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ついに彼女は羽化を迎える  作者: 枕木きのこ
二 地盤に水が染み入り、
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2

 いつも乗っている電車の発車時刻には、まだ十分な余裕があった。余裕を持てるような時間にアラームをセットしているし、いつもは更に早めに起きているのだから、少し寝すぎたところで至極当たり前の話である。なんだったら三十分ほど寝坊しても、急げば間に合うのではなかろうかと、父親譲りの暢気さが顔を出した。

 ランダム再生のウォークマンが連続してお気に入りの曲を流す。今日は一日、何かいいことが続くかもしれないと安直に考え、その安直さに呆れもする。

 毎日同じ時間の電車に乗れば、大抵の乗客の顔は覚える。基本的に人間は物事をルーティン化させがちだから、この時間の、この車両の、大体この位置、ということを、ほぼ無意識に定着させているのだ。いつものように、二つ隣の駅からクラスメイトの松田航平が乗車し、目配せするなり、近寄ってくる。軽く手を挙げて応えた。

「おは。眠いね」

 イヤホンを外したのを確認してから声を掛けてくる。

「おはよう」ぐるぐるとコードを巻きながら、「昨日も無駄に夜更かししちゃったよ」

「毎日毎日何してるわけ?」

「昨日の夜は本読んでた。一昨日はネット動画漁ってた」

「ある意味、知識欲の塊だな」薄く笑むと、「勉強漬けのこっちの身にもなってくれよ」

「要領はいいからね」

 言わんとするところを察知し答えると、生意気だ、と言葉を添えて肩を小突かれる。

 他愛もない話をしている内に駅に着いた。

 吐き出されるように駅へ下りる。吐瀉物だと思うと気分が悪いが、考えていくうちに、確かにその通りかもしれない、などとどうでもいいことを考える。

 志望する大学に関する些細な会話は、階段を上る群集のざわめきの中では頭抜けることはない。一人とひとりが集まっているだけで、誰もが話し声を出しているわけではないのに、どうして人が集まるとうるさく感じるのだろう。まるで進路の邪魔をするようだ。

 定期券をタッチさせ、後ろから松田も続く。改札を抜けてすぐ、

「悪い」

 手を叩いて、立ち止まる。

「ん?」

「昨日から母ちゃん仕事で出かけててさ、今日朝食ってないんだ」

「ふーん」

「飯買ってから行くからさ」尻ポケットから財布を取り出し中身を確認している。「お前先行ってていいよ。コンビニ寄る」

「ん。おう」

 駅ビル内の店舗に駆ける。

 授業間の短い休み時間は別として、松田は毎日、一番頭がクリアであろう、登校してからホームルームまでの時間と、たっぷり猶予の出来る昼休みには、単語帳や参考書を広げ、イヤホンを差し外界の情報を一切排除し、勉強に没頭する。自分の世界へと埋没していく。それには飯を入れておくことが大事なのだろう。どんな物事に対しても、早めから支度をするのは重要なことだ。

 混雑する店内に紛れていくのを見やって、父と、弟の顔が浮かんだのを誤魔化すように、下ばかりを向いて歩きを再開させた。

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