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離婚危機、そして出産

 義母を駅のホームへ見送り外にでると、もう日が暮れ始めてていた。どこにも寄らず二人で歩いて家に帰った。並んで歩いているのにコウイチは何も言わない。それに腹が立って私も何も話しかけなかった。


 妊娠が発覚した時、私は生むのをためらった。まだ若かったし自由にしていたかったからだ。それにコウイチが頼りなかった。付き合い始めた当初から同棲していたのだが、悪い所ばかりが目に付くようになっていた。ギャンブルはする。欲しい物は買わずにいられない。家事も手伝わない。二つバイトを掛け持ちしている私が遅くに帰って食事を作るのが当たり前。

 また両親の不仲を見て育った私には結婚が良いものとは思えなかったということもある。いつかはこの人と結婚するだろうと思っていたが、いざとなると躊躇してしまった。

 そんな私を、パチンコもタバコもやめるから、良い父親になれるように頑張るから生んでくれ、と説得したのはコウイチだ。

 この時、母子家庭で育ち寂しい思いをしてきたコウイチに家族を作ってあげたいと思った。確かに今まではダメ男の限りを尽くしてきたが、父親になれば変わってくれるに違いない。信じようと思った。

 だが、私は覚悟を決めたのに、コウイチは嘘はつくし約束は守らない。


 こんな事を繰り返すのならいっそ…。



 家に着いて早々にコウイチは寝室に閉じこもった。嫌な事があるとこうして別の部屋に逃げるのがコウイチの常套手段だ。

 コウイチが閉じこもってしばらくは、怒りで何も考えられなかった。コウイチが寝室から出て来る気配はない。何で謝りにも来ないんだ。

 痺れを切らした私は口座から引き落としておいた7万円と、コウイチの通帳を手に握り寝室へ向かった。

「もう好きにして」

そう言って金と通帳を投げ付けた。ハラハラと舞い落ちる万札の向こうにベッドに腰掛けて青ざめたコウイチがいた。

「自分の好きにしたらいいよ。そっちの方が楽でしょ?私、実家に帰ったらもうこっちには帰って来ないから。」

「ごめんなさい。」

コウイチが立ち上がった。

「こんな風に、一生お金の事でいらいらしたくないもん。それなら苦労しても子供は自分一人で育てた方が良い。」

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

コウイチは私の腕を掴んで何度も謝る。

「ごめんじゃないよ!自分で約束した事守れないような奴とはやっていけない!」

「もう行かない!もうしない!」

ここでコウイチがおろおろと泣き出したので少し怯んでしまった。

 ここで許したらまた同じ事を繰り返すかもしれない。だが子供が生まれたら今度こそ変わってくれると信じたい。信じてあげなければと思った。泣いているコウイチを抱きしめて

「もっとしっかりしてよ。自分が言った約束を自分で破らないで。父親になるんだよ?」

まだぐずぐずと泣いているコウイチの背中を諭すようにぽんぽんと叩いたが

「もう行かない、もう行かない。」

とパニックに陥ったように繰り返していた。

「次はないからね。今度こんなことしたら本当に離婚する。」

最後にもう一度脅しをかけた。これだけ怖がらせればこんな事は二度と起きないだろう。



 目が開けられない程に日差しが降り注ぐ8月上旬。妊娠9ヶ月目を迎え私は実家に帰った。

 うちは8人家族で私は3姉妹の長女だ。昼間は夏休みで家にいる高校生の妹と家事をし、夜は母や祖母と運動のため近所を歩いたりした。久しぶりの我が家にホッとした。

 コウイチには悪いが、コウイチといるとあまりにもいらいらする事が多かった。


 実家ではただ笑ってのんびりと毎日を過ごせた。その甲斐あってか、初めての出産なのに看護婦達が驚く程の安産だった。出産直後、看護婦が分娩台に寝ている私の横に子供を連れて寝かせてくれた。じっと私を見つめる瞳が印象的だった。弱々しくて、小さくて、守ってあげなければ、と思わされた。生まれたばかりの子供とは想像以上にグロテスクなものなのだが、それでもこれが我が子なのかと思うと可愛いと感じるから不思議だ。

 病室に戻ると家族が待ってくれていて、出産を祝ってくれた。父はコウイチと義母を駅まで迎えに行っているとのこと。

 コウイチには破水した時に私から連絡をしていた 。しかしその日は出勤だった。責任者のコウイチと店長は、交互に休みを取り合っている。シフトが出ている以上仕方なく職場に行くと、休みだった筈の店長が店に書類を取りに来ていたらしい。お産が始まった事を伝えると「今すぐ行け」と休みをくれたのだそうだ。それで急遽義母を呼び出し、電車でこちらの病院にむかってくれたのだ。

 予想を遥かに上回る安産のおかげで出産には間に合わなかったが、コウイチは子供の顔を見るとなんとも言えない嬉しそうな顔をした。愛しげに我が子に触れる姿を見て私は安心した。


きっと、私達は大丈夫。


しかしコウイチの甲斐性のなさはここから本気を見せるのだった。

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