支払いと法事
想像していたよりも結婚式は楽しかった。というか、コウイチが仕事を休めずほとんど私が準備したので、終わった時は感動というより達成感に近いものを感じた。まるで体育祭を終えた後のような。
ともあれ、式を挙げて良かったと思えた。ある意味義母に感謝すべきなかも知れない。
しかし式を終えてまた金の問題が私にのしかかる。
結婚式とは、幸せな時間を過ごす代償に少なからず費用がかかる。赤字を出さないためにはそれなりに人数を呼ばなければならない。
私の家族や親族は14人の方が来てくれた。有り難い事である。しかしコウイチ側の親族は義母含め4人。しかも一人は子供。招待状で出欠の確認をしていたので少ないのは分かっていた。が、実際に人数を目にしてみると余りにも少ない。親族顔合わせの時には少し気まずい雰囲気が漂っていた。
義母の再婚や離婚のせいでコウイチは引越しが多かったという。そのせいか友人がいない。結局出席して下さったのは全員で35名程だった。
当然祝儀でまかなうことが出来ず赤字が出た。45万円……。私の貯金から払った。前年の引越しや健康保険・国民年金の支払い等、出費がかさんだため残りの蓄えはほぼ無いに等しくなった。
一年以上社員で働きながらアルバイトを掛け持ちして貯めた金だったが無くなるのは一瞬。なんとも虚しくなったのを覚えている。
式を挙げたのが5月。この時妊娠6ヵ月。式が終わり落ち着いた頃、金が無くて新婚旅行に行けない私達を私の両親が日帰りの旅行に連れていってくれた。ここまで親に甘えていいものかと気は引けたが、有り難く連れていってもらうことにした。二人きりではなかったが楽しい時間を過ごせて、子供が生まれたら色々な所へ連れて行ってあげたいと二人で言い合った。
旅行が終わり帰りの電車を待つホームでコウイチは義母に
「遊びに行ったからお土産を持って行く」
と電話をしていた。なのに突然、
「うるさい」
と言って電話を切ったのでなにがあったのかと聞くと
「よくそんなお金あったねって言われた。」
とのこと。
いいえ、お金が無いから両親に連れて行ってもらったんですが…。
「そういえば、式の前にお金貸してって言ってきたのどうしたの?」
気になっていたことを聞いてみた。「貸してないよ。お金無かったし。」
「えっそれでいいの?」
「いいよ、別に。いつもの事だから。」
それ、もしかして私が貸すなとコウイチに指図しと義母は思ってるんじゃ…?
だとしたらさっきの発言は嫌味のつもりだったのでは?
考えない様にしてもこれからの結婚生活を思うと先が思いやられた。楽しい旅行だったのに最後の最後で最悪な気持ちになった。
7月。妊娠8ヵ月。夏真っ盛り。もともと暑がりな質なのに、連日続く猛暑は大きな腹を抱える私には余計にこたえた。そんな中コウイチの祖母の十三回忌の法事があり、親族が集まるから顔を出しなさいとの連絡があった。
面倒だと思ったがこれも嫁の仕事と勇んで臨んだ。
マタニティ用の黒パンツに、白いタンクトップの上から黒の長袖カーディガンを羽織った法事に相応しい服装で向かったのだが、ここで義母のトンデモ行動が。
コウイチの実家に義母を迎えに行った際、まだ時間があるので少しお邪魔することになった。今日も暑いですねと言う私に
「長袖だからよ。これ来なさい。」
と言って黒のワンピースを当てがった。サイズは大きいし、デザインも義母が着るようなオバサマ向けと言うか……。
え……っ。仕方なしに袖を通し、胸元の大きなボタンを留めた所で義母が
「調度いいわね」
笑って満足げに
「それ来て行きなさい」
そう続けた。
嘘でしょう…これを着て行けと?もう帰りたかった。だがそんな勇気は無いのでその格好で法事のある寺に向かった。
コウイチの親族に会うのは初めてだったのだが、ここでまたショックを受ける。20人近い親族が集まっているではないか。こんなにいるなら何故結婚式に招待してくれなかったのか…。このとき義母が5人兄弟であることを知った。
