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諸悪の根源と誕生会

家に帰り、早速コウイチに電話をかけさせた。ゆうとがぐずって泣いていたのでベランダに出て話していたのだが、

「母ちゃんが謝りたいって」

戻って来てケータイを持たせたので、コウイチにゆうとを抱かせて電話に出た。

「ユナちゃんごめんね、本当にごめんね」

「あ、いえ……」

「来月絶対に返すから」

「はい、わかりました……」

「本当にごめんね、はい、それじゃ」

本当にごめんねって思ってますか?

全く誠意を感じなかった。

これはさすがに作り話だろうと思った方もいるかもしれないが、安心されよ。全て実話だ。取り立てる私の方が悪者なのかと思わされるような口ぶりだった。電話を切った後、私もコウイチも言葉が無かった。

「ごめんね……」

コウイチが呟いた。

「コウイチは悪くないよ……」

 そう、コウイチは悪くない。義母こそが諸悪の根源なのだ。コウイチに小学校を休ませて朝からパチンコの台を取るため並ばせたり、高校生の時には熱が高くて寝込んでいるのにパチンコから帰って来なかった話を聞いていた私は、義母に嫌悪感どころか憎しみの念さえ抱いた。義母の影響でコウイチはギャンブルに手を染めたとしか思えない。コウイチの金使いの荒さ、異常なまでのパチンコへの執着は義母のせいだ。私がこんなに毎月毎月金の苦労をするのも全て義母のせいなのだ。少々大袈裟かもしれないが、そう考えても無理はないと思わないだろうか。



ゆうとの初誕生のお祝いをするため、八月下旬に両家族が我が家に集まる事になった。ゆうとの誕生日は九月なのだが、初節句のお祝いが流れた事から早めに都合の付く日を決め、予定を立てておいたのだ。

前持って義母へ連絡するようにコウイチに伝えていたのだが、全く連絡が取れないと言う。金の請求を恐れているのか?もしかすると誕生会の席に義母が姿を現す事はないかもしれないと思うと心が弾んだ。なので数日前になって電話が通じて義母も出席することが決まった時は内心舌打ちものだった。

コウイチがバス停に義母を迎えに行く際、

「お金は良いって伝えて。今日は私の家族がいるからお義母さんが気まずいでしょ」

そう言って見送った。

不思議なもので、この集まりのために鉢盛や一升餅、誕生ケーキなどかなりの出費を用したが、ゆうとのためと思うと勿体ないだの安く済ませようだのとは思わなかった。ケチな私だが、どうやら金を使っても愛があれば問題は無いようだ。

 鉢盛の他に私の両親が寿司(と言っても回転だが)の盛り合わせを用意し、義母は赤飯を炊いて持って来た。取り皿やグラスも並んでの上が賑やかになった。会話も弾んだ。良い誕生会だったと思う。義母の件を除けば、だが。

義母と二人きりになった時、

「ユナちゃん、ちょっと」

と小声で自分の鞄をまさぐりだした。

おいおいこの鞄、前に下げていたヴィトンとはまた別物のヴィトンだぞ?

目ざとい私は見逃さなかった。

「これ」

義母はヴィトンのバッグをから一万円を取り出すとくちゃくちゃと小さく折り曲げて私の手に包ませた。

「本当にごめんね」

誰にもみつから無いようにと慌てていたのだろうが、これはあんまりだと思わないか。思いっきり作り笑いを浮かべ、

「こちらこそすみません、お母さんも一人で大変なのに」

と事務的に対応を済ませた。そんな渡し方をするくらいなら、後日返した方が良いと何故考え付かないのか。私は気を使ってコウイチに言付けたのに。

私の祖母は、ゆうとの誕生日だからと新札を用意してお祝い袋に入れて渡してくれたのだ。同じ一万円なのに、重みが違いすぎる。

義母は赤飯以外用意はせず、食うだけ食ってくつろいでいた。余ったケーキまで遠慮すること無く口にしていた。ここまで来ると同じ空気を吸うのすらカンに障る。

「ユナちゃん、これ」

突然思い出したように、指輪のケース程の大きさの紙箱を渡して来た。

「わぁ、ありがとうございますー」

感情が全くこもっていないのがバレバレなくらいに棒読みだった。義母が渡したのは、何処かでみたことのある箱。蓋の一面はプラスチックで出来ていて中身が見える用に出来ていている。中身はキ〇ィちゃんの何か……なんだこれ。

「これ何ですか?」

「チャームよ」

義母は自慢げに笑った。チャームと言うのは、ストラッブやキーホルダーのような物なのだが……要りません。これどうみてもゲーセンの景品でしょう。

「付けて良いわよ。」

良いわよじゃないよ。こんなおもちゃみたいなの。

「ゆうとが口に入れるといけないから開けちゃだめ」

とコウイチが助け舟を出してくれたのでその箱が開けられる事はなかった。ゆうとに何か用意したわけでもないのにそのドヤ顔止めてくれ。


 お開きになった後コウイチが

「ユナのご両親、お祝いのお金包んでくれてたよね。妹さんもおもちゃプレゼントしてくれたのに、うちの母ちゃん何もなくてごめんね……」

申し訳なさそうに言った。

「グリーンだよ」

コウイチの口癖を真似てそう応えた。

「お義母さんからは一万円返ってきたし、それで良いよ。」

とも付け加えた。

「うん……」



それにしても、よくもまぁこんなに金の問題が起こるもんだ。絶え間が無さすぎて笑えてくる。


 誕生会が終わるとしばらくは問題が起こる事なく過ごせた。私は十月上旬には医療事務の試験に一発で合格できたし、コウイチには小遣いもちゃんと渡せた。三日に二千円から、二日に千円へと減ったが、パチンコに行きたい時には別に金を渡した事もあって、財布から抜く事もなくなった。

 結婚後初めてと言える穏やかな生活を送ることが出来た気がする。私の給料が七万前後入るようになったので、生活費に困る事は無くなった。子供を乗せられるカゴの付いた自転車も買って保育園の送り迎えも大分楽になった。

一歳になったゆうとはますます可愛いくなり、お喋りも上手になった。保育園にもすっかり慣れて

「保育園にいくぞー」

声かけをすると

「おー!」

と返事までするようになった。子供の成長とは本当に嬉しいものだ。ゆうとがコウイチをパパと認識し懐くようになってからは、二人きりで風呂に入れるようになった。コウイチもだんだん父親らしくなったじゃないか。浴室からきゃっきゃと笑い声が響いてくるのを聞くと幸せな気分になる。



なんてことない「普通の生活」に辿り着くまでなんと長かったことか。



 きっとずっと続く……よね?


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