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2.結果、こうなって


「……ああ、そういえば魔法使い君はどうなったの?」

「魔法使い君って、ベゴニア・フロレンス殿のことですの?」

「そう、彼。取り調べの時とか、あんまり彼との事とか取調官の人に聞かれなかったから……。ちょっと気になってたんだけど……。もしかして、彼、そっち側に寝返ってたりする?」

「もしかしなくても、そうですわね」


 割に早い段階でベゴニアは白旗を上げて見せていた。

 先代の宮廷魔術師であったフロレンス男爵の孫という立場もあったせいか、ベゴニア・フロレンスは、マリーに向かって抵抗する意思がないことを早々に態度で示していたのだろう。

 本人曰く『君の凛々しさにヤられたのさ』とか抜かしていたらしいのだが……。

 まあ、それこそマリーにとってはどうでもいい事の筆頭ではあったのだろう。少なくともハイドラ様一筋なマリーにとっては、間違いなくそうだったのだから。


「彼は、あの中で唯一、貴女の存在を理由にしないで彼らとつるんでいました。……もしかしたら本人から何か聞いてたかもしれませんが、もともと研究資金を援助してくれるパトロン探しのためにハイドラ様の取り巻きに加わっていたのですから……。言うなれば、彼は空気を読んで、単に周りに調子を合わせていただけの人であって……。さほど貴女自身には関心を持っていなかったのですわ。そんな色々なものを割り切って振る舞える人だったから、色恋は二の次、忠義とか友愛とかよりも、まずは(かね)って感じで……。それこそ友情などよりも、金の繋がりの方を優先するし、そちらの方を信用せざる得ないって感じの、いろいろな意味で割りきった立場に自分を置いていたのですね」


 だからこそ金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、王家から除籍されそうな気配が漂い始めたハイドラに早々に見切りをつけて切り捨てて見せていた訳で……。そんな中で、次のタカリ先として目をつけたのが、家の名前の由来にもなっている数多くの金鉱を領地内に抱えている裕福と評判なゴールド辺境伯家だった訳だ。

 何故、そんなおかしな事になっていたのかというのは話せば長くなるのだろうが、一言で行ってしまえば「家が貧乏な男爵家だったから」という事に尽きるのだろうと思われた。


『国内随一の魔法使いの家系と聞けば聞こえは良いかもしれないけどね。……でも、魔導の探求と研究には、とにかくお金がかかるものなんだよ……』


 そんなベゴニアの不幸は、フロレンス男爵家の血筋によるものだったのか、類まれな魔法使いの才能をもって生まれてきてしまっていたことであって。幼い頃からその才覚を偉大な魔法使いだった祖父に認められただけでなく、英才教育を施されてきたせいもあって、早々に才能を目覚めさせていた事でもあったのだろう。

 爵位の低さの割には広い方だったのかも知れないが、それでも貴族家としてはごく標準的なレベルの広さの領地しか持たなかった事もあって、フロレンス男爵家は貧弱な収入源しか持たなかったのだ。

 そのか細い財産を底なしの魔導の沼へと注ぎ込んでしまっていては、あっという間に領地が干上がってしまいかねなかった。だからこそ、男爵家は魔導の研究と自己能力の研鑽、そして未知の技の探求のための資金を外部から求めるしかなかったのだろう。


「彼は私に何か問われる前に、開口一番に聞いてきましたわ。王子に代わって、僕とお祖父様のパトロンになってくれないだろうか、とね」


 いくら祖父をも超えるかもしれない様な偉大な魔術師へなれるだけの才能を秘めた逸材であったとしても、何の下地や訓練、研鑽に研究などなしには、その至高の座へと至れるはずもなかったのだろう。しかし、それを行うには膨大な活動資金が必要になるということも、先代の宮廷魔術師であった祖父の経験則から分かってもいたのだ。


「だから、パトロンを探してた、と」

「いまだ何ら実績を上げる事が出来ていない学生に……。元宮廷魔術師とはいえ身内からの推薦だけしか受けていないような人物に、気前よく資金を提供してくれるような物好きな家。加えて後ろ盾にもなってくれるような、十分な権力を持っている家を探してたそうです」

