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2.その喧嘩買いますわ


 何度殺してやろうかと思った事やら……。

 それくらい、当時の私は怒り狂っていた。


 何しろ、こんなふざけた真似をしでかしてくれた相手の正体は、単なる平民出身の女……。しかも、家の外に適当にバラ蒔かれた種によって、単なる遊び相手でしかなかった商売女が、たまたま孕んでしまったというだけの出自しか持たないような子供であって。

 それを、特別に容姿が優れていたから……。これなら、意外な良縁にでも恵まれそうだからといった論外な理由だけで引き取って、政略結婚の道具とすべく養子として育て上げたなんていう、三流以下の出自と血筋、ゴミクズ同然の政治的背景しか持たないような、似非も良いところな下級貴族の令嬢モドキだったのだから。


 そんなドブネズミの如き汚らわしい雌狐風情に、幼い頃より、誰よりも大事に想っていた人生のパートナーであったはずの御方を……。しかも、この国の宝である王族の男子を平然と誘惑された上で、自らの取り巻きの一員に加える等といった……。私のみならず、この国そのものに喧嘩を売っているとしか思えないような、お馬鹿で愚かで醜くく汚らしい真似をされた上に……。それだけでも許せなかったのに! それに加えて、あのクソ女! 他の色香にひっかかったつまらない男どもと一緒にハイドラ様にまで寵を競わせるような真似までして!!


「……そんなの、許すわけないでしょ」


 そう思わず憎しみを込めてボソっと口にしてしまった言葉に、思わず側に居た殿下がビクッとすくみ上がってしまったようだったが……。


「おっと、失礼」


 そんな失言など、まるでなかったかのように平然と振る舞って見せるというのは貴族の令嬢たるもの基本中の基本スキルである訳で。『い、今のは何だ!? マリー! お前、何をするつもりだ!?』と、焦った目でこちらをみてくる殿下に、平然と。いつもと変わらない顔で、ニッコリと笑って答えなければならないのだ。


「本当に、何でもないのでございますのよ、オホホホ」


 と。そう、いつものように口元を隠しながら優雅に笑って見せるくらいは当たり前のように出来なければね。……たとえ、その内側で、どれだけの怒りがこみ上げていて、ハラワタが煮えたくり返っていたとしても、だ。

 それを安々と表に出すようでは、まだまだ二流と言わざる得ないのだから……。


「……ですが、この脅迫文とも取れる内容の手紙を再三に渡って送りつけた挙句、それでも自分の言うことを聞かなかったから。……だから、腹を立てて、いよいよ実力行使に及んだのだろう……。そう考えるのが自然なのではないのかと、私などは思うのですが?」


 そう私達の会話に割り込んできたのは、先程からちょくちょく話に割り込んで来ていた身の程知らずこと、取り巻き君達の馬鹿男二号……。ではなく、銀髪の優男……? いやいや、たまにはちゃんと名前を呼んであげるべきなのかもしれない。


 クレマチス・テッセン。この国の宰相という立場にあるテッセン侯爵様の“頭痛の原因”であり“悩みの種”そのものである。

 親譲りというべきか、容姿こそ優れているものの、やけにスカした態度が鼻につくと悪い意味で評判の、やっぱり優男としか表現の仕様もない、そんなやけにひょろひょろとした体つきの印象が強い殿方な訳だが……。

 そして、今回の件でも分かるように、往々にしてハイドラ様に余計な浅知恵を吹き込んでは事態をますます悪化させて回るという、いわゆる諸悪の根源とも呼ばれていたりする様な、そんな厄介者な訳であって……。


 ……ハァ。お兄さんの方は、見た目こそいささか凡庸ではあるものの、あんなに優秀な御方なのにねぇ……。なんで、同じ血を分けた兄弟のはずなのに、こんなに中身が違うのやら……。こんなだから、あの兄弟は中身を入れ替えてしまえば完璧だ、などと揶揄されてしまうのかも知れない。


「……どうなのです?」

「それは考えすぎというものですわ。……いえ。むしろ、邪推というべきかと……」

「でも否定は出来ないのでしょう?」

「どうでしょうか。……否定も肯定も、今の段階では難しいのではなくって?」


 何しろ、それを根拠にするには色々と“薄すぎる”のだろうから……。


「こちらとしては単なる警告のつもりではありましたが、それを脅迫と捉えられるというのなら……。まあ、いささか無理があるこじつけのような気もしますが、それならそれでも良しとしましょう。……ですが、それを送っていたから? だったら、どうだと言うのです?」

