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 ん? フラフラ……?

 あたしはその、危なっかしく走る小さな少年を見つめて、小首を傾げた。父上の視力のおかげでハッキリと見える、その少年の顔。あの子は――





 「ガ――ガル!?」





 突如叫び出したあたしに驚いた、勇者達。しかしあたしはそれに反応は返さず、ただフラフラ走る少年――ガルを見つめていた。


 ……ガルは、相当疲れているのであろう。走るというより、早歩きといった速度で……精一杯身体を動かしていた。そして度々、町の人に「助けて」と問い掛けている。……傷だらけの、まま。





 勇者達の、止めるような声。あたしはそれすらも無視して――悠々と窓から飛び降りた。そして倒れる直前だったガルを、抱き留める。





 「ガ、ガル!? どうしたのその傷――!」


 「あ……その声……は……、フィーリアお姉、ちゃん……?」





 声にだそうとして、あたしは胸を詰まらせ、その口を閉じた。……なんということだろうか。ガルは……今、目が見えていない。失明してしまったようだ。


 ……何故、人々はガルを助けなかった? 皆、見て見ぬフリをしている。こんな幼い子供が……傷だらけで叫んでいたと、いうのに。


 ――ガルが、ハーフだから?





 「お……姉、ちゃ……」


 「ガル……っ、喋ったらダメだよ。手当てするから大人しく……」


 「お姉ちゃ、ん……助け、て…………お父さんと……お母、さん……が……」





 あたしはその言葉に驚いて、手当てをしようとしていた手を、止めてしまう。





 「ガル……なんでそれ」


 「……えへへ……知ってる、よ……? だって……」





 ぼくの、パパとママだから。……ガルはそう言って、にへらと笑った。


 ……ガルの「助けて」という言葉で、だいたいわかってしまった。間違いなくガルは、ドゥルーダムの連中に襲われたんだ。そして、あの夫婦はガルだけでも逃がした……と。


 あたしは自然に流れていた涙を、乱暴に拭う。泣いてる場合じゃない、ガルが助けを求めてるんだ……あたしが何とかしなくては。





 ――あとを追って来た勇者達。その中にいた幼い聖女……プリエステルは、ガルを見た途端顔色を変え、すぐさま回復魔法を掛け始めた。





 「酷い出血です――フィーリア様、この子はハーフですね? 属性はおわかりになられますか?」


 「水です」


 「わかりました――少し手伝っていただけますか、ロックハート様」


 「ええ」





 道端。幼い少年を囲み手当てをしているというのに――それでも、町の人間は無関心だった。あたしはそれを見て、自然と呟く。





 「やっぱり……愚かだ」


 「……フィーリィ?」





 勇者が問う。

 しかしあたしは、続けた。





 「人間の行動が――理解できない。半分とはいえ、同族だろう? 何故無視できる」


 「……」


 「何故――何故、なんだ。まだ年端もいかない、こんな小さな少年が……傷だらけで助けを求めていたというのに」


 「フィーリィ……」


 「あたしには……! わからないっ……何故、何故そんなに非情で、愚かなんだ!! どうして無関心になれる!?」


 「……」


 「人間には……“心”がないのか……!!」





 乱暴に拭ったはずの涙が、一つ、また一つと……地面に吸い込まれていった。もう拭うことすらも忘れて、あたしはただただ――嘆く。


 ――人間は愚かだ。魔族とは違い、平気で同族を殺める事ができる。むしろそれが生き甲斐と思う輩もいて、“心”が不安定な生き物なんだ。しかし……それもまた、悪いところと決め付ける事はできない。だから、人間は面白い。


 ……父上が昔、そう教えてくれた。だからあたしもそう思うようにした。でも、あたしにはわからない……“人間は面白い”? 面白くなんかない――人間は、ただ非情で非道、魔族よりも魔族らしい……悪魔のような存在だ。