小柄で太っている義母は、身長163センチの私と較べると頭一つ分以上背が低い。初めて会った時は驚かされた。というのもコウイチが178センチと割と長身なので、無意識に義母も背の高い想像をしていたのだ。いつ会ってもショートカットのくせ毛は整えられていない。まばらに見える白髪のせいか、化粧っ気がなくあらわになった皺のせいか、かなり老けて見える。前歯が何本か欠けていて、括舌もしっかりしない様から60台半ばかと思いきやまだ56歳だと言う。同じくコウイチも服や髪を余り気にしないのは血筋なのか?と思っていた。しかし、義母の姉達は清潔感があり言葉使いも上品でどうみても義母よりも若く見えたし、兄は大手製造メーカーの重役だったという話だ。義母は兄弟の中で浮いている。挨拶をして回りながらそれがはっきりわかった。
義母の姉が、
「結婚式挙げるんだったら知らせなきゃ駄目じゃない」
と義母を叱っていた。
ただ連絡していなかっただけなのか…。とまたショックを受けた。ショックな事と言えば他にもあった。
法事といえば費用がかかる。こちらも包まなくてはならないだろうとコウイチと話し合った。ネットで調べたりもしたがどのくらい用意するものなのか相場が解らず、義母に連絡をとって聞いてみる事にしたのだが、これが失敗だった。
義母は今五千円しか持っていないというのだ。それを知ってしまったからには、義母の分も私達が包まない訳にはいくまい。一人当たり一万円とふんで、三万円。二万円でも厳しいのに、予想外の痛い出費だった。
更にどのタイミングで渡すものかとも悩んだが、法事が終わった直後にコウイチに目配せし、伯父の元へと向かわせた。すると、包みを差し出したコウイチに
「お金はよかったんだよ、ごめんね、わからなかったよね。」
と伯父が言ってくれたので3万円は手元に残った。地域によって風習が違うらしい。今回はお土産やお菓子などを用意している親戚がほとんどだったので私達は何も貢献出来なかった。だがそれならそうと何故義母は知らないのか?兄弟なのだから事前に連絡を取り合えばいいものなのに。義母ら兄弟の中には何か溝があるのだろうか?
法事を終えて会食会場に向かった。会場は観光地のホテルだった。名古屋や大阪など各地から集まっているので親族達は会食時間まで観光に出ると言う。私とコウイチと義母は居ない者の様に扱われ、親族達は意気揚々と姿を消していってしまった。私達は2時間以上の時間をロビーで潰すこととなった。
ここでまたショックを受ける事が起こる。
ロビーには土産売り場やユーフォーキャッチャー、駄菓子屋などが並んでいるのだが、何を思ったか義母はおもむろに立ち上がると、ユーフォーキャッチャーの台へと向かった。
そして何度か遊んだ後、誇らしげに景品を手に持って帰って来た。
あのー、5000円しか無いって言ってませんでしたっけ。
義母は嬉しそうだったが、私はその景品(ワン〇ースのキャラクターの小さい枕)を会食会場に持って行く義母の姿を想像して恥ずかしくなった。義母は立派な老人…とはいかなくとも、56歳と聞けば分かるように良い年齢だ。親族らはどんな目で見るのだろう考え、また帰りたくなった。
その後、そのユーフォーキャッチャーに遊びに来た宿泊客の子供に
「これあげる」
と渡そうとするが断られている姿を見て帰りたい気持ちは本当に強くなった。
大してほしくもないものを捕るなよ!あんたが金がないと言ったからこっちは準備したんだぞ!?
と、声を大にして言ってやりたいのを我慢した。元々不信感まみれの義母に対しさらに不信感が募ってゆく…。
結局景品は義母が親族から貰ったお土産の袋の中に納められ、会食会場へと持ち込まれたのだった。相変わらず義母は浮いていたが会食は滞りなく終わりホッとした。
家に帰ると
「ユナDS買いなよ。無くなる筈のお金が残ったんだからそれくらい良いよ。一緒に対戦しようよ。」
とコウイチが勧めてくれた。
言葉使いが悪くなったり態度が大きくなったりと、外では強がっているコウイチだが、ひとたび家に帰ると別人のようになる。甘えた声で喋り、子供のようにはしゃぐダメ男に変身するのだ。それを可愛いと思う私もどうかと思うが、付き合い始めた頃からの習慣なのでもう何も言わない。たまに、この様子を職場の人がみたらどう思うかと想像して笑うくらいだ。 別にDSを欲しがった事はないのだが、コウイチが対戦したがっていることもあって早速中古ゲーム店に行き、真っ赤なカバーのものを買った。この時妊娠後期で仕事を減らしていたため空いている時間が多かったので、よしこれで暇つぶしが出来るぞ くらいにしか思っていなかった。
これが大きな後悔を呼ぶ事になるとは思いもよらなかった。