「……どう、とは?」


 開き直ったと驚いている方々に、扇子の裏でニンマリと笑って見せながら。


「いえ、ね? 手紙の内容に従う様子が見えなかったから? だから、きっと脅迫以上の行動に出たに違いない、と……? 冗談の類でなく、本気で、そう仰っているのかと思いまして。……まあ、そう仰りたくなる気持ちについては、一応程度には理解も出来ます。ですが……。出来るだけ、です。そこに動機らしき物があったから。だからきっと犯人に違いないから? だから、直接的な行動に出たのだろう、と……? ……これでは、些か短絡的すぎるのではありませんか、と申しております。あるいは、希望的観測に過ぎるのではないか、と」


 そんな、その二つは直接的にはつながらないだろうと指摘してみせた私に、他の面々も声を荒らげながら返してくる。


「それはどうかなぁ……? 僕には、君は犯行に至る動機も理由もたっぷりある、最も疑わしい容疑者ってヤツに見えてるんだけど。……でも、まあ、そう言い逃れしたいっていうのなら、それでも良いんじゃないかな!? いずれはちゃんとした証拠が上がって来て、もう言い逃れなんて出来なくなる運命なんだし!!」


 運命、ね。……本当に、そんな安易な代物で、嫌がらせをしていたとかいう犯人が捕まってくれるというのなら、むしろ話はとっても簡単なのだろうし、いちいち調べて回らなければならない側としても、色々と楽が出来て皆んながハッピー、なんでしょうけど……。


「……他にも有る。色々と。……物証も」

「そうだとも。彼女の破られたり、捨てられていたり、中身を黒く塗りつぶされたりしていた教本とかについては、どう説明するつもりだ? 他にも足蹴にされて靴跡の残っている鞄とか、無残に八つ裂きにされていたバックとかもあるんだぞ。……それに、授業の内容を記したノートとかもメチャクチャにして荒らしていったそうじゃないか。その件については、どう言い逃れするつもりだ!?」


 それこそ身に覚えなど全くない。


「それを私がやったという、確かな証拠でもおありなのですか?」

「物証か……。お前の部屋の近くの通路に引き裂かれた彼女の制服らしき切れ端が落ちていたのが見つかっている。あと、鞄の靴跡だが、お前の靴の物と完全に一致していた。それらに加えて、ノートの落書きの筆跡の一部に、お前の物らしき物も混じっていたそうだ。……これらについて、どう説明するつもりだ?」

「どうもこうも……。布の切れ端については、私の部屋から見つかったというのならともかくとして、通路に落ちていたというだけなのでしょう? それなら単なる偶然か、犯人が単純に、そこに捨てて行ったというだけなのでは?」


 証拠らしき布切れが廊下に落ちていた? だったらどうしたのか、と。所詮は、その程度の話でしかないのだから。


「鞄の靴跡については、もっと話は簡単でしょう。私の靴はいささか値こそはりますが、特にオーダーメイドしている品という訳でもないのです。ならば、これと同じ物を手に入れれば誰でも同じ靴跡を残すくらいは出来ますわね? あと、最後の筆跡についてですが……。何やらそこだけひどく表現が曖昧だった所を見るに、おそらくは無数の落書きの中に、私の筆跡に似ている気がする程度の代物が混じっていた程度の事でしかないのではありませんか?」


 そんな私の、大して考えるまでもなかった程度の反論ですら、フンと鼻を鳴らすと面白くもなさそうに引き下がってしまっていた。……あのねぇ……。いくらなんでも、物証が弱すぎるでしょうよ……。


「……もしかして、それだけなのですか? 他には? ……ああ、なるほど。ホントに無いのですね。それに、どれもこれも金銭的には軽微な被害でしかないではありませんか」


 加えて付け加えるなら、それらの大半は自作自演が可能な物ばかりだったし、少なくとも、私でなくともいくらでも出来そうな代物ばかりだった。


「金額の問題ではない! 彼女の感じていただろう恐怖、精神的な苦痛や屈辱感についてはどう責任をとるつもりだ!?」

「あら。貴方達は身に覚えがないと身の潔白を表明している私の。それでもお前が怪しいから犯人だと無実の罪で犯人扱いされている、今のこの私の……。ここで感じている、この筆舌に尽くし難い恐怖感や精神的な苦痛、屈辱感をどうにかして償ってくださると言うの……?」


