後のことなんて全然考えてなかったしね。夢はでっかく、狙うなら一番の大物から行かなきゃねって感じで、いろいろ単純に考えすぎてたのよ。……でも、冷静になってみて、よくよく考えてみたら、さ。……なんかこれって不味いんじゃない? って思い直してさ。なんかコレって私が思ってるのと違ってきてる気がするって感じで、いろんな面倒事の種ってヤツに気がついちゃったのよ。現実が見えたっていうか……」
上級貴族の妻になって贅沢三昧はしたかったけれど、王妃のような責任に押しつぶされそうな厄介で面倒な立場はご免こうむりたい、と。つまりは、そういう事だったのだと。そう説明したサフィニアであったのだが……。
「それならそれでも良いのですが……。それならば何故、他の面々との関係を深めようとしなかったのです? 貴女の周りには、まだ優良な殿方がよりどりみどりだったでしょうに」
ハイドラの取り巻き連中だけでも上級貴族のテッセン公爵家やファレノプシス侯爵家。下級貴族といえど宮廷魔術師を数多く排出してきているという極めて優秀な血筋を望めるフロレンス男爵家。あるいは異能の才を数多く抱えている事で有名だった魔道具工房の雄、ウィクサー魔道具工房の跡取り息子も混じって居たのだ。
名ばかり貴族同然の貧乏貴族なフロレンス男爵家では贅沢な暮らし向きはちょっと厳しかったかもしれないが、他の面々であればまず誰を選んでも望んでいたような贅沢な暮らしは出来ただろうに、と。そう、マリーは指摘していたのだろう。
「まあ、確かに魔法使い君以外はよりどりみどりだったから……。だから、後悔しないように、ゆっくりと時間をかけて選んでたのよね……。まあ、その間は、悪いとは思ってたんだけど、みんなのことキープしとかないといけなかったしさぁ……」
そんなヘラヘラ笑いながら口にされた論外にも程がある台詞に、おもわずマリーの目もすっと細くなってしまっていた。
「へぇ。……そうだったんですか」
「うんうん。そうだったんですよ」
「……ホントに、そうだったんですか?」
「しつこいわね~。ホントに、そうだったんです~」
「本当に?」
「ホントに、ホント。神様に誓ってホントだって。……まっ、そんなの信じてないんだけど」
そんなサフィニアの軽口に、マリーも薄っすらと笑みを浮かべていた。
「……そうですわね。貴女は、きっと神様なんて信じては居ないのでしょう」
「なによ、いきなり」
「いいえ。貴女はきっと神の救いなど有るわけ無いと思っているのだろうな、と。何故だか、唐突に……。ふっと、そう思ってしまったのです」
「……あっ、そう。でも……。そうかもね。多分、それ、あってるわ」
そう薄く笑みを浮かべる顔には僅かに苦笑も浮かんでいて。
「神様なんて、大っ嫌い」
「おや。神をも恐れない、勇ましい台詞ですね」
「嫌いなものを嫌いといって何が悪いのよ」
そんなストレートな返しにそれでも微笑みを浮かべていて。
「貴女の本命は、アラン殿だったのですよね?」
その唐突に切り出された台詞に返されたのは絶句だけだった。
「フム。やはり、そうだったのですね」
「……な、なによ、藪から棒に」
「いえ、先程から貴女の反応を伺いながらずっと話をしていたので……。ですので、結構、この直感には自信があったのですが……。違いましたか?」
「そ、そんなの、違うに決まってるじゃない! なんで、あんな頭が固くて融通が利かないような朴念仁を……。それにいつも怖い顔しかしてなかったし!」
「でも、貴女は、彼のことだけは、自分から聞きたがりました。……違いましたか?」
「そ、それは……」
「それに、他の殿方と違って、彼についてのコメントだけは、やけに具体的な特徴が……。それこそ、顔だけでなく性格や態度といった部分に関する揶揄など、色々と彼に関してだけは余計な情報が多々含まれていて、あからさまに彼への注目度合いや関心の高さだけが、他の殿方とは異なってしまっているのではありませんか? ……この指摘について、何か反論してみますか?」
