帰りたい 帰れない
一体どういうこと!?
慌てて電話をかけるが出ない。時計を見るともう出勤時間を過ぎていた。何故出勤寸前にこんな大切なことを…。しかも状況が全くわからない。コウイチのメールはいつもこうだ。主語がないと言うか大切な部分が欠けている。もう少し説明を付けてくれたらこんなにもどかしい思いをせずに済むのに。調度母が休みで家にいたのでそのメールをみせると、私と同じ事を言っていた。
コウイチからの連絡をまだかまだかと待ち詫びた。これからの住む所はどうなるのか、金が無いのにどう引越をしろというのか…また心配になるようなことばかり考えていた。
休憩時間に電話をかけてきたコウイチの話によると、私達の部屋に子供の泣き声がやかましいという苦情が来ていると管理会社から電話があったらしい。
そんな事を言われても、赤ちゃんが泣くのは仕方ないじゃないか。と思ったら、そもそも私達の住むマンションは単身用なのだと。不動産屋へ二人で行き、二人で住める部屋を探したのに、何故そんな部屋を勧めるのか。コウイチに頼んで不動産屋に電話をして文句を言わせたが、管理会社と話してくれと丸投げされた。
ちょっと家出するつもりが家なき子になってしまった。
話し合い、コウイチが仕事の合間に住む所を、私は決まり次第引越しの手続きを担当することになった。
新しい家がそんなに早く決まるものなのだろうか。
母が市営住宅に応募してみたらと提案してくれたが、私は乗り気になれなかった。義母が市営住宅に住んでいて、家賃がなんと5千円で済んでいるらしい。家賃は収入によるのだが、コウイチの収入なら確実に3万以内だろうと母は言った。だが応募したからといってすぐに住めるようになる訳ではない。応募された中から抽選があり、何ヶ月も待たなければならなくなる可能性があるからだ。義母は市役所に知り合いがいたらしく、頼み込んで早め住まわせて貰えるようになったらしいが私達にはいない。義母の知り合いには頼みたくはない。
どうしようかと悩んでいたらその義母から電話が掛かってきた。
「もしもし、ゆう君は元気〜?」
何も知らない様子で呑気に近況を尋ねる義母。事情を話さない訳にはいかないと思い、一通り説明した。最悪の場合、実家でしばらく過ごしてゆうとを保育園に預けながら働いてお金を貯めて引越しをするかもしれないと言うと
「そんなの頼み込んででも住まわせてもらわなきゃ。だいたい家族なんだし離れてちゃ駄目でしょう。あんた達家族が可哀相よ。」
と興奮あらわに意味不明な事を言った。可哀相って…。別に大変だけど不幸だとは思ってませんが。そもそも家族だから離れてはいけないなんて、離婚を2度もしている義母に言われる筋合いはない。頼み込むと言っても、近隣に迷惑をかけているのに他人の事は考えなくてもいいのか。本当にこの義母には常識がない。面倒臭くなって適当に相槌をうち、電話を終わらせた。
そうこう悩んでいる内に年が明けてしまった。さすがにずっと居候させてもらうのも申し訳なくなってくる。一円も生活費を入れず、暖房が効いた温かい部屋で子供の面倒を見るだけ。早く自立した生活をしたいと思い焦るようになった。
ところが正月が明けてみると、住む所は意外にも身近なところから決まった。
コウイチの職場のパートの方のご主人が紹介してくれたのだ。ご主人が通っているジムのオーナーが大家をしているマンションに住まわせて貰える事になり、それからはとんとん拍子に話はすすんだ。金がない事情を理解してくれて、本来6万2千円の家賃を3年間は5万2千円にしてもらえる上に敷金礼金は免除。こんな有り難い話はあるだろうか。
下見に行ったコウイチからメールで送られてきた写真を見ると、古いと聞いていたがなかなか綺麗な内装。しかもなんと3LDK。今まで住んで居た所は2DKでバストイレは別だったが脱衣所はなかった。勿論新しい家には脱衣所もあれば洗面台もあり、室内で洗濯までできる。もう冬場にベランダで洗濯機を回さなくて済む!やったー!
現金なもので今まで不安だった気持ちは一瞬にして吹き飛んで早く引越したいと思うようになった。
引越しは1月半ば。家族との別れは寂しいが、日が近づくにつれどんどん3LDKの新居に希望が膨らんでいく。
母が冗談で
「どうする?お義母さんが、3LDKもあるならここに住めそうねって転がり込んできたら。」
と、笑えない事を言った。
いや、丁重にお断りさせて頂きます。