転居と始まり
引越し先は今住んでいる所から割と近い所だった。なのでネットで引越しの下見をしてみたのだが出費はかなり安く済むことがわかった。幾つかの中から一番安く下見をしてくれた引越し会社を選び、日にちと時間を決め、コウイチの休みにの日に段ボール箱を届けてもらえるように頼んだ。
一人で引越しの準備をさせるのは気が引けたので、前日から泊まり込みで荷造りをすると提案した。その際には私の父母が来てくれるの事になるのだが。
「荷造り、どのくらいすすんだ?やっぱり手伝いたいから前日に行こうかと思うんだけど。」
「大丈夫!ほとんど終わったよ。まかせろ!」
頼もしいじゃないか。さすがコウイチ。財布から金を取った罪悪感から張り切ってるのか?よし任せた!
「ごめんね、それじゃよろしくお願いします!」
「気にするな!」
どの道ゆうとの世話をしなければならないので録な仕事はできないのだが、コウイチがそう言ってくれたので安心して私達は引越し当日に家に行き、それから荷物を運ぶ事になった。
そして引越しの日がやって来た。
職場に台車を借りに出たコウイチと合流して、まず新居に向かった。新居は想像以上に広く、家族の住む『家』に向いた作りだった。収納スペースも十分にあってキッチンも広い。写真で満足していた私だったが実物を見て更に気に入った。
引越しには、父、母と祖母まで手伝いに来てくれた。祖母は子守担当だ。ゆうとは生後4ヶ月にして祖母の事がわかるらしい。祖母があやした時とその他の人とでは明らかに笑い方が違う。さすが、二人の子を育て三人の孫の面倒を見たばあちゃん。子供のツボがを心得ている。ひ孫も頼んだ!
祖母にゆうとをまかせて次は我が家へ向かう。とは言っても今日をもって我が家ではなくなるのだが。
コウイチの言葉を信じた私が馬鹿だった……。
どこが大丈夫!だ。ほとんど終わってない の間違いじゃないか。
幾つか荷物の入った段ボールが積み上げられているが、その回りに雑然と台所用品やら雑貨やらがゴミのように散らばっている。いや、実際ゴミも多々まじっている。足の踏み場もなくて絶句した。寝室に至っては手付かずだった。
こんな事なら無理を言ってでも昨日から来ておくんだったと後悔した。引越し業者の到着予定まであと一時間を切っている。私は荷造りの鬼と化した。このダメ男め!と心の中でなじりながらゴミはゴミ袋、それ以外はとりあえず段ボール箱に詰めるというかなり雑な荷造りを始めた。もう、いらいらどころじゃない。眉間に深い皺を寄せているのを見て父が
「あまりいらいらしなさんな」
と咎めた。わかってる、わかってるんだよお父さん。コウイチが休みを割いて部屋を探したり、下見に行ったり荷造りも自分なりに頑張ってくれた事は。
やり場のない怒りを全て仕分け作業に費やし、ひたすら段ボールに詰め込んでいるところに引越し業者が到着した。だいたいは終わった所だったので滞りなく引越し作業は始まった。ゆうとが心配だった事もあり一足先に母と私は新居へ向かった。
「部屋ひどかったね。あれなら昨日から行けば良かったよ。なんであれで大丈夫って言えるんだろうね。」
と道中車の中で母がとげとげしく言った。母は義母に良い印象を持っていないと前に言ったがそれはコウイチにもあてはまる。母にしてみれば、可愛い娘に苦労をかけ、子供が出来てもパチンコに行くダメ男と映っているのだろう。しかし、私がダメ男と言うのと母が駄目男と言うのでは意味合いが変わってくる。母がコウイチを嫌うようになるのは避けたかった。
「まぁそうだけどコウイチも忙しかったんだよ。大変な目に合わせてごめんね。」
さりげなく庇って、これ以上この話はしなかった。
私達が新居に着いて程なく、コウイチと父も到着し、引越し業者が荷物を運び入れ問題なく作業は終わった。
新居にはエアコンはおろかガスコンロや洗濯機も無かったので、某大手家電ショップヤ〇ダ電気に連れて行ってもらって、最低限生活に必要な物を買い揃えた。金は父と母が結婚するときに私にくれた口座から使った。この金は、”借りる”つもりで使っている。
出来る限り使いたくないとはいえ金が無いのは仕方がないので、足りない生活費や税金の支払いに充てていた。今回また大きな金額を使ったのだが、いつか私が働き出したら少しずつでも戻していくつもりだ。
家に帰り、買って来たストーブに火を付け温まった所で両親と祖母は帰って行った。何度お礼を言っても足りなかった。皆帰った後、私達も疲れたので夕食を適当に買って来て済ませた。
疲れたが、真新しい生活が私達を待っている。
生活は軌道に乗るまで時間はかかるかもしれないが、これからは家族らしく3人で暮らしていこう。
この時私は、前の家の洗濯機の中から発見された、コウイチが干すつもりで忘れたのであろうバリバリになった洗濯物を、引越し早々新しい洗濯機で洗い直すという面倒な作業も苦ではなくなるくらい舞い上がっていたのだった。