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第2話

 次の日、僕は重たい身体を持ち上げて、学校へ向かった。母親はもう出勤しているらしく、テーブルの上には冷めた目玉焼きがぽつんと置かれていた。吐き気が治まっていない僕は食べる気にもならず、冷蔵庫にそれを押し込んできた。


 冬の登下校はとにかく寒い。破れかけている手袋と、生地が薄いマフラーをしても、気休め程度にしかならなかった。気怠い僕の身体を太陽がほのかに暖める。学校が近づくごとに、寒気が増してるのは明らかだった。


 学校に着くと、僕は教科書をランドセルから引っ張り出し、机にしまおうとした。すると、手の先にチクリと何かが刺さる。驚いて手を引っ込めると、血がじわりと滲んでいた。机の中を覗くと、そこには鉛筆が芯をこちらに向けて何本も入っていた。


「今度は鉛筆か」


 この前は机の上にマジックで落書きがされていた。あることないこと書かれ、終いにはノートにぐちゃぐちゃとマジックが塗りたくられていた。真っ黒になったノートは、その日にゴミ箱に捨てた。


 くすくすと押し殺した笑い声が教室のどこからか聞こえてきた。僕は吐き気がして、トイレに向かって走る。その姿を見た誰かが


「きったなーい」


 と言っているのが聞こえた。


 

 トイレから戻ってくると、すでに授業が始まっていた。先生は僕を一瞥すると、


「祥汰ー大丈夫かー」


 と間延びした声をかける。先生は気遣って言ってくれているようだけど、その何も知らない気遣いが僕には残酷だった。教室がざわめき、僕を見て見ないふりをした。


 僕が椅子に座り、机に突っ伏した瞬間、突然脳裏に閃光が走った。昨日と同じ感覚がして、ぱらぱらと情景がスライドされていく。僕の身体がビクンッと少し跳ね上がる。

 

 それは、僕をいじめている、この教室の親分的存在の剛樹(ごうき)が校庭で遊んでいるときに、頭上に花瓶が落ちてくるというものだった。剛樹の頭に花瓶がスローモーションのように近づいていく。どんどんと近づいていく花瓶は不気味に赤く光っている。

 

 あと一センチ余りというところで、僕は机から顔を上げた。冬だというのに汗が滴り落ち、息遣いが荒い。脳に響くような頭痛がした。


 また……また見てしまった。嫌な予感がする。昨日と同じ最悪の出来事を。何とかして助けないと、剛樹あのままだと死んじゃうかもしれない…。


『でもさ』


 心の中で突如聞き知った声が響いた。


『剛樹がいなくなればさ、君もういじめられなくなるんだよ?こんなチャンス滅多にないけどいいの?助けたら、またいじめられるんだよ。それでもいいの?』


 反響する僕の声がうるさく鳴り響く。 


「…確かに、そうかもね」


 そうボソリと僕は呟く。勝手に口が動き、自分のものではないみたいだ。


『そう思うだろ?だったらさ、このまま見過ごせば』


 僕の低い声がずんっと重く響き渡る。心は重く、ずぶずぶと沈んでいくようだ。


「起立!」


 突然、そう号令をかけられ、僕ははっとして立ち上がった。


『ほら、もう見過ごすに決定ね』


 その声が再び聞こえ、僕は自然とこう叫んでいた。


「だめだよ!」


 みんなは驚いて僕の顔を見た後に、口々に何か言いながら睨み付けた。



 昼休み、僕は校庭に遊びに行こうとした剛樹に近寄ると言った。


「ご、剛樹…校庭で遊ぶのやめたほうがいいよ」


 剛樹は想像していた通り、僕に話しかけられたこと自体が屈辱らしく、舌打ちをした後にぶっきらぼうに言った。


「なんでだよ」


「あ、あのさ、何となくだけど悪いことが起こる気がするんだ」


 僕は未来が見えることを、なぜか他の人に言ってはいけないような気がした。言ってはいけないというか、言わない方がいいというか。これを言ったってどうせ信じてもらえないだろうし、話がこじれるのも嫌だった。


 剛樹は素直に頷いたかと思うと、仲間と肩を組んでこう言った。


「お前さ~頭狂ったんじゃね?」


 そう言って、剛樹はボールを持ちながら仲間と校庭に出て行ってしまった。まずい、このままだと本当に最悪の事態になってしまう。いじめてる奴を助けるのは、やっぱり気が引けるけど、あれはあれ、これはこれだ。


 僕は足が速い剛樹を必死に追いかけ、木に隠れながらしばらく様子を見ることにした。誰も僕に気付いていないらしい。


 ドッジボールが始まった。ぞくぞくと剛樹が投げたボールが内野に当たり、みんな外野に追いやられてしまう。とうとう、剛樹一人だけがコート内に残ったのだった。


 突如嫌な予感がした僕は、校舎を見上げた。そこにはぐらぐらと不安定に揺れる赤い花瓶がそこにあった。やっぱり思った通り、僕はまた未来を見てしまったわけだ。剛樹は気付かずにボールを軽やかに避けている。


 すると、風が勢いよく吹き、花瓶がぐらりと大きく揺れ、真っ逆さまに剛樹の頭目指して落っこちてきた。僕は瞬時にそれに気付き、剛樹に駆け寄って思い切り体当たりをした。剛樹は尻餅をつき、突然のことで何が起こったか理解していないようで、ただ瞬きを繰り返してるだけだった。その直後、花瓶がバキンッと音を大きく立てて、剛樹のすぐ傍に落ちて割れた。あっけにとられている剛樹に、僕はこう言い放った。


「だから、言っただろ」


 花瓶の破片は陽光に反射し、きらめいていた。冬の寒さが身体にじんわりと染み渡った。

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