「……あのね……。そんなの、普通に考えたら、一人だけしか居ないじゃない」

「そうですわね」


 だからハイドラを狙い撃ちする形で側に張り付いていたのだろう。

 王族であることから資金力は十分で、政治的な背景にいささか弱さを抱えている、そんな理想的な相手であったからこそ、そこに将来の自分を……。今の自分が目指している、きっと祖父を超えるだろう宮廷魔術師になった未来の自分を売り込んだのだ。

 今の自分を支えてくれたなら、将来、きっと貴方の役に立ってみせるから、と。そして、それは成功していたのだろう。

 ……面倒くさい毒婦にパトロンがたぶらかされて、馬鹿な行為に走りだすまでは。


「ひどい言い草だわ」

「事実でしょう? 貴女のお陰で順風満帆に進んでいた自分の人生まで壊されたと。彼、散々にボヤいてましてよ?」


 いくら金の繋がりを主目的としていた関係だったとはいえ、そこに何の感情も挟んでいなかった訳ではないのだ。むしろ、そこから始まった関係が自分にとって喜ばしい友好的な関係にまで発展していたことこそを喜んでいた部分もあったのだろう。だからこそ、それをぶち壊されたことに腹を立てていたのであろうし、そんな関係に早々に見切りをつけて次のパトロンを探さなければならないという自分勝手な都合から、親友を見捨てて逃げ出さなければならないという自分の置かれている状況という物にも腹が立っていたのかもしれないのだ。

 ……そういった事情があったからこそ、次の相手としてマリーに話を持ちかけたのかもしれないのだが。


「彼は言いましたわ。自分を助けてくれたなら、貴女に絶対の忠誠を捧げるし、貴女に命じられた相手にも仕えてみせよう、と」

「つまり……?」

「当家が資金援助を約束してくれれば、これまで通りハイドラ様を主として仕える。そう彼はもちかけてきたのですわ」


 その言葉には当然のように裏があった。

 誰だって、親友を裏切りたくはなかったのだろうし、切り捨てるような真似もしたいはずがなかったのだ。そんなことは言うまでもなく『ごく当たり前』の事でしかなかったのだろう。しかし、そうせざる得ない状況という『冷たい現実』とでもいうべき物が、じわじわと迫りつつあったのも事実だった。

 だからこそ、ベゴニアは必死に頭を捻って考えたに違いないのだ。

 今の、この最悪に近い状況という物を……。自分に親友を切り捨てさせようとしている、このクソッタレな状況を何とか回避出来るような上手い手段は残されていないのだろうか、と。……しかし、状況が状況だけに、そうそう都合の良い手段などは見つかるはずもない。

 目の前で日々繰り広げられている馬鹿馬鹿しいやりとりなどに適当に調子を合わせながらも、段々と悪化していく状況の真っ只中で、ただ火にかけられた水の入った鍋の中で煮られるのを待つ蛙が如く、そこから逃げ出せなくなるぎりぎりのラインを見極めながら、まだ何とか出来る手段があるのではないかと、最後まで悪あがきを続けながら……。

 そうして情に引きずられながら、自分も逃げきれなくなるかもしれないリスクを抱えてまで、起死回生のチャンスを待ち続ける事しか出来なかったのかもしれない。


『そんな時に目に入ったのが、彼の前に立ち塞がった君の姿だった』


 ベゴニアは最後の最後、デットラインが頭上にまでやってきた瞬間になって、ようやく最後に頼るべき相手を見つける事に成功していたのかもしれない。

 それは今、まさに愛しい相手から切り捨てられようとしている令嬢であり、自分達によって、よってたかって悪役に仕立て上げられようとしている真っ最中での出来事なのだった。


『あんな大恥をかかされて、一方的に婚約破棄を告げられて、犯罪者にまで仕立て上げられそうになって……。それなのに、君はまるで諦めていなかった。それどころか、この期に及んでまで、彼を見捨ててすらいなかったし、奪い取られたものを取り戻してみせると息巻いてすらいた。……これだ、と思った。これこそが僕が待ち望んでいたチャンスそのものだと思ったんだよ。……君こそが、その答え。自分にとっての救世主そのものだと感じたんだ。……勿論、僕と君は面識なんて無かったんだから、ほとんど直感による推測だったんだけね。……でも、それでも良いと思ったんだ。僕は、自分の直感を。その時の閃きを信じた。……信じたいと思っただけだったのかもしれない。でも、選択を間違えて死ぬ事になっても良いとさえ思えたんだ。……だから、そこに残り僅かになってた残りのコインを全部放り込めたんだと思う』