 そんな私の皮肉に連中は思わず黙りこむ事しか出来なかったらしい。

 ……まあ、そうでしょうけどね? 子爵家令嬢程度の相手への無礼なら賠償金程度で済むだろうけど、流石に王国屈指の大貴族家の令嬢へ濡れ衣を被せた等というレベルの無礼ともなると、下手をすると家が取り潰しになる可能性も十分にある訳だし。

 ……そうなると流石に自分達ではどうにも出来ないし親まで巻き込まれて破滅するって、今更ながらに気がついたのかな……? まあ、もう遅いんだけど。


「だいたい、そんな低俗な真似など致しませんわ」

「……ほんとに?」

「本当ですわ。我がゴールド辺境伯家の名誉に誓って、そんな下らない真似など致しません」


 そう、私が家名と名誉に誓ってみせたことで、流石に生意気な口をきく馬鹿男三号以降の取り巻き達も引き下がらざる得なくなったらしい。

 ……まあ、私がこうして家の名前を出した上で誓って見せたのに、それでもなお「お前がやったんだ」などと言いがかりをつけて来るというのなら、今度は私だけでなく、私の家そのものが彼らの相手をすることになるのだから、ここで潔く引き下がるというのは、むしろ当たり前の事だったのだろうけど。

 ……でもね。そもそも彼女と私では選んでいる学科も違うのだから、講義を受けている教室の場所も違うのだし、教室がある建屋そのものも異なっているのだし、そもそも彼女の席の位置や荷物置き場の場所もよく知らないのだ。

 それを踏まえてなお、お前がやったんじゃないかというのは……。流石にちょっと頭が悪すぎるというか、いささかムリがあるのではないかと私などは思うのだが……。


「では彼女の寮の部屋が荒されていたり、貴重品の中から装飾品が紛失したりしている件についてはどうなんだ?」

「どうなんだも何も……。そんな事件があったというのも初耳ですし、知っている訳がありませんわ。大体、何故、私が、そんなつまらない真似をしなくてはならないのかしら……? それに、装飾品……? ネックレスか何かかしら……?」

「彼女の大事にしていた指輪だ。……飾り気のないデザインの。銀の、指輪だ。……お前は、知っているはずだ」


 お前が盗んだんだからって……? 冗談じゃない。


「知りませんわ。……それに、子爵家のお嬢さんが持ってる程度の安物なんて、最初から興味なんてありませんもの」


 根本的に彼らが勘違いしているのも無理もないと思うのだが、私達上位貴族の令嬢と彼女達のような下級貴族の令嬢とでは、そもそもの生活空間や居住環境が異なっている。

 部屋の広さや使用人用の部屋の有無などの違いがある関係上から、女子寮の部屋がある建屋も違っているし、生活環境そのものからして違っているのだ。

 現に、彼女は使用人も連れてきていないし、学友達と複数人で部屋をシェアして使っているはずだし、私は実家から連れてきた使用人達と一緒に部屋を独占する形で使っている。だが、これもまた学院の伝統の一つであるらしいので、こういった部分に文句を付けるのは根本的に間違っていると思うのだけれど……。


「……マリー。今の言葉は流石に聞き捨てならん。訂正しろ」

「何を、ですの?」

「彼女の大事にしていた銀の指輪を、安物だと言った事についてだ」

「それは、そんなに高い指輪だったのですか?」

「いや……。値段については……。その……。確かに……。だが、大事な品だった!」


 思い出はプライスレスとはよく言った物だけれど……。


「貴女が今、安物扱いしていた品は、彼女の、亡き母上の形見、だったそうですよ?」


 ふーん。そう。母親の形見。ねぇ……。だったらどうしたというのだろう。

 歴史的な背景なり物語、由来などがあるというのならまだしも、その程度のことで安物の銀の指輪に、何か付加価値が付くだなどと……。彼らは本気で思っているのだろうか。

 そういった背景を知らない者からしてみれば、それは単なる安物の古びた指輪に過ぎないし、たとえソレを知っていたとしても、それはやっぱり単なる銀の指輪でしかないのだし……。


「……分かりませんわね。安物を安物と言って何が悪いのです?」

「マリー!」

「いくら思い出なり思い入れがあったとはいえ、所詮は安物でしかないでしょうに……」

「おのれ、貴様という奴は! 人の心というものがないのか!?」


 確かに、彼女の母親は一応は、そこそこのランクの高級娼婦だったようだが……。だが、それでも金を払った客であれば、誰に対してでも股を開いていたのだし、客を選り好み出来るような立場にはなかった商売女だったのだ。

 そんな女が、大事にしていた商売道具を我が子に持たせて父親だと思われる貴族の男の元に送り出したというのは……。まあ、一応は美談と言えなくもない、のかな……?

