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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
一 蝶は土に還り、
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8

 家に帰り着くと、聞かされていた通り、母の姿はそこになかった。父も仕事の最中で当然留守にしている。

 冷蔵庫を開けると、コンビニ弁当と、弟の字により「出かける。あとで金払え」と書かれたメモがこれ見よがしに置かれていた。やさしさのようだが、冷蔵庫を開けるまで判明しないやさしさは、本来的な意味でやさしいかは、微妙なところだった。

 ひとまず、ありがたくそれを頂く。よっぽど、出来た弟だった。ひとつ年齢が違うだけで同じ親から作られたのにこうまで違っているのかと思うと、悲しいと言うより、不思議だった。いかにも自分は、彼に比べて適当なものに思えた。

 ソファに寝そべり、明日からの休暇をどのように消費していくかを考える。前半は遊び倒そうか。それとも先に宿題を済ませてしまおうか。それらは結局、木村雪乃の言葉を忘れるために、意識された論理展開だった。

 木村雪乃は現在、元々のクラスメイトである「木村雪乃」の自己と、別の世界の木村雪乃の意識が統合された存在である。なおかつそれは、死ぬことにより、収束され、十全とは言わずとも、経歴を共有するという意味らしい。

 そして彼女はまさしく今日の夜に、誰かにより、橋から突き落とされると言う。

 どうも、にわかには信じがたい話だった。

 しかし彼女の経験してきた別の世界では、これを信じ、熱心に、親身に聞き入れ、協力したらしい。生憎、そのような記憶は毛頭ほどもない。

 時計の針が進んでいく。肘掛に乗せた頭の下に両手を滑り込ませ、耳の後ろあたりを掌底で挟むようにして揉む。

 果たして近似値の世界の自分は、どの程度の「協力」をしたのか。

 ともかく、言えることは、これが夏休みの課題でなくて良かった、ということだ。こんなものの答えは、いくら考えたところで出てくるわけでもない。そもそもが、突飛過ぎるのだ。

 緩く目を閉じると、万華鏡を回しているかのような、蝶の羽ばたきが、見えた気がした。

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