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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
二 地盤に水が染み入り、
18/31

9

 リビングで日本酒の入ったカップを片手にうつらうつらしていた父に、

「ちょっと出かける」

 声を投げると、

「ん?」

 寝ぼけたままの返事をくれるので、

「出かける。実は夏休み中に転校しちゃう子が居て、少し、会っておきたいんだ」

 全くの嘘ではない文言を吐いた口をきつく結ぶと、

「おう……、気をつけなさいな」

 目を瞬きながら、眠そうな声で続けた。

 スニーカーをもたつきながら履き、ほとんど走るように駅を目指した。

 遅い帰路を急ぐサラリーマンたちの流れに逆行し、改札を抜け、上り方面のホームへ向かう。人はまばらだったが、自分と同じように夏休みを迎えた学生たちの浮かれた姿も散見される。そのような楽しい心持であれば、よかったのだが。

 十時ごろの電車に乗り込む。いくつかの駅を通過したおかげか二十分も掛からず目的地に到着し、降り立つ。御心橋は北側の出口を三十分ほど歩いたところにあるらしいが、何せ慣れない土地で、マップで見る限り入り組んでいるので、三十分で着くかは、微妙に思えた。

 苦心して橋を見つける。余り大きくはないようだ。車線はそれぞれひとつ、歩道の幅は二メートルくらいか。長さも、二十メートル程度に見えた。高さもさほどないが、眼下を流れる川は深そうで、流れも速かった。

 木村雪乃、およびそれを呼び出したとされる顔見知りの姿は、まだない。時間を確認すると、少し迷ったせいか、予定時刻まで十五分弱。

 周囲は人通りが多いとは決して言えない。車も、余り通らなかった。少し距離を取って、電柱の後ろに隠れるように塀に背を凭せ掛け、時を待つ。

 十一時半。橋を覗くと、木村雪乃が首をきょろきょろと振りながら、橋の中ほどで立ち止まるのが見えた。誰かに呼び出され、間違いなくやってきたわけである。ここで声を掛けるべきか、悩んだが、いざという状況になるまでは、身を隠したままのほうが賢明だろう。それこそ、何かしらの理由で人を殺すような人間ならば、第三者の存在を好ましく思わない可能性も高い。それが阻止に繋がるのか、それともより悪い結果を導くのか、判断できないうちは、行動するべきではない。

 蒸し暑い夜だ。接地面にジワリと汗を掻いているのがわかった。風はほとんどなく、また状況に変化も訪れず、次第に意識が散漫に、鈍重になっていくのを感じる。クラスメイトは愚か、人が通る気配もない。時折車がスピードを上げて通過していく。

 そうして、ぼんやりとしていると、橋とは反対のほうから、若者たちの大きな笑い声が上がった。それに驚き、はっとしてそちらに視線を向ける。遠くに、五六人の男の姿が確認できた。いかにも、柄が悪そうで、絡まれればひとたまりもなさそうな、そんな連中だ。

 急いで場を移そうと橋のほうへ身体を向けると、あろうことか、いつの間にか、木村雪乃の姿が見えなくなっていた。一体、いつ、どうして、居なくなったのか、わからない。頭の中で「殺される」というワードが嘲笑うかのように踊り始める。もう、殺されたのか、という疑問以外に何を考えることも出来ず、慌ててスマートフォンを取り出すと木村雪乃の電話を呼び出しながら、橋のほうへ駆けた。

 橋の上にも、その下の川にも、人影のひとつもない。すでにどこかへ流れ去ったと言うのか。耳元で留守番電話に繋がる音声が流れ、苛立たしげに眼前に移動させると、もう、日を跨ごうか、という時間であった。

 一体、何がどうなった。

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