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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
二 地盤に水が染み入り、
17/31

8

 家に帰り着くと、聞かされていた通り、母の姿はそこになかった。父も仕事の最中で当然留守にしている。

 冷蔵庫を開けるも、昼食となりそうなものはなかった。ここで母に「昼飯が欲しい」と連絡をしたら、彼女は買ってきてくれるのだろうか。弟の姿も見えないが、彼は何かを食べ、出かけたのか。そもそも、学校へはちゃんと出たのだろうか。

 戸締りをして、コンビニへ向かう。自分の分と、弟のためにパンを数種類買った。余裕のある懐ではなかったが、これくらいは奢ってやることにした。弟が食べなければ明日の自分が食うだけだ。父の暢気さを存分に引き継いだ弟の将来が、少し不安になる。

 パンを食べ終えると、ソファに寝そべり、先ほどの木村雪乃の言葉を考え始める。メールで真意を質すことも考えたが、それは、恐らく彼女の期待に対する応えとはならない。彼女が、誰に、なぜ殺されるのかを、彼女は考えて欲しいのであって、確認して欲しいわけではない。当たり前のことだ。

 木村雪乃は現在、元々のクラスメイトである「木村雪乃」の自己と、別の世界の木村雪乃の意識が統合された存在である。なおかつそれは、死ぬことにより、収束され、十全とは言わずとも、経歴を共有するという意味らしい。

 そして彼女はまさしく今日の夜に、クラスメイトの誰かにより、橋から突き落とされると言う。

 クラスメイトの誰ならば、彼女を殺すに足る理由をもっているのだろうか。悲しみ、啜り泣きを漏らした子たちか。駆け寄った子たちか。それとも最後まで一緒に居た面々だろうか。そもそも男か、女か。

 重要な話とはなんだろう。男が誘ったのであれば、愛の告白か何かと想像しても無理はない。告白し、振られたから突き落とす。可笑しいとは思えない。しかしそれほど印象に残る出来事を、彼女はすっぽりと記憶から排除して転生したのだろうか。

 時計の針が進んでいく。肘掛に乗せた頭の下に両手を滑り込ませ、耳の後ろあたりを掌底で挟むようにして揉む。

 果たして近似値の世界の自分は、どのような「協力」をしたのか。

 それがわかれば多少は苦労が減るが、その「協力」では完遂できなかったのだから、大きく何かが変わるわけではなさそうである。

 緩く目を閉じると、万華鏡を回しているかのような、蝶の羽ばたきが、見えた気がした。

 再びまぶたを開けたときには、外は夕暮れに染まり、時計も、あっという間に半周ほどしていた。

 母は今頃酒を飲み昔日に関し語り合っている最中だろう。弟が自室でゲームをしている音が微かに聞こえた。

 制服が皺になってしまった。これはまた、何か言われそうだ。

 空転する思考、未だ浮遊感に苛まれる身体を無理に起こし、服を着替える。しばらくは、お別れだ。

 七時を回ったころに帰宅するであろう父の都合に合わせ、一時間前から調理を開始する。と言っても米を炊き、材料を火に掛け、作っておいてくれたたれを混ぜ合わせるだけだった。

 三人での夕飯を終え、シャワーを済まし、自室に戻った時には九時近かった。テレビをつけ合間のニュースを見る。死ぬだとか、殺されるといったことが、まさか級友から齎されるとは思っていなかった。

 時間を跨ぎバラエティが始まるのと同時に、テレビの電源を落とした。スマートフォンで御心橋の位置を検索してみる。桜野町はここから九つほど上った先にある駅だ。そこで彼女は死ぬ、殺されるらしい。

 徐々に浸透する染みのように、彼女の言葉が真実味を帯びてくる。胸のうちがざわつき、どうにも落ち着かなかった。つまらない人間であると思っているわけではないが、余り冗談を言うタイプの人間とも思われず、ましてや「クラスメイトに殺される」と明言して彼女が何かしらの得をするとも考えられなかった。少なからず何かは起きるのだと思っていたほうがいいかもしれない。

 そうであれば、ひとまず簡単に思いつき実行できる「協力」は、現地に向かうことだろう。

 時間には十分な余裕があった。

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