そんな指摘にパクパクと顔を赤くして狼狽えている辺り、かなり確信を突いていたのは間違いなかったのだろう。
「でも、不思議なのです。そんな関心の高かったアラン殿との関係が、実のところ最も疎遠であって、むしろ彼からは嫌われている節すらもあったというのは……。何とも不自然に感じますし、もっとも慕っていたはずの相手との仲が一番良くないというのも……。何やら、その辺りに重要そうな示唆を幾つも含んでいそうで……。私などは、なかなかに興味深いと思ったのですが……」
そう持論を展開し、更に言葉を返そうとしていたサフィニアを掌で押し留めて。
「……何にせよ、貴女が、何かしら意図をもってハイドラ様のグループに加わり、そこを乗っ取って中心人物になり代わったというのは間違いなかったのでしょう。そして、周囲の殿方の全員に愛想を振りまきながら寵を競わせるような真似までして、周囲にも、まるでそれを見せつけるような真似までしていました……。そんな中で、アラン殿に特別な感情を持ちながらも、あえてそれをひた隠しにして、むしろ嫌われる様に振舞いながら、彼との関係を一番疎遠に保とうとすらしていた」
そんな指摘に返される言葉はなく。そして表情すらも無言を貫いていた。
「……なぜ、なのでしょうね? なぜ、そんな奇妙で矛盾に満ちた真似をしなければならなかったのでしょうか? ……いや、何故、そんな真似をしてしまったのか、というべきか……。あるいは、何故、そうしなければならなかったのか。もしくは、そうしなければならない必要性でもあっただろうか、と問うべきなのでしょうか。……そんな色々と謎と矛盾に満ちた行動を垣間見せていた貴女の心の底にあった“本当の願い”の正体とは、果たして何だったのでしょう……?」
それを解き明かすには、色々と発想や考え方を変えなければならなかったのだろう。
「もしも、私達全員が貴女に巧妙に騙されていたとしたなら? 自分達の論拠の根底が……。大前提の部分が大きく誤っていたなら……? 貴女はここに嫁入り先を……。婿探しに来ていたはずだった。私達も、みんなそう思っていたし、それが貴女のおかしな行動の根底にあったのだろうと、ずっと思い込んでいたのです。……でも、それだと、どうしても説明出来ない部分があった。その動機と矛盾している真逆の行動が幾つか混ざっていたからです。……ならば、その部分が誤っていたとしたなら? それなら、どうでしょうか? 実のところ貴女は、婚姻相手を探していたのではなかったのだとしたなら……? それでは、本当に貴女が狙っていた事とは何だったのでしょうか……?」
無論、人間の心とは常に善と悪、白と黒といった正反対の性質をもつモノ達がせめぎ合っているものであって、1か0かといった簡単な二元論で割り切ったりできる代物ではないというのはマリーにも良く分かっていた。だが、それにしても、サフィニアの行動には一貫性に欠けている部分が目立ってしまっていたのは事実だったのだろう。だからこそ、そこには矛盾した想いとでもいうべきものが混ざり合って存在していたのではないかと考えていたのかも知れなかったし、その混在している物の一つは『特定の人物への恋慕』であり、それが恐らくはもう一つの抱え込んでいたのだろう『後ろ暗い願いや想い』に端を発しているおかしな行動の足枷になってしまっていたのではないかと考えていたのかもしれなかった。
「おそらくは、それを解き明かすためには、結果から逆に辿ってみるしか方法がなかったのでしょう」
浮かべる薄い笑みは唇を三日月の形に彩り、その表情に微笑みを添えていた。
「私は、こう考えています。……貴女は、破滅を。今の、この状況こそを、最初から望んでいたのではないのか、と。こんな終わり方を……。今の、こうして罪に問われ、牢に繋がれ、処罰を待っているだけの。……そんな無力で哀れな、こんな悲惨な結末こそを。こんな救いのない終わり方こそを、最初から求めていたのではないのか。……そう、思ったのです。……そして、この破滅に、できるだけ多くの……。最低限でも実家だけでも。出来れば、可能な限りの大物貴族を大勢巻き込んで一緒に破滅して見せる事。それこそを貴女は望んでいたのではないのか、と。つまり……」
