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嘘、再び

9月に出産したのだが、当初の予定では生後1ヶ月になる10月にはコウイチの待つわが家に帰るつもりだった。しかし想像以上に子供の世話が大変だった事と、母がもっと実家にいていいと言ってくれた事で11月の終わりに帰ることになった。

母はゆうとを溺愛している。何をしても可愛い可愛いと繰り返し、ずっとこっちにいなさい、帰らなくていいと冗談を言っていた。父もゆうとを可愛がってくれている。妹達も、祖父も祖母も叔母も、皆でゆうとを代わる代わる抱っこしたりあやしたりしてくれて、母親の私は家族がいれば子守をしなくて良いので楽だった。

子供の成長は早い。標準より痩せっぽちで小柄だったくせに、一ヶ月で体重が1.5倍まで増え、産院の一ヶ月検診では女医が顔が変わり過ぎだと笑っていた。

少し間を置くとみるみる大きくなって、別人のようになってしまう。成長をコウイチに見せてやれないのが残念だと思って出来る事なら早く帰りたかった。


生後3ヶ月を迎える数日前に父と母は私を車で送ってくれた。本当に親とはありがたい限りである。

久しぶりに会うと照れ臭いものであったが、こうして親子3人の生活が始まったのであった。




コウイチは

「何でも出来る事は言って。食料品買いに行ったり、家事したり、何でもするから。」

と言ってくれたが、気持ちだけ有り難く頂戴する事にした。

洗濯物を干せば、はたかないのでヨレヨレに仕上がる。タオルや下着なんかは靴下の様に洗濯バサミで角一カ所つまむだけなので乾くと大概バリバリになっている。

食器洗いをすれば油汚れがうっすら残っていたり、排水カゴからゴミが溢れていても放置して終わったと言う。

炊事に至っては怖くて頼めない。一応飲食店に勤めてはいるが家庭料理は作った事が無いと言っていたからだ。

こうも中途半端で「やったよ!やってやったよ!」という顔をされるのは杓なので、家事は私がやると決めてゴミ捨てだけやってもらう事にした。

大体、コウイチの出勤時間は朝の9時で、23時近くに疲れて帰ってくるのに家事を押し付けることは出来ないと思った。


一人でゆうとの世話をしながら家事をするのは少し手を焼いた。寝たかと思ったらすぐに起きて泣く。一度泣き始めたら抱いてもおっぱいをあげてもなかなかおさまらない。

寝ている間に急いで洗濯機を回し、掃除をして洗濯物を干して、ご飯の準備を…と思った所で起きるのが殆どだった。白ご飯だけで食事を済ます日もあった。おかげでみるみる痩せてくれてある意味産後ダイエットと言えたかもしれない。

コウイチは帰宅すると

「今日はゆうとはどうだった?」

と必ず聞く。今日はこんな事したら笑ったよ、とか、こんな風で面白かったよ、と話すのが日課になった。

その度に

「いいなぁ、俺も見たかったなぁ。」

と漏らすので、少し可哀相になった。飲食店で働く以上長時間の拘束は仕方ないのだ。色々な店舗があるが、レストランは大低12時間勤務が当たり前だと店長もコウイチも言っていた。

そんな中、少なからず父親として子供の成長を喜んだり、私に協力してくれようとする姿勢を見せてくれるようになった事が嬉しかった。

しかし、私は子供の世話と家事の両立にだんだん疲れて行った。買い物に行くのは車のない私には一苦労だったし、夜泣きして起こされてもコウイチは起きてすらくれない。ゴミ捨ても言わなければしなくなったし、靴下は脱ぎっぱなし。食べた後の茶碗もほったらかし。言わなければ何もしてくれない。育児の疲れというよりどんどんコウイチへの不満が溜まって行った。

しかも夜に泣き始めたゆうとをあやしていると、隣の住人が壁を叩く音が聞こえた。近所迷惑だとは思っていたが、まさかあからさまに訴えてくるとは思っていなかった。それからは夜中に泣き出すのが怖くて、泣こうとしたらベビーカーに乗せて近所をうろつく事にした。