 そして、彼は、賭けに勝った。


「……話を持ちかけられた私は彼の提案を了承し、後日、父からも許しを得ることが出来ました。フロレンス男爵家は近々、我らゴールド辺境伯家の麾下へと加わる事になります。その見返りとして、彼の家は、我が家からの援助を受ける事になるでしょう」


 その結果、若き才能溢れる魔法使いは今後の憂いなく、自らが仕えるべき二人の主へと忠誠を思う存分に尽くす事が出来るようになるということであり……。


「今の宮廷魔術師さん、あんまり評判良くないらしいしねぇ……。これなら、そう遠くない未来に、王と王妃に絶対の忠誠を捧げる宮廷魔術師が手に入りそうね」

「そうなると嬉しいですわね」


 そう微笑んで視線を逸らしたマリーに小さく『やれやれ』といったため息を漏らしながら、サフィニアはポツリと訪ねていた。


「……ねえ、あと一人、顛末を聞いてない気がするんだけど……?」

「アラン・ファレノプシス殿の事ですか?」

「そうそう、彼。あのおっかない顔した騎士様、どうなったの?」

「今回の件に関しては、学院内におけるハイドラ様の専属護衛担当者としては立場上、色々と不手際が目立った訳ですが、明確に問題になったのはそこだけ……。トレニア・ウィクサーが証拠を捏造して私をハメようとしてた件には、彼は直接関わり合いがなかったことが取り調べでも確認されましたから……。あと、ハイドラ様から彼の処罰について出来るだけ軽くなるようにと働きかけもあったみたいですから……。結果だけを見れば、具体的な処罰うんぬんについては特には無かった様ですわね」


 しかし、それは逆説的な意味での『罰』になってしまっていたのかもしれない。


「ただ、今回の顛末については、彼自身も色々と考えさせられる事が多かった様でして……。いつの間にやら、自分も随分と緩んでしまっていた事が嫌になるほど自覚出来たそうなので、今の任務を解いてもらって、騎士団に戻って己をイチから鍛え直して来たいと……。そう、ハイドラ様に頼み込んで暇を貰っていたそうですから……。多分ですけれど、今はお父上である近衛騎士団長殿のもとで鍛え直しと再教育を受けているのではないかと……」


 それもう、噂で聞くだけでも血を吐くような過酷な日々を送っているのだとか……。

 そんなアランの今を過酷な現状を聞いて、サフィニアは小さく息を吐きながら、それでも頬には笑みを浮かべていた。


「ふーん。……まあ、あれだけのことをやらかしたんですもの。その程度で済んで、良かったっていうべきなのかな」

「いえ、良くはないかと……。それに、今度の件は、単純にハイドラ様が裏で色々と手を回したから、この程度の処分で済んだというだけの話であって……。それを本人も分かっている以上は、あのプライドの塊のようだった御仁にとっては、ちゃんと罰を受けて過ちを償う事が出来なかったというのは、逆に辛いだけなのではないかと思うのですが……」


 少なくとも自分なら、ああいった時には、ちゃんと「お前が悪かったのだ」と叱って欲しかっただろうし、犯してしまった過ちに対する罰も、きちんと下して欲しかったに違いない。

