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いつも乗っている電車に間に合うかどうか、ぎりぎりのところだった。とは言え、いつもいつもぎりぎりに学校へ向かっているわけではないので、ひとつあとの電車に乗ったとして、困ることはない。むしろ三十分も寝坊して、ぎりぎりであろうと間に合うのかもしれないと思うと、普段からもう少し、寝ていてもいいのかもなあ、と父親譲りの暢気さが顔を出した。
結局、ランダム再生のウォークマンがなかなかお気に入りの曲を流してくれず、スキップさせることに集中していたら、すっかり、逃してしまっていた。とても、自身はスキップできない。
毎日同じ時間の電車に乗れば、大抵の乗客の顔は覚える。基本的に人間は物事をルーティン化させがちだから、この時間の、この車両の、大体この位置、ということを、ほぼ無意識に定着させているのだ。そういう思考を根底に持ちながらも、今日は、全く見知らぬ人ごみに迷い込んだわけで、当然、馴染めなかった。疲れ切った顔のサラリーマンも、ギターケースを背負った見慣れない制服の高校生も、まるで愛着が湧かず、居心地が悪い。
吐き出されるように駅へ下りる。吐瀉物だと思うと気分が悪いが、考えていくうちに、確かにその通りかもしれない、などとどうでもいいことを考える。
「あれ、優じゃん」
声を掛けられ、振り返ると、
「浅羽かあ」
彼は笑みを浮かべ、軽く手を挙げた。
「珍しいな、寝坊?」
隣に並び立つ男のその思考は、クラスメイトであればこそ、浮かぶものだろう。浅羽幸弘とは席が前後で、毎日、彼は遅れてやってくる。意識せずとも、お互いの視界に入るわけだ。
「ちょっとね。昨日夜更かししちゃって」
「何してたの?」
「ゲームしてた」
「そりゃだめだ」
「だめだったよ」
浅羽の大仰な笑い声も、階段を上る群集のざわめきの中では頭抜けることはない。一人とひとりが集まっているだけで、誰もが話し声を出しているわけではないのに、どうして人が集まるとうるさく感じるのだろう。
定期券を滑らせると、
「未だに普通の定期のやつ居たんだ」
電子音を鳴らして、颯爽と隣のレーンを通過する。
「アナログ趣味なんだよね」
「ゲームするくせに」
他愛もない話を出来ると言うのは、存外、重要視すべき要素だろう。畏まり、敬語で天気の話ばかりするよりは、馬鹿にされようと、ずっと心は穏やかになる。