淋しさと我慢
義母もまた孫の誕生を喜んでいた。別れ際には、今度は私の実家に遊びに行きますと言っていたと母から聞いた。母は
「別に来てもらっても何もないし困るんだけど。」
と迷惑そうに言っていた。母も私と同じく義母の事をよく思っていない。私が義母の愚痴をこぼすからなのかも知れないが、結婚式の親族の件を考えれば当然だろう。
妊娠した時、私は家族への報告を電話で済ませた。実家にコウイチと帰り、二人で結婚する事を話すべきだったのだが気恥ずかしい事もあって挨拶には行かなかったのだ。それに腹を立てたのが父。結婚するんだから直接挨拶に来るのが常識だろうと言っていたと母から聞いた。それを聞いてコウイチは直ぐさま「次の休みの日に実家まで挨拶に行きます」と父に電話してくれた。私は仕事で休めなかったのでまた今度にしようと言ったのだが、これ以上先伸ばしにしてはいけないからと言って一人で行った。
「こういう事は最近からきちんとしなきゃいけなかったんだ。ユナの両親にも失礼だった。」
心細いだろうにその気持が嬉しかった。それを聞いた義母が信じられない発言をする。結婚前の両親顔合わせの時に誇らしげに、
「一人で挨拶に行くなんてうちの息子は根性が据わっている。」
これには場の空気が凍りついた。どうしてこう言って良い事といけない事の区別が付かないのか…。そこはポーズでも、
「うちの息子がやらかしてしまってすみません」
くらいの事を言って欲しかった。
それから義母のことを父は「変わり者」母は「常識知らず」と呼ぶようになった。
子供の名前はは生まれる前から”ゆうと”と決まっていた。病室にゆうとと二人きりになった時は、ひたすら泣いていた。悲しかった訳ではない。小さな命を目の前にして、生みたくないなんて一度でも思った自分が許せなくなった。なのに、私を誰より必要としてくれてありがとう。私の元へ生まれてきてくれてありがとう。強い母親になるからね。何があっても負けない。そんな気持ちだった。生まれて始めて感じた母性本能だった。
母乳の出が良くゆうとの体重は順調に増え、無事退院日を迎えることが出来た。
翌日はコウイチがまた私の実家に来てくれて家族団らんの時間ができた。自覚はまだ無いだろうが父になったコウイチ。抱く仕種もギコチないけれど、家族が出来た事が本当に嬉しいようで何枚も何枚も写真を撮って現像していた。職場の人に見せると張り切っているコウイチを見て幸せを感じた。こんなに幸せで大丈夫なのか?反動が来るのでは…少し心配になった。
コウイチとは毎日メールのやり取りをしていた。全くたいした内容ではないが、遠く離れているのでコミュニケーションを取るにはメールが1番だった。
そんなある日
「ごめんなさい」
とだけ打たれた一通のメールが。またパチンコに行ったのか…。離婚を覚悟した。が、次に来たメールが
「我慢できなくてプレステ3買いました。」
だったので安堵した。と同時に呆れた。息子が生まれて金が必要になるのに、何も相談なしに買うなんて。中古とはいえソフトは2本も買って、合わせて3万円使ったと。やはりまだ自覚が足りない。出産したあと外出が出来なくて、口座から金を下ろす事が出来なかったのが失敗だった。親に頼んででも引き落としておくべきだったと後悔した。コウイチは
「一人で淋しくて我慢出来なかった」
と言った。それを言われるともう何も文句が付けられない。だが、これからもっと我慢しなければいけない事が増えるのに本当にコウイチとやっていけるのかとまた不安になった。
産後一ヶ月を過ぎ床上げを済ませ、外出も出来るようになった。真っ先に銀行に向かった。口座には殆ど金は残っていなかった。このことを問うと
「毎日一冊ずつ好きな本を買ってたら金がなくなった」
とまたふざけた答えが返ってきた。
いい加減にしてくれ。
こんな事がありすぎて何を言ったか覚えていないが、もっと自覚を持つように頼んだ気がする。
コウイチは私が怒った意味がわからないというようで、不服そうに電話口で「でも」「それは」などと繰り返していた。それにまた腹が立った。
何故こんなに私ばかりが金の心配をしなければならないのか。私が金、金とうるさ過ぎるのか?もっと楽観的に考えていいものなのか?
コウイチの給料では、切り詰めないとどうやっても親子3人で生活するのは無理なのだ。それをどうやったら分かって貰えるのか…。
そんな日は来ない気がする。