 それによって償いを済ませてしまいたいとも思うのだろう。

 そう感じたからこそ、かえって辛い処分になったのではないかと考えたのだが……。


「そういうものなの……?」

「そういうものなのですよ。……貴族とはかくも生き辛きものなのかな、と過去には嘆き混じりに歌われた事すらもあったそうですから」


 さて、主な用件も済んだ事だし、そろそろお暇しましょうか。

 そういって腰を上げたマリーを見て、ようやく厄介者が居なくなるといった風にサフィニアも苦笑を浮かべていた。


「あっきれた。……貴女、本当に、それだけのために来てたのね……」

「そうですよ? 最初に、そう言ったじゃないですか。……他に何の用があると思っていたんですの?」

「……てっきり敗者の泣きっ面でも拝みに来ていたのかと思ってた」

「敗者、ね……」


 そう何か含みを持たせた口ぶりと意味深な表情でもって答えたマリーに、サフィニアの表情が僅かに困惑を浮かべて歪んでいた。


「なによ……?」

「いえ、ね? ……今回の件で、本懐を遂げることが出来たのは、果たして誰だったのだろうかと思いまして……」

「本懐? そんなの、貴女に決まってるじゃないの!」


 色々と紆余曲折はあったにせよ、結果だけをみれば、こじれていたハイドラとの関係を修復することが出来ていたし、将来の不穏分子も処分出来ていたし、その際には宰相に対して貸しを作る事も出来ていたし、有能な特級の魔道具制作技能者や宮廷魔術師候補の忠誠をハイドラが得られたことで、まだまだ貧弱だった政治的な立場の強化も成っていた。それに、親友の近衛騎士も、そう遠くない内に心身共に鍛え上げられて帰ってくるに違いなかったのだ。

 そういった意味では、ハイドラとマリーの総取りで勝負にはケリがついたとも言えそうな程のワンサイドゲームだったのだろう。だが……。


「そうですか……? 私は、案外、貴女こそが真の勝者だったのではないか、と。……そう、思っていたのですが……」


 その言葉によって、サフィニアの表情は僅かに歪んでしまっていた。

 ……うっすらと。笑みの形に。それこそ隠しようもない程の愉悦が、そこから僅かに漏れだしてしまったかのようにして……。


「……ちょっと待ちなさいよ! 冗談じゃないわ! せっかく貴族様になれたっていうのに、平民の身分なんかに落とされて……。挙げ句の果てに、こんな所に罪人として囚われているってのに!? そんな私が真の勝者って……。バカも休み休み言いなさいよ!!」


 馬鹿な事、そう評されたマリーの指摘であったが、本人も何の根拠もなく、こんな台詞は口にするはずもなかったのだろう。


「そうですわね。私も、相当に自分が妙なことを言ってるという自覚はあります」


 ですが、とねめつけるような視線と共に、言葉を続けていた。


「どうしても違和感が消えてくれないのです」


 違和感。その言葉に、サフィニアは無言のままに視線だけを返していた。


「私が最初に違和感(それ)を感じたのは、貴女のことを良く知る前の事でした」

「……それって、だいぶ前の話なんじゃないの……?」

「そうですね。……実のところ、貴女に関しての噂話は、周りの人達からよく聞かされていたのですよ。新入生に、随分と成績の良い上に見目麗しい女の子が居るらしい、と……。周りの殿方が揃いも揃って皆んなして下級生に気を取られているだ等と……。そんな不愉快な光景を前にして、それを私達が気にしない訳がありませんでしょう……?」


 ただでさえ全寮制の学院という特殊な閉鎖空間に閉じ込められて自由な外出を許されなくされいる身の上なのだ。

 そんな場所で、幼いころからみっちりと英才教育を受けてきたせいで、座学や実技ともに授業の内容が実家で叩きこまれた内容の復習程度でしかなかった上に、将来をある意味約束されている様な気楽な身の上といえそうな貴族の卵達が、こんな場所で暇を持て余さないはずがなかったのだろう。

 逆に、平民で実力を買われて入学しているような特待生は、将来の有望な雇われ先を求めたり、あるいは成り上がりを夢見ながら、時間の許す限り、目一杯に座学や実技、研究に研鑽と暇をする暇がない程に色々と過密で濃密な日々を過ごすことになるのだろうが……。

 そんな両極端で対象的な両者にとっては、国立の学院に通う間の目的や意味、意義などが盛大に異なっていても不思議でも何でもなかったのかも知れない。


 上級貴族たちは将来の手駒となりうる逸材を平民達や下級貴族から求めたり、他の貴族や王族との繋がりを作ったりといった人材の発掘と社交の部分を主目的として。下級貴族の場合も似たようなもので、自分達と同じ下級貴族との繋がりを作ったり、平民から有能な人材を求めたりといった、人材と社交を主目的にしているのは変わらなかったのだ。