 果たして、それが本当に貴族の男の種だったのかどうかは知らないが。


 ──いや、ある意味、形見のつもりだったのかもしれない……?


 ある程度のまとまった金を手にした女が、自分を囲っている男に食い物にされるといった話は珍しくもなかったし、我が子と引き離された母親が酒に溺れるという姿も、おそらくは珍しくもなかったのだろう。

 それに、住んでいた場所も決して治安の良い場所でもなかっただろうし、同じ商売仲間の女達が、自分達の娘に泣く泣く同じ道を歩ませるしかなかった様な中で、一人だけ貴族様の子として身請けして頂けた等という羨ましい姿を見せつけられて、そこに何も感じないはずもなかったのだろうし……。そんな、表面上は良かったね等と言い合いながらも、その裏で腹では何を噂し合い、何を考えていたのやら……。おそらくは、嫉妬なり僻みを抱えずには居られなかったのではないかと思うのだけれど……。


 何よりも、子供を引き取った先での、ペチュニア子爵家側の思惑にとって、消し去りたい過去の象徴でもあるだろう娼婦の母親の存在と、そんな存在とのつながりを示す指輪は、色々な意味で邪魔になっていたのではないのだろうか。

 あるいは、そういう繋がりを残すために、将来貴族の一員となるだろう我が子に己へと繋がる手がかりを示す品を渡しておいたとも考えられるが……。


 結果、何が本当の原因だったのかは分からないが、その女は、我が子と引き離されて半年も経たずに夜の街角から姿を消してしまっていたそうだし、今の王子との仲が本格化しだした頃には、そんな母親とのつながりを示す品は、すでに彼女の元から失われてしまっていたのだとか……?


 美しくも可憐な子爵家令嬢サフィニアの後ろ暗い過去を消すために犠牲になったのか、あるいは彼女自身の手にしてしまった金目当てに騙されて殺されたのか、はたまた自らの心の痛みに耐えかねて酒の海に沈んでいってしまったのか……。そんな女の本当の結末を知る者は、おそらくは既に居なくなっているのだろうし。


 ──厄介な物語が背景にある品といった所で、何か価値が変わるとも思えませんが。


 いや、むしろ下がりかねない。厄ネタの象徴として……。いや、むしろ逆もある? 特定の条件でのみ価値が上がる可能性があるってことも……。


「しかし、まあ。その品が幾らするのかは知りませんし、知りたいとも思いませんわね」

「何だとぅ!?」

「その指輪がどれほどの価値を持つ品だったのか。……本当の価値がどれほどだったのかは、関係者ならまだしも、部外者でしかない私には分かりかねる、と。そういう意味で、申しているのです。……この意味、分かりますわよね?」


 そうハイドラ様達に話しかける振りをして、その背後に隠れているサフィニア嬢に向かって話しかける。


「……その指輪の本当の価値を知るという事は、その指輪の持つ背景……。そこに込められた母の想いとやらだけでなく、そこに秘められた物語をも知るということになりますし……。それを詳しく知る者に奪われて困っているのだというのならまだしも、単に紛失しただけというのなら、それほど慌てる必要もないのではないかと……」


 まあ、この話題をあまり突っつくと、藪から蛇どころか虎や竜が出てきかねないだろうし、私の示唆した可能性……。将来の王妃候補の目が出てきた女の暗部を握るための証拠品として何者かに盗み出されたのではないかという指摘によって青白くなっているサフィニア嬢の顔色が、ますます白くなってしまいそうだし、ね……。

 まあ、こんな場所でサフィニア嬢の過去をばらすような真似をするのは、ハイドラ様だけでなく、とりまきの皆様にとっても致命傷になりかねないので、流石に出来ないですし……。


「……そもそもの問題として……」


 だからこそ、ここでは、あえて言葉を一旦切って。こうして、おもいきり注目を集めた上で、テーブルごと話題をひっくり返してやる必要があった。


「私が本当に『行動に出る』と決めて動いたとして……。その時に、その程度の被害で済むだなどと……。本当に考えておいでなのでしょうか……?」


 この国の権力の頂点に立っているといっても過言でない我が家の。上位貴族の中でも、最も王族に近い場所にあるとされている我がゴールド辺境伯家の怒りに触れて、本当に……。そんな程度の傷で済むだなどと、本当に思っているのか……?


