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君が天国へ行くのなら、俺が死のう

作者: 甘党豚



「はい、こちら願い叶え事務所です。


代償がございますが、あなたの願い一生に一度叶えましょう」





電話越しでこんなことを言われたらあなたはなんて答えますか?



俺は迷わず


「俺の弟の病気を治してくれ、

代償は俺の命だ」



そう答える。







弟の見舞い、それが俺には日課になっていた。

昔から体の弱い裕樹は病院から出たことなんて一、二度。



「お兄ちゃん、屋上でサッカーしよう!」



「みてみて!鶴! 」




小学校にも中学校にも通えなかった裕樹の唯一の遊び相手が俺だった。

とはいっても歳はかけ離れていたし、兄弟だから友達なんて言えない。


裕樹には友達がいなかった。





そんな裕樹にも好きな子ができた。

幼いながらも裕樹はその子にアプローチを仕掛けた。



名前はゆかちゃん。

同じ病室の同じ年の子。

可愛い子だった。




そんなゆかちゃんは、裕樹が十三歳の頃体を壊し亡くなってしまった。




それからだった、

思春期というものもあってか、裕樹が笑うことがなくなってしまった。






「裕樹、おはよう」



「なんだ、アニキ。

また来たのかよ」



「へっへーん、今日は裕樹にプレゼントだぞー」



「とかいいながら、毎日毎日お見舞いに菓子持ってくるじゃん」



「きょ、今日は奮発してケーキだから!」



「また甘いのかよ、看護師に怒られるぞアニキ」



「裕樹甘いの好きだからなー、あ、内緒な?」




それでも、裕樹とはちゃんと会話ができた。

それだけで嬉しかった。





「ゲホッゲホッ」



「裕樹、大丈夫か?」



「大丈夫っ、ゲホッゲホッ、ガハッ」





裕樹の口から赤いものが吐き出された。

それが血だとわかった瞬間、押されたナースコールが響く。





帰り際に聞かされた裕樹の余命宣告、もういつ死ぬかわからないらしい。



それから俺は必死に働いた。

いつもより働いて、それでも毎日毎日裕樹の病室に通い続けた。





「アニキ、顔色悪いな」



「あー・・・・・昨日あんまり寝れなくてさー」



「じゃあ、今日来ないで寝てればよかったろ」




「なに、言ってるんだよ。

俺の唯一の親族に会いに行かないとかおかしいだろうが。


それに、俺が会いに行かなかったら誰がお前の話し相手するんだよ」



「アニキ・・・・・」




俺は裕樹の頭をくしゃりと撫でる。




俺と裕樹には、親がいない。

裕樹を産んですぐ、亡くなった。

その頃には、俺は高校生だから中退してお金を稼ぎ裕樹を守ってきた。




だから、俺には親族は裕樹しかいないし、

裕樹にも親族は俺しかいない。




「なぁ、アニキ」



「うーん・・・・・?」




「アニキの料理、久々に見たい」





「!?」






もう、食べ物を口にすることができない裕樹の言葉には驚き、見るという言葉には納得してしまった。




「そっか!

何がいい?ケーキか?クッキーか?


やっぱ甘い物がいいよな!」




「いや、おにぎりがいい」




「お、おにぎりか!

わかった、明日握ってきてやるからな!」






久々の裕樹の願いに俺は張り切っていた。

おにぎりは、昔裕樹がお腹を空かせ泣いたときに、作ってやった食べ物だ。

中にはなんにも入っていない塩おむすびが、裕樹は好きだった。






だからそれを今日も握っていた。




「ふぅ、完成!

裕樹なんて言うかなー。



っと、電話電話。

待ってくださいねー」




手を拭きながら、不格好なおにぎりを詰める。


電話を手にして耳に当てた。



「はい、中原ですがー」





「中原さんですか!



至急ーー病院までお越しください。

裕樹くんが」







治療中の明かりがついた病院の緊急治療室。

その中でおそらく裕樹は苦しんでいるのだろう。






「なんで・・・・・・・・・・裕樹なんだよ!