──貴女の本当の狙いは、貴族への復讐だった。
「……違いますか?」
そんな指摘にサフィニアは心底不思議そうにたずねていた。
「……貴女は、どうして、そう思ったの?」
「想像力の翼です。貴女の立場になって、貴女の人生をトレースしてみたのですよ」
とある街角にて、見目麗しい高級娼婦の娘として生まれてきた女の子がいた。
そんな女の子は、娼婦仲間達と、その子供達がみんなで暮らしている共同住宅にて、全員の手によって育てられる事になる。
幼い頃から自分の母親だけでなく、同居していた商売仲間の女達や、その子供達によって、愛情をたっぷり注がれて育てられていたのだろう。
そんな女の子は、はたからはどう見えていたのかは分からなかったが、それでもいつも幸せそうに、日々を笑って過ごしていたのだという。
大勢の着飾った美しい女達と、ヒモ兼用心棒だった屈強な男達。そして、そんな女達の子供達からも……。その全員から等しく愛情を注がれ、全員の子供、あるいは新しい守ってやるべき仲間として可愛がられて、そこでのびのびと育っていたのだろう。
果たして母親が良かったのか、父親が良かったのか。
その辺りでは比較的珍しかった輝くような銀髪という珍しい特徴は、母は名前はおろか素性すらもまともに教えてもらえなかった父親から頂いた『大切なもの』なのであって、それが父親との繋がりを示している証だと我が子に繰り返し教えていたのだという。そして、母親から貰った整った容姿による美貌は、幼いころから既にその片鱗を見せ始めてもいたのだった。
きっと、この子は将来、母親を超える女になるだろう。
このまま育てば、ずっと太い客を掴める凄い娼婦になれるんだろうね。
それなら男の誘い方、落とし方、あしらい方だけでも早めに仕込んでおかねぇとな、などと。
そんな冗談混じりの笑い話が出てくるほどであって、周囲の大人たちの皮算用(何処の大店の旦那衆に初物を下ろすか、など)を聞きながらも、漠然とした予感として、自分も母親と同じ仕事につくのだろうな、といった風に考えていたのかもしれない。
そんな他者視点では、恐らくは不幸な。本人視点ではそれほど悪くもなかった状況から脱する事になったのは、そんな女の子が八歳の誕生日を迎える直前の頃のことだった。
その日、お使いから帰ってくると、皆で暮らしていた共同住宅の前に、一台の黒塗りの馬車が止まっていた。
後で聞かされた話によると、母親に、なにやらやたらと身なりの良い一人の老紳士が訪ねてきていたのだという。
その男は、自分は貴族の屋敷からの使者だと名乗り、自らの仕える主の子供を引き取りに来たと告げたのである。
その日から暫くして、その子の生活は一変してしまった。
大量の金貨と交換に、優しかった母親と引き離されて。
誰一人として知り合いの居ない大きな貴族の屋敷へと連れて来られた。
そこで、日々、厳しく色々な事を叩き込まれる事となった。
それは、ひどく過酷にして容赦のない詰め込み教育であり、即席育成でもあった。
お前の母親のせいで見つけるのが遅くなってしまった。
おかげでお前に残された時間は余りにも少ないのだと。
何度も何度も繰り返し言い聞かされ、僅かでも失敗すれば大声で怒鳴られ、ほんの小さなミスでさえも激しく叱咤され、容赦なく叱り飛ばされ、あざが残るほどにも叩かれた。
そうして、ようやく成功したとしても、それを誰もほめてはくれなかった。
それは、その程度のことは出来て当たり前だという扱いなのであって。
反対に、出来なければ容赦なく怒鳴られ、叱咤され、叩かれるのだ。
辛くて泣いても、そこには誰も慰めてくれる人はいなかった。
温かかった母親も、優しかったお姉さん達も、頼もしくも豪放で面白かった男達も。
そして、血の繋がらない姉や妹、一緒に暮らしていた家族たちも……。
そこには、誰も抱きしめて慰めてくれる人など居なかった。