「我が家の力、あまり見くびらないで頂きたいものですわ」


 そんな私の言葉は、その程度で済んでいる以上は、私の仕業ではあり得ないということを逆説的に説明していたのだろうし、その程度の被害が適当な程度の力しか持たない家の者の仕業なのではないのかという事も示唆して居たのだから。


「……殿下。この女、自らの罪を認める気がないようです」

「マリー……。どうしても認めないつもりか?」

「何を認めろと仰るのです?」

「サフィニアに対する数々の悪行だ!」

「勿論、認めませんわ」


 自らに非のある糾弾であるというのならまだしも多少は譲歩なり何なりして認めて見せるかも知れないが、まったく身に覚えがない上に自らの婚約者まで奪われるなど……。


「マリー!」

「絶対に、認めません!」


 ……認めない。認められる筈がない。いや、絶対に認めてなどなるものか! こんな馬鹿な真似を許すくらいなら、すべてを敵に回してでも最後まで一人で闘い抜いてみせる!


「……何故、そんなに意固地になる。証拠は揃っているんだぞ? ……あまり、下らない意地をはるんじゃない。お前は、そんな女じゃなかったはずだ」


 なぜ、諦めないのかって……? だって、諦めたら……。


「そうです。殿下だけでなく、我々まで……。この全員を敵に回すというのですか?」


 アンタ達なんか、どうでも良いんだってば。どうせ束になっても私に勝てるわけない三下の雑魚の群れなんだから、そんなのが敵になろうが味方になろうが、どうなっても知ったこっちゃないってぇの。


「君、馬鹿だよね? ……たった一人じゃ、勝ち目ないよ? まあ、カッコ良いから、そういうの嫌いじゃないんだけど」


 うるさいってば。生意気な馬鹿三号。お前はソコで黙って見ていろ。


「……凄い度胸。素直に格好良いと思う」


 やかましいわ。ってか、なに顔赤らめて笑ってんだ、この馬鹿四号。


「無駄に恥をかくまえに降伏を勧めるが……。無謀の極みだぞ」


 脳筋五号。貴様の脳筋と私のぷりん味の緑色をした脳細胞を同じ性能だと思うなよ。


「……なんで、お前は……。いつも、そうなんだ」


 私は、昔から、争い事からは絶対に逃げようとしなかった。

 挑まれたなら、必ず全力で相手を粉砕してきた。

 どんな相手であっても。

 どんな勝負であっても。

 剣でも、体術でも、護身術でも。

 勉強でも、作法でも、遊戯でも、茶会でも、だ。

 それこそ殿下が相手であったとしても、常に手を抜かず、全力で挑んできた。


「……何故か、ですか」


 その問いへの答えは、懐かしい思い出とともに。


「……殿下。マリーゴールドという花を……。その花言葉をご存知ですか?」


 そんな私の呼びかけに、思わずハイドラ様が顔をしかめて見せたのは、私がやめてくれと言われて以来、ずっと封印してきた『殿下』という呼び方をあえて選んだことを察してくれたからなのかもしれない。


「……ああ。知っている」

「それなら、私も知っていますよ。確か『嫉妬』、でしょう?」

「……有名だからね」

「うん。すっごく有名だし。……ホントに、君の名前としては相応しい花だよねぇ」


 そんな取り巻き連中の言葉を、ハイドラ様は苦笑交じりに遮っていた。


「確かに嫉妬の花言葉は有名だがな。……だが、それだけじゃなかったはずだ」

「そうですわね」


 マリーゴールドの花言葉。それは「信頼」と「悲しみ」。そして、それらから生まれた有名な「嫉妬」の言葉へと続いて……。そして美しく、堂々とした艶姿で咲き誇る姿から連想されたのだろう「悪を挫く勇気」と「生命の輝き」。そんな勇ましくも華々しい言葉へと繋がっていく訳だが……。あの花が一時期、その毒々しい色合いからか毒花とされていたという、暗い過去をも背負っていることは余り知られてはいないのだろう……。


「……そんな花は、まさにお前の名に相応しいとでも言わせたかったか?」

「いいえ。ですが、そんな勇敢な名を与えられた私が、ここで大人しく引き下がる訳にはいかないでしょう……?」


 だから、戦わせていただきます。

 貴方がたから向けられた悪意と。

 そして汚された名を清める為に。


「見せてあげますわ」


 貴方がたが、誰に喧嘩を売ったのかということを。


「思い知らせてあげます」


 我が心の花が、どれほど美しく咲き乱れているのかということを。


「そして、思い出させてあげます……」


 我が心の花が秘める、本当の花言葉を。


「さあ、覚悟なさいませ」


 戦いは、まだ始まったばかりなのですから。



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