 そういった意味では既に叩き込まれる内容と大差ない代物をわざわざ習い直す意味など、苦手な部分をもう一度勉強し直す程度の意義しかなかったのかも知れなかったし、そうなると時間がどうしても余りがちになってしまうので、本来の目的である人材の発掘と縦や横の繋がりを作ったりといった事に注力しがちになってしまうのも無理もなかったのだろう。


「そういう貴族様の主なお仕事の“社交”ってヤツには、よりよい結婚相手を探したりとか、側室候補に入れる相手との恋愛とか、婚約者との仲を深めたりとか、そういった泥臭ぁいのも含んでるって訳ね」

「そうですわね。貴女に限らず、未だ婚約者を持たない者の多くは、本来、より良き結婚相手を在学中に求めるためにも、ここに送り込まれていたはず……。だからこそ、目立つ行動を行う人物の噂は良きにつけ悪きにつけ私どもの耳にも入ってきていた、という訳です」


 ましてや、それが成績優秀で容姿に優れた逸材であるとなると貴族が注目しないはずもなかったのだろう。何故なら、そういった能力面で優れた人材をスカウトして自分達の世代の陪臣を揃えておくというのも、貴族の卵である者達に課せられた仕事でもあったのだから。


「なるほど、記録を見る限りにおいては、確かに成績優秀……。些か経歴に問題こそ抱えてはいたものの、能力面に限れば紛れも無い逸材だと感じました。これならば配下に加えたがる者は多いだろう、と。……しかし、不思議と誰も、未だに勧誘をかけてはいないという。聞けば聞くほどに自分の耳を疑いました。何故、これほどの逸材に声をかけようとしないのか……。その謎が気にならないはずが無いでしょう?」


 そして、伯爵家の情報収集能力をもってすれば、その原因もすぐに判明していた。


「いったい、どのような奇跡を持ってすれば、このような真似が可能になるのか想像すらつきませんでしたが……。その人物は、学院への入学早々に、院内で偶然にも(・・・・)、最も尊き地位を持った人物と……。まあ、他でもないハイドラ様のことなのですが。そんな彼と交友を結ぶ事に成功していたのだとか」


 どんな手品(トリック)を使ったの?

 そんなマリーの視線に対して、サフィニアは小さく笑って「ちょっとした、風の悪戯があってね」とだけ答えて。『……フム。下着でも見せましたか』『まあ、そんな感じ? もちろん、ただの偶然よ?』といった言葉にしないやりとりも交わされて。

 最後にハァと小さくため息をもらして呆れていたマリーが、その脳内で『う~ん。あの人って、すっごい誠実で純粋だけど、意外にむっつりスケベだしなぁ。……たまに私の胸の谷間、凝視してたりするし……』と呆れていたのは乙女の秘密だった。


「……まあ、そこで色々あったんでしょう。そんな出会いをきっかけにして、彼に興味を持たれることになり、そんな彼の周囲を取り巻いていた数多くの学友達との交友も次第に築いていく訳ですが……。その段階に至って、あれよあれよというまに、そのグループの中核にあったハイドラ様との関係を高めていくことで、最後には自分が集団の中心的人物へとのし上がっていくに至る訳です。……まさに究極の『幸運の星』の持ち主と言っても良いのでしょう」


 つまりは、それがサフィニアだった。


「これでお分かりでしょう。この学院においてトップクラスにハイランクなグループに加わっていた貴女に、横から声をかける事が出来るほどの度胸の持ち主は居なかったという訳です」

「つまり、そのせいで他の人は私に興味を持たなかったと?」

「いいえ? 興味は、多いに持っていましたよ? ただ、貴女個人はどうでもいいとしても、貴女の周囲にいた人達が余りに畏れ多くて、普通の貴族程度の身分では声をかけられなかっただけで……。ご存知だと思いますが、私どもの社交マナーの基本として、目上の立場にある者には原則、自分から話しかけるような真似をしてはならない。声をかけて頂けるまで大人しく黙って待っている、というのがありますから」