だからこそ、毎日を泣いて過ごすしかなかった。
何度も何度も、元の家に帰して下さいと懇願していた。
母親や仲間達の場所に帰して下さいと願い続けていた。
……そして、運命の日がやって来ることになる。
新しい家族を名乗る者達からは、何度も言い含められていた。
お前の家はここだ。帰る家は、もうないのだ、と。
お前の本当の家族は私達だ。私達だけしか、もう居ないのだ、と。
そんな言葉を、女の子は、いつも否定していた。
自分の家は、ここではないのだ、と。
私の家族はここには居ないのだ、と。
だから、だったのだろうか。
その日、その女の子は、馬車に乗せられて何処かに連れて行かれた。
『……お嬢様。外をご覧になってください』
老紳士に促されるままに、小さな馬車の窓から外を眺めた。
そんな少女の目に、その光景は、どのように写っていたのだろう。
『旦那様の仰った通りでございますでしょう?』
そこにあったのは、黒く焦げた“焼け跡”だけだった。
見慣れていたはずの懐かしい風景の中で、ぽっかりと。
その一角だけが何故だか焼け落ちてしまっていたのだ。
『半年ほど前に火災があって、この辺り一帯が焼け落ちてしまったそうです。……ですから、貴女の家は、私どもの家だけ。貴女の家族は、旦那様達だけなのでございます』
もう、自分には何も残っていない。
それを心の底から思い知らされた少女の心に、すでに反抗する気力は残っていなかった。
少女に残されていたのは、亡き母から餞別にと託された古びた銀の指輪だけだったのだ。
……それから数年後のこと。
ランジア国王立学院に見目麗しい一人の令嬢が入学することになる。
そんな少女が何を思い、何を考え、そして何を願っていたのか。
それが明らかになるまでには、それから数年もの時間を必要とする事になる。
そんな少女の名は、サフィニア・ペチュニアといった。
「……さて。果たして、そんな仕打ちを受けた女は、何を願い、何を思ったのでしょうか」
「さーて、ね。何を思ったっていうのよ」
そんなの知ったこっちゃないわよ、とばかりに肩をすくめてみせるサフィニアから、マリーは僅かに視線を逸らして言葉を続けていた。
「家の外に作った子供なんて要らないと放り出していた癖に。それなのに、見た目がすごく良いらしいと聞きつければ、掌を返して政略結婚の道具として取り上げる。そうやって強引に取り上げてさらって行ったのに、娼婦なんかに産ませた子として憎み抜き、卑しい女の汚らしい子と蔑み抜き、ただただひたすらに苛め抜いて……。どれだけ努力してみせても、一言の励ましの言葉すらもなく。そして、一欠片の愛情さえも与えずに……。それどころか、卑しい出自と貧民窟育ちの過去を消すために、街に火まで放って過去の痕跡を人ごと……。自分にとって最も大事だった人達を、その場所ごと……。過去の思い出ごと焼き払ってすら見せた。……ここまでされて、怒らないはずがないでしょう」
そんなマリーの指摘の言葉に、フンッとだけ返された返事は涙が滲んでいた。
「自分から幸せを奪った連中が憎かったのでしょう?」
「……うるさい」
「優しかった母親を。本当の家族同然に感じていた仲間達を。小さな頃から一緒だった、血の繋がらない兄や弟達、姉や妹達を。そんな、自分にとっての幸せに満ちた時間の象徴を……。皆んなと過ごした家を彼らごと焼き払った。……そんな奴らが憎かったのでしょう?」
「……だまりなさいよ……」
「自分を道具扱いして、散々苛め抜いた挙句に、最後には骨までしゃぶり尽くそうとしている。そんなゲス共が憎くて仕方なかった。でも、この恨みは、ただ奴らを殺すだけは、とてもではないけれど晴らせそうになかったから……。その程度では到底、殺された家族達も物足りないと思うだろうから……。だから、奴らには、自分や家族の味わった絶望の、せめて半分だけでも味あわせてやらなければ気が済まない。奴らに名誉の死など与えてやるものか。むしろ、恥辱にまみれた最悪の没落なり、失意の中での僻地への追放こそが最も望ましい……」
バン!