こんなに一人で子供の世話をするのが心細い事だとは思っていなかった。家族がいなければ友達もいない。いらつきと淋しさで精神状態が不安定になっていった。



コウイチには悪いが、いらいらするあまり無視をしたり酷い口調になった事が何度かある。でもそれはさっき言ったようなコウイチの行動が原因だ。


どんどん二人の仲が険悪になっていったある日、私のいらいら攻撃に、とうとうコウイチも反撃に出たのだった。

その日はコウイチは休みだった。なのでゆっくりと家族で過ごそうと思っていたのだが、コウイチは正午過ぎても起きて来ない。せっかくの休みなのにと思ったが、疲れているのだと思い放っておいた。ゆうとをいつもの様にあやしたりして時間を潰していた。

コウイチは昼の3時位に起きて来てゆうとと少しだけ遊ぶと、「店に用事があるから行って来る」と言って出掛けてしまった。

夕飯はどうしたら良いかと電話をかけたが出なかった。ばらくしてコウイチの方からかけ直してきたのだが

「ごめん、今忙しくて手伝ってる。少し遅くなるかも。」

と言うのだ。

結局コウイチが出勤の時と代わり映えのしない一日となった。

にしても帰りが遅い。もう9時を過ぎている。店長は休日の従業員をこんな時間まで手伝わせたりはしない。

おかしいと思い、財布をみるとまた、やられた…。

あんなに前回きつく言ったのに。コウイチの心には何も届いていなかったのか。あの時次は無いと言った。離婚すると言う意味だと分かっている筈だ。それなのにこんなに早く約束を破るなんて、離婚になっても良いと思っているとしか考えられない。


たった一万円。

たった一万円で家族を失うとは考えられないのか。

怒りは湧かなかった。信頼を裏切られた虚しさだけしか感じない。

もう沢山だ。

私は母に電話を掛けると事情を告げ、実家に帰ると言った。

母はそれに了承してくれて迎えに来てくれる事になった。電車で帰るつもりだったのだが、ゆうとがぐずったら大変だからとわざわざ来てくれる事になった。ごめんねと言うとそれよりも私の事の方が心配だと言ってくれた。母の優しさに泣きそうになったがなんとかこらえて電話を切った。


コウイチが帰って来たのは夜の10時過ぎだった。ゆうとは眠っていた。

コウイチは黙っている。

「お金、また抜いたでしょ。」

「うん…。ごめんなさい。」

「約束したよね。」

「…。」

「お店に行くって嘘ついてパチンコ行ったんでしょ?」

「嘘ついてない。店には行った。その後パチンコにいった…。」

「そんなのどうでも良い。結局パチンコに行ったんじゃん。私、実家に帰るから。」

もうコウイチに話す事はない。コウイチも何も言ってくれない。

私はゆうとの隣に横になって、眠れない夜をすごした。多分、コウイチもそうだと思う。



翌日コウイチが出勤した後、出来る限りの家事をし、コウイチの晩御飯の用意をして手紙を書いた。


『実家に帰ります。もしもまだやり直したいと思うなら謝りに来て。』



甘いと分かっている。しかし、事あるごとに離婚を持ち出す私もまた、一人で子供を育てる勇気はないのだ。謝りに来てくれて、とにかくこれ以上こんなことを繰り返さないと約束させたい。家族を失う危機感を味あわせれば、変わってくれるかもしれない。もちろんまた同じ事が起こる可能性の方が高い。約束してもしばらくはコウイチの行動ひとつひとつを疑う生活になるだろう。それでも私はコウイチと二人でゆうとを育てて行きたかった。一人は怖いから。



出来る限りの荷物を抱え、私は実家にまた帰った。実家から戻ってからまだ1ヶ月も経っていない、12月半ばの事だった。

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