 無論、挨拶程度は常識として構いませんし、自己紹介するくらいは別に構わないことになっているのですが、厳格な家の者なら、尋ねられるまで名乗りすらも耳汚しになるから自分からは尋ねられるまでしないといった事もあるようですね、と。

 そう自分達の常識を『貴女も叩きこまれたはずですが』といった苦笑で話すが、それについては『まあ、知ってるけどさ』といった風に苦笑しながらも「まったく。貴族様ってヤツは、挨拶一つとっても色々と決め事が多くて大変ね」と笑い飛ばして見せていた。

 それは、もう自分が貴族ではなくなったからこそ出来ることでもあったのだろう。


「まあ、そういった事情もあって、貴女に無闇な勧誘などは早々に行えていなかったわけですが……。それだけに、必要以上に周囲の視線や興味をひきつけてしまっていた、というのはご理解して頂けましたか?」

「ええ、まあ……」


 もう遅いだろうけど、と後ろに付けながらではあったが。


「結構。では、興味の他にも色々と抱かれていたのもご存知でしたか?」

「興味、以外……?」

「はい。……想像程度でもつきませんか?」

「いいえ。全く……」

「仕方ありませんね。では、お答えしますが、端的に言うと……。怒り・僻み・妬み・恨み・蔑み、といった所でしょうか。いわゆる負の感情、悪感情というヤツですわね」


 そんな答えに無言になってしまうサフィニアに特に視線も向けもせずにマリーは言葉を続けていた。


「でも、それも無理もありません。皆が羨むだろう羨望の的。それが貴女の立っていた場所だったのですから。それを独占していただけでなく周囲に見せびらかすような真似までしていたのですから、それを妬まれたり僻まれたりするのは、むしろ当たり前というべきなのです。挙句の果てには、殿方達に寵を競わせるようなバカな真似までしでかして……。あんな事をしたら、怒りや憎しみすらも向けられる様になるのは、むしろ当たり前以前の話。常識レベルの話でしかないのですよ?」


 お忘れかもしれませんが、と前置きして。


「……貴女の取り巻きと化していた、あの方々。皆に、家が決めていた婚約者が居たことはご存知だったのでしょう?」

「ん~、なんとなく程度には居るんだろうなぁとは思ったけど……。でも、そっちに注力するのは卒業後、家に帰ってからで良いのかなぁって思ってたから……。だから、あんまり、そういう話、私達の中では出てこなかったし」


 まあ、常識的に考えて、好意を抱き、寵を求めているような相手に自分の婚約者との話などはしないだろうが。

 なるほど、そういう思い違いもあったのか、と。

 それを聞いて一応は矛先を下げたマリーではあったのだが、それでもあえて告げておくべき事は、まだあったのだろう。


「貴女はもう少し想像力の翼を逞しくすべきでしたね。……貴女がたぶらかしていた……。ああ、貴女の主観では違うのかもしれませんが。でも、周りからは、偏見とか先入観とかもあって、そういう風に見えていたのですよ。だから、そういった風に見えてしまっていた姿を見せつけられて……。まあ、そういった風に勝手に受け取って、そういう風に感じ取ってた訳です。貴女にとっては面倒くさいだけの話でしょうが、そんな人達が居たわけですよ。……それが誰だか、お分かりですか?」


 そんな質問に『えーと。……もしかしなくても、貴女のこと?』と指差すサフィニアだったが、そんな答えにマリーは「半分だけ正解です」と答えていた。


「半分ってなによ」

「想像力ですよ、想像力。よく考えるんです」

「考えろって言われても……」

「……貴女のとりまきは何人いたんですか?」

「あっ」

「そう。あの殿方達には殆どが婚約者が居たんです。その中の一人は言うまでもなく私ですが、他に何人も将来を誓い合った令嬢達が居たということ、理解して頂けましたか?」

「うん」


 それに、とサフィニアは納得したような顔にもなっていた。


「つまり、私につまんない嫌がらせしてたのって、貴女じゃなくて、彼女達だったのね」


 その質問には「さて」とだけ答えて明言は避けてはいたが、僅かでも想像力があればサフィニアへの数々の嫌がらせや暴力などは、そういった方面からの物だったのだろうというのは、想像は比較的容易かったのかも知れなかった。



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