第7話
もちろんそんなことできるはずがなかった。
僕は確かに人の未来を見ることができる。でも、それは自分が見たいと思って指定した人ではなく、今まで関わったことが無い他人の未来だった。しかも、見たい時に見れるものではない。一昨日の鉄柱落下と昨日の蛍光灯落下も突然脳裏に映し出されたのだ。
そして、毎回「人が死にそう」な未来だった。鉄柱や蛍光灯が頭に直撃したら助からないことは僕でも分かる。実際には頭にぶつかる前に映像は終わるのだが、そういう未来が見えてしまう僕にとっては、少しもの救いだった。
何て言って断ろう…。僕はクラスメイト達の爛々と光る目をチラリと見て、頭をうなだれてそのことばかり考えていた。ここは正直に言うべきか、それとも…。
「ねぇねぇ、勇樹くんのこと助けたんでしょ? 将太くんってすごいね!」
髪をきゅっと後ろに束ねたポニーテールの女の子が興奮したように言う。ポニーテールは机を叩いた時に大きく揺れ、まるで馬の尻尾のようだ。
「ね、すごいよねー!」
「将太、お前やるじゃん」
「もしかして超能力使えるの?」
「ヒーローじゃん!」
クラスメイト達は興奮した様子で鼻や口を大きく開き、僕を置いてけぼりにして話が盛り上がっていく。
こうやって僕が話題になってクラス中が盛り上がることが今までに一度もなかった。勇樹にいじめられ、それに便乗するかのようにクラス中が僕を敬遠していた。自分から話しかければ一応会話はしてくれるが、明らかに勇樹の顔色をチラチラと伺いながらだったので、僕はどこかしらから来る苛立ちと罪悪感で、一学期の半分が終わった頃には話しかけるのをやめた。それからというもの、僕の存在が透明になった。
「う、うん」
小さな声でそう呟くと、みんなの顔が一気にパッと明るくなった。
「やっぱそうなんだー! すごいね」
「ねぇ、私の未来見てくれない!?」
「あ、僕も僕も」
「おい、ずりーぞ! 俺が一番な」
口々にそう言い、今にも喧嘩が始まってしまいそうな勢いだった。
僕を中心に話が広がっている。僕の取り合いが行われている。僕なしではこの会話は生まれない。僕が必要とされている。「今クラスの中心は僕」だ。
身体がぶるりと震えた。快感に近い感覚を脳で感じ、手足に痺れるように伝わっていく。宙に浮いているかのような感覚に僕は酔いしれた。
「いいよ。順番ずつね」
そう言うとクラスメイト達は頷き、じゃんけんをして不揃いな列を作った。一番最初は勇樹だった。勇樹はニヤリと笑うと
「んじゃ、お願い」
と言って、僕の机に背を向けて座った。
僕は目をつぶり勇樹の未来が見えないか試してみたが、やっぱり何も見えなかった。このままでは怪しまれてしまうと思い、ブツブツと小声で
「キャン・シィー」
と言ってそれっぽい雰囲気を醸し出した。それを言っただけで本当に見えている錯覚に陥り、映像が流れ出す。でもそれは、僕が勝手に想像した未来の物語だった。
「ふぅ…。勇樹はね、中学校に行ったらサッカー部に入っていて、女の子からモテモテだったよ」
「お、まじか」
勇樹はまんざらでもない様子で机からぴょんっと軽やかに降りると、黒光りしたランドセルを持ってこう言った。
「どーも」
勇樹はぶっきらぼうにランドセルを肩にかけて、教室を出て行った。その後ろ姿はかっこよかった。
女の子達はお互い目配せをし合い、コソコソと何か話している。きっとみんな勇樹のことが気になっているんだろう。
なんで僕が的外れのことを言わなかったかというと、勇樹がサッカーチームに入っていることを元々知っていたからだ。それに加えて大層なことを言わなければ、もし少し未来が外れてしまっても相手は何も思わないだろう。その時の僕は考えが浅く、僕が人の未来物語を語ってしまうことで、その人の未来を変えてしまうことなんて想像もしていなかった。自分の未来を言われた人は、その素晴らしい未来に沿って人生を歩もうと心掛けてしまう。僕は決して不幸な未来は言わなかったのだ。
それ以来、終礼が終わると僕に未来を見てもらうのがクラスの習慣になった。いつも1つの未来しか僕は言わないので、何度も未来を見てほしいと頼む子もいた。僕は快感に浸っていた。人の役に立つってどんなに素敵なことで、素晴らしいことなんだろう。手助けをしている感覚で僕はどんどん自分の作った未来物語を語っていった。
そんなある日、ある女の子が僕のところに来た。その子は見覚えがあった。僕が勇樹の未来を見る前に話しかけてくれた子だった。夏だというのに、むき出しの白い腕や足が光に反射している。腕には赤いかさぶたが何か所もあり、膝には青黒い痣があった。おかっぱ頭のその子は、昔の人みたーいと女子からからかわれ、いじめには至ってないが良い扱いは受けていなかった。
そういえば、今まで1回も僕に未来を見てもらったことがなかった。女の子は僕の机の周りに群がるクラスメイト達の端にぽつんと立っている。今日は一番人が集まっている日だった。初めはみんな並んでくれたが、もうそんなことはお構いなしにみんなは思うがままに未来を見てくれと口走り、最近はどこかから聞こえてくる声を必死に聞いて未来を言っている状態だった。正直言って、顔を確認しないで誰かわからない未来を言っている時もあった。いつも内容は大したことではないので、別にいいと思った。
「私の…未来見てください。今日は家に帰ってもいいかな?」
か細い女の子の声はかすれており、懇願するような黒目は僕を真っ直ぐに見つめていた。
その日は雨が静かに降っていた。