 あたしにはわからない。何故子供を――簡単に見捨てられるのか。


 ……わかりたくも、ない……。





 「――くっ、ダメです……なにか強い呪いが? いえ、呪いの反応ではない? これはいったい……!」


 「プリエステル嬢、出血が止まりません。このままでは――」





 あたしは、ガルに近付き……跪いて、言う。





 「――ガル、聞える?」


 「……! フィーリア様、お下がりください……この子は多分もう喋る事も……」


 「……聞え、る……よ……お姉ちゃ……ん」





 あたしは、涙を堪えながら、続けて言う。





 「あたしはね、実は……魔王の娘だったの」


 「魔王……の? へ、え……やっぱり……お姉ちゃん、は……凄い……なぁ」





 ポタポタと落ちていく、あたしの涙。ガルの血だらけになっている頬に、滴り落ちていく。


 ガルは、呟いた。





 「あれ……? 雨、が……降って、るん……だね」


 「っ……うん。ちょこっとね」


 「そっ、かぁ……。お父、さんと……お母さん……だい、じょぶ……かな……」





 ――自分の命が消え掛けている時に、何故この子は人の事を心配しているというのか。何故非情な人間が溢れかえる土地で……こんな純粋な子が、死にそうになっているというのか。


 人も、世も、すべてが無情すぎる。





 「あのね……ガル」


 「……うん……?」


 「ガルは多分、もう……生きられないかもしれない」


 「!? フィーリア様!」


 「――ガル。生きたい?」





 あたしはプリエステルの言葉を無視して、ガルに問う。





 「……う、ん……生きたい……よ……」


 「……方法は一つだけ、あるんだ」


 「えへ、へ……知ってる、よ? 使い魔……だよ、ね……」


 「!」


 「ぼく……いっぱいべんきょ、したんだぁ……」





 あたしは、我慢さえも忘れて――ただ泣いた。


 ――使い魔。それは魔族が、同じ魔族を従える……召喚の術のようなもの。契約をした仕える側の魔族は、その時点で成長を止め……契約者が死ぬまで、絶対に死ぬ事はできないと言う。しかも契約者の魔力の力に比例し、身に着く力は違う。ガルはハーフだが、曲がりなりにも“夢魔”の子――夢魔は昔から、使い魔として適任な人材だ。人間の血が入っていようと、抵抗は薄いだろう。


 あたしは――今度こそ、涙を拭いた。





 「――ガル。ううん、ガルガント」


 「……うん……お姉ちゃん」


 「ガルガントには、その覚悟がある?」





 ……ガルは。

 先ほども浮かべたような、気の抜ける笑いを浮かべた。





 「え、へへ……。ある、よ……」


 「……やり方は、わかる?」


 「呪文……の、こと……? うん……いつ、か……なってみたいなぁって、思って……覚え、たよ……」





 あたしはそれを聞き、迷う事なく――自らの腕に切り傷を与えた。そして、傷だらけなガルの腕を……そっと握る。





 「一緒に、ね」


 「う、ん……」





 あたしは瞼を閉じて、滑らかに、その呪文を唱えた。涙を流さないように、悲しみで声を震わせないように――必死に我慢をしながら。ただ、ひたすらと。


 ねえ、父上。あたしはね……やっぱり、人間として生きていくのは――不可能なんじゃないかって思うの。だってね、人間ってホントにあり得ないんだもの。平気で同族を見捨てられるのよ? 笑っちゃうよね。


 ……あたし、理解……できないよ。たとえ人間でも、あたしは子供だけは見捨てなかったと思う。なのに……人間は子供でも、魔族を平気に殺せちゃう。まるで、虫のように。


 その違いは……何? それは、ここで暮らしていたらわかることなのかな。あたし……わかりたくないな。





 ――長い長い、呪文のあと。


 白い光に包まれたガルは……小さく瞬いて、あたしの胸の中へと収まっていった。途端に感じるのは、様々なガルの感情。


 両親に対する心配、愛情、悲しみ――そして、人間へ