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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
二 地盤に水が染み入り、
12/31

3

 校内に入ると、方々から挨拶の声が聞こえてくる。勉学をする建物において、彼らは頭脳以外のものを構築するのに忙しない。友人。恋人。競争相手。社会の縮図というには、確かに相応しく、また、予行練習だとするのも、よくわかる。いじめが横行するのだって、何も学校に限った話などではないと、世間は自ら提示していることに、果たして気が付いているのだろうか。化ける分、向こうを闊歩するもののほうが、醜悪だ。

 下駄箱から拾い上げ、落とした上履きに足を突っ込む。新入生として規則正しく身なりを整えた時分はすでに過去で、晒され、うらぶれ、汚ればかりが目立つ。人知れず、そういう風に自己を磨耗していく人間だって、この中には必ず居る。自分だけはそうではないと、人々は目を瞑っているだけに過ぎない。そして、暗闇ならば、輪郭などあろうがなかろうが構わないのだと、みなが目を瞑れば、何一つ、自分を貶める要素は生まれないのだと、盲信している。

 朝日に照らされ、道をまっすぐ歩けたとしても、ここにはそういった盲目の人間が数多く居る。そして往々にして、その自覚を持っていない。よくも、悪くも、という話だ。

 教室に着くなり、中西博美がこちらに気付き、

「おはよー」近付き、「聞いた? 噂になってるんだけどさ」

「何?」

 自分の机へ移動する最中も、腰巾着のようにしっかりついてくる。

 鞄を机上に放り、固い椅子にぶつけるように腰を下げる。中西はひとつ前の椅子の背凭れの部分に寄りかかり、

「雪乃、転校するんだって」

「そうなの?」

 主婦が井戸端会議をするように口元に手をやり、眉を上げた。

 木村雪乃は、クラスの中で特別に目立つわけではない。かといっていじめを受けるほど好まれないわけでもない。少なからず、女子に名前で呼ばれるくらいには、そつなく過ごしている印象だった。

 彼女とは昨年から同じクラスで、修学旅行では同じ班になり、その前後はよく話をしていたが、それが今も継続して親しいかと言えば、微妙なところだった。趣味は似たようなものだったが、帰りの方向が違うからタイミングが難しいとか、理由はいくらでも付けられたが、結局は、無理を押すほど彼女が自分にとって得にはならないのではないか、というのが正直なところだ。どちらかと言えば、今年からクラスメイトになった中西のほうがずっと親しかった。

 教室の中に、当の木村雪乃の姿はない。その視線に気付いたのか、

「何、優、寂しいの?」

 中西博美は含み笑いに顔を変え、両手でこちらを指差した。何か、茶化されたことはわかったが、何を茶化されたのかは判然としないまま、

「いや、うーん、まあ、ちょっとはね」

 本音を漏らすと、

「あら、そうなの? 可愛いわねえ」

 老婆が幼女を愛でるような言葉のチョイスで、返答をくれた。

「可愛いかはどうだっていいけど、そりゃ、修学旅行中はそれなりに話したしね」

「優って本当は私みたいなのより雪乃っぽいのが良いわけ?」

「雪乃っぽい、が何かはわからないけど、別に、嫌いだと思ったことはないよ」

「なんていうか相変わらず明言しないのね」中西はこちらに手を伸ばすと頭を数回撫でた。「なんだか、可哀相だわ。好きとか嫌いとかがまだわからないのね。お子ちゃまだから。私なんか今日だって勝負下着穿いているっていうのに」

「余計な情報をありがとう」手を除け、「でも純粋にクラスメイトの転校って寂しくならない? あんまり経験することじゃないしさ」

 微かなプライドがそうさせるのか、自論の一般化を図ってみたが、

「私は別に。優がどっか行っちゃうって言うなら……、寂しいけどさ」

 言葉だけ聞けばいかにも恋愛関係のようであるが、これは彼女が好む遊びのひとつだった。

 誰だって、内々には変身願望を抱えている。自分以外の何かになりたい。漠然とした感情であれ、ひとつくらいは、そういったものを持っている。彼女はそれを無意識に、演劇という遊びで、消化しているのだ。

「そっか」

 だからこういう風に相槌で済ませても、

「そうだよー」

 簡単な言葉で終わらせられるわけである。

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