「なんなのよ、アンタわ! いちいち、ネチネチネチネチ、ネチネチネチネチ! そんなに人の過去をほじくり返すのが楽しいわけ!? ……ああああああああ! もう!! ふっざけんな!! ええ、ええ! そうよ! その通りよ!! 私はね!! アイツらが憎かったの!! 憎くて憎くて、仕方なかったのよ!! 一人一人、手足をもぎとってやって! ナイフで少しづつ胴体をえぐってやりながらね! 自分達が、何をしたのかを! どんな罪を犯したのたのかを! ……それを……。それを、死ぬほど後悔させてやりながら、ね……!」
そこまで叫んだ時、何かこらえきれない様にしてうつむいてしまっていた。
「……謝らせたかった! 後悔させて……。懺悔、させたかった! ……私のせいで……。私なんかのせいで殺された! 私なんか産んじゃったせいで殺された! ……お母さんに。……あの人達に……。私なんかに、あんなに良くしてくれていたのに……。あの人達に……。私なんかを、あんなに愛してくれたのに……。それなのに、あの人達に、あんな真似をした。……そんな奴らを……。どうしても許せなかった……」
顔を上げて。キッと睨みつけながら。
「私、間違ってない! あんな奴らは、地獄に落ちるべきなの!」
涙に濡れた顔が、マリーを睨みつけていた。
「間違ってない、ですか……。まあ、彼らのやったことは明らかに犯罪も混じっていますから、間違っているというのは確かです。それに貴女の感じている怒りや憤りといった気持ちも、多少は理解は出来ている気がします。……まあ、所詮は、分かる気がする、程度なのですが」
そんなマリーのイマイチ分かり難い表現に、サフィニアが「なによそれ」と思わず口走ってしまったのも無理もなかったのだろう。
「こんな私ですが、一応は貴族の側の世界で生きている女ですので……。平民には理解し難い、貴族特有の独特な物の考え方やら、貴族社会におけるセオリー、ルール、しがらみ、しきたりといった面倒くさいアレやらコレやらの中で生きてきた分、彼らが何をどう考えて、そういった結論に達してしまって、そういった酷い行動にまで及んでしまったのか、というのも……。まあ、多少は理解出来てしまえている訳です。そのせいで、完全には貴女に同調出来ない部分もありますので……」
どんな「どっちの味方にもなれない」といった口調のマリーに、思わずサフィニアも怒鳴り返してしまっていた。
「アンタって! ホント、なんなのよ!」
「お忘れかもしれませんが、貴女に喧嘩を売られた貴族の女ですわ」
すっと、椅子から立ち上がり、テーブルを挟んで対峙して。
「サフィニアさん。先ほど、貴女は、自分は間違っていなかったと言いましたわね? そう言いたくなる気持ちは分からないでもないのですが……。でも、私は、それでも、その言葉にはうなづくことが出来ません。私は、貴女のやったことが正しかったとは、どうしても思えない。……貴女は、どうしようもなく、間違っていたのです」
もっとも、ここから先は、どんなに話し合っても話は互いに平行線のまま、決して交じり合う事はないのだろう。
自分のやったことに何一つ後悔を感じていないはずの女に「お前のやったことで大勢の、何の罪もない貴族の若者たちが盛大に迷惑を被ったではないか、どうしてくれる」等と今更言ってみたところで、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いな、恨みのマキシマムインフレーション状態な今のサフィニアにとって、今更貴族やら王族に迷惑をかけた事についてどう思っているのか等と聞いてみたところで「ふーん、それで?」程度にしか感じていないはずなのだから。
「……まあ、これ以上は何を言ってみても、貴女には理解できないでしょうからね……」
最後に、コレだけ渡して私は去る事にします。
そう言って胸元のポケットから取り出してみせたのは、ひどくくすんでいて、みすぼらしい見た目の古びた銀色の飾り気のない指輪であって。
「……いらぬお節介だったかもしれませんが、取り返して来て差し上げましてよ」
差し出される銀の指輪を、振るえる手で受け取りながら。
その口からは「なんで、アンタが……」と絶句だけが漏れていた。
「いつまでも私に大事な指輪を盗まれた等とあちこちで吹聴されても迷惑なだけですし……。それに、そんな安物など欲しくもありませんから。ですから、貴方に差し上げます。……今度は、失くさないようにするのですね」
そう言ってマリーは背を向けたのだった。