俺にしろよ、神様は不公平だ!」





その時思い出した。



俺は急いで一つの名刺を取り出す。


願い叶え事務所と電話番号が書かれた名刺。


この世界に産まれた時点である一つの名刺が俺達にわたされる。それがこの願い叶え事務所の名刺。



神様はこの世界を不公平に作ったことを悩みこの事務所を建て、俺達地球人に一度だけ願いを叶える約束をした。


正直信じてなどいないが、もはやここにかけるしか俺のなすすべがなかった。



俺は急いで、名刺に書かれた電話番号に電話をかけた。



「はい、こちら願い叶え事務所です。


代償がございますが、あなたの願い一生に一度叶えましょう」




「俺の弟の病気を治してくれ、

代償は俺の命だ」





俺は真剣な声と面持ちで、そう言い切った。



だが、


「すみませんが、その願いは叶えられません。

既にあなたの逆の願いを叶えようとしていると方がいらっしゃいます」


そう電話越しから返ってきた。


「は?どういうことだよ!

何でも叶えてくれるんじゃねえのかよ!」



「ある方から、あなたの幸せのために自分の命をなくすという願いがされてしまっています。


あなたの願いを叶えてはその方の願い、



つまり自分の命を犠牲にあなたの幸せを願うという願いが取り消されてしまいます。


優先順位のためあなたの願いは叶えることができません。




すみませんが、違うお願いでまたのお電話をお待ちしております」





誰が願掛けしたかなんてわかりきったことだった。





「中原さん・・・・・すみませんが、もう・・・・・・・・・・」





俺は走って裕樹の元へ行った。





「裕樹!


お前!




なんであんな願いするんだよ・・・・・

俺は十分お前といるだけで幸せなんだよ!



なのに、あんな願掛け・・・・・・・・・・バカだろ」




「勉強・・・・・・・・・・してないから、バカだよ。




俺、アニキといて・・・・・笑うこと・・・・・・・・・・ぜん、ぜんできなかっ・・・・・・・・・・た。


だから・・・・・・・・・・アニキ、つま、らなかった、だろ」



「つまらなくなんかねぇよ!

俺の唯一の楽しみ、ぶち壊すのかよ!



お前と話してる時が、何よりも楽しくて・・・・・・・・・・楽しくて・・・・・・・・・・」




涙が止まらなかった。

久々に涙が出まくった。




「アニキ、泣きすぎ・・・・・・・・・・。



俺はアニキの幸せが、俺の幸せなんだよ・・・・・・・・・・。




なぁ、アニキ・・・・・・・・・・おにぎりは?」




「あぁ・・・・・・・・・・おにぎりか。



ほら、お前の大好きな塩おむすびだ」



「アニキ、昔より料理、へた、になったな。



すげぇ、不格好」




「知ってるよ、はは・・・・・・・・・・」




涙がそれでも止まらない、話したい、もっともっと、


裕樹と話したい。






「アニキ、


早く結婚しろよ」



「なんだよ、そんな心配すんな。

これでもモテるんだからなー」




「知ってるよ・・・・・・・・・・俺のせいで、好きなやつに告白、された、のに、ふったこ、と。


忙しいから、なんて、いって、ふったんだろ。



もったいないよな」




「な、なんでそれ」




「俺の隣で、寝ながら、泣いてた、やつどこの、どいつだよ」




「な!?」






「はやく、


結婚しろよ・・・・・・・・・。


奥さんは・・・・・美味くて、愛情、が、こもった料理作れて、


いつも、笑顔な、ひと、にしろよ。





幸せで、けんこ、う、な、



家庭つくってよ。





お兄ちゃん・・・・・・・・・・





今まで、笑えなくて・・・・・・・・・・ごめんな、さい。






お兄ちゃん、



まい、にち、まいにち、お見舞い来て、くれて、



ありがとう。





幸せになって・・・・・・・・・・」








「裕樹!」







涙が溢れた。



初めてこんなに、泣いた気がした。







暗い家、電気をつける勇気などなかった。





俺は一人、不格好な塩おむすびを口に運ぶ。

何個も握ったおむすびを無造作に口に放り込んだ。



「ごほっ、ごほっ・・・・・・・・・・




しょっぺぇよ・・・・・・・・・・




裕樹、



こんなに塩おむすび、一人でたいらげろ、



っておまえ、言うのかよ」






いつもの塩おむすびより、しょっぱい気がした。






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