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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
三 木々が生え、
23/31

5

 終業式の段階になって、木村雪乃が姿を見せた。日ごろ行動をともにしていた何人かの生徒に囲まれる中、視線がかち合うと、無表情のまま、口を動かした。予期していなかったため、それが何を意味したか、理解できなかった。

 もどかしく、近寄ろうとしたが、宮内明日香と松田航平のカップルに捕まって、叶わない。

「なあ、雪乃って絶対そうだと思わない?」松田が抽象的な質問を寄越してくる。「俺はそうだと思うんだよなあ」

「いやいや、さすがにないでしょ」宮内はこちらの困惑にも素知らぬ顔で、松田にべったりとくっついたまま、「ありえないよ」

「なに、何の話?」

 仕方なく、促してみると、

「いや、俺、雪乃って浅羽のこと好きじゃないかなーって睨んでんだよね」

「ありえなくない?」ようやく宮内はこちらを向いた。「優、浅羽と仲いいじゃん。どう思う?」

 余りに突拍子もないことなので、まごついていると、

「こうなると今日あたり告白するんじゃないかな」

 松田はこの意味のない終業式に意味を持たせようとするように、続ける。

「いやあ」それらしい心当たりのひとつも浮かばなかったが、「まあ、浅羽はもてると思うけど。どうだろうね。木村さんのタイプとはちょっと違う気がする。馬鹿だし」

 言葉にしてから、もしかして先ほどの木村雪乃の口パクは「手伝って」ではなかったかと、思い当たった。

 そうだとすれば、この突拍子もない話題にも、多少は真実味が増すのだろうか。確かに、浅羽とは仲がいい。一度ここを通過してから浅羽に向かうのは、手順として不自然ではなかった。

 ともかく、

「自分たちがラブラブだからって、そういうの押し付けるの、やめときなよ」

 呆れて溜息に乗せて伝えると、

「ラブラブだって」

「やだーもう、優ったら」

 いかにも高校生らしく、この一分野に対しては盲目的になる無様な男女の像を見せ付けられる。

 登壇する面々の、当たり障りないことを婉曲に言いまわす無駄な時間を終え、クラスごとに教室へ戻っていく最中も、木村雪乃は話題の中心で、とうとう、泣き出す女子も出てきた。自分が彼女の立場だったとき、そうなる可能性はどのくらいなのだろう。そんなことを考える。朝からどうも俯瞰的な思考回路だった。

 成績表が渡され、しばらく、意識はそちらに逸れたものの、

「それじゃあ最後に」

 担任のその一言と、目配せで木村雪乃は席を立ち、教壇に立った。そこから、全ての視線を集めるのは、教師でもなかなか難しい。彼女には今それが出来ている。目立とうと、目立たなかろうと、愛されようと、愛されなかろうと、こういうとき、人は注目を集めることが出来る。よっぽどの馬鹿や愚者に囲まれて居ない限りは。

「えっと……」

 改まって顔見知りにひとつ上の場所から話をすると言うのは、気恥ずかしさがある。しきりに頬に手を触れる彼女が今何を考え、これから何を言おうとしているのか、それは絶対的に期待され、ゆえに、切り口が難しい。気恥ずかしさと同時に去来するのは、その期待に対する苦手意識と言ったところか。

「親の仕事の都合で、急だけど、転校することになってしまいました」そして急に赤の他人になってしまったかのような言葉遣いへ、変わってしまう。「私はこの学校が好きだったし、みんなのことも好きだったから、ここで、みんなと、卒業したかったけど、えっと、その……」

 遅れて、思い出と、悲しみが彼女を包んだ。それが、羽化のための、養分となることだろう。

 言葉が続かなくなった。啜り泣きが点々と生まれる。

「がんばって」

 どこかから声が上がり、

「がんばれ」

「大丈夫」

「ゆっくりでいいよ」

 啜り泣きに混じり、友情が、点々と、生まれる。

 しかし頭の中で考えることは、これと重なる、記憶の異常性だ。

「みんなのこと、忘れません。今まで本当に、ありがとう」

 つかえながら、ついには嗚咽を漏らし、木村雪乃は崩れるように座り込んでしまった。数人がそこへ駆け寄る。こういう場で誰かを見送ることは初めてのはずなのに、やはり、見たことのあるもののように感じた。それは、テレビドラマや、漫画の世界のものなのかもしれないが、正解は靄の中にある。

 木村雪乃が席に戻る前に、彼女と親しかった女生徒により色紙の贈呈が行われ、これが現実であることを示すような大きな拍手が轟き、簡素なお別れ会はお開きとなった。

「それじゃあ夏休み、無事故でよろしく。木村も、次のところでも健康のまま、がんばってな」

 さらに簡素な言葉で、担任が場を締めると、教室はざわめき、木村雪乃と最後の会話を交わすもの、早々に帰宅するもの、散り散りになった。

 彼女の周りには、愛が溢れている。何も自分が近付いていかずとも、彼女は満ち足りた最後を迎えられるであろう。

 それに、連絡先だって知っている。大仰な別れを演出せずとも、また話をすることは十分に可能なのだ。群集に塗れ、ひとつの綺麗な思い出として貯蔵されるより、長い目で、継続的に関係が続くほうが、これから未知の世界へ飛び込む彼女には、救いになると思えた。

 何より朝から、調子が悪い。

 熱っぽさがなくとも、気のせいだと目を瞑っても、それは変わらず自身の中に蔓延している事実だ。

「帰るよ」

 浅羽にポツリと漏らすと、

「え、おう。あ? なんか顔色悪いな」全く無自覚のことを言われ、驚く。悪いとは言え、よくなってきたほうだと思っていた。「気をつけろよ」

 せめてもの温情で、木村雪乃に近付き、

「ごめん、今日は帰るよ。必ず連絡する」

 飛び交う言葉たちを切り分け伝えると、

「ううん、あとでこっちからメールする」

 彼女はそう言って、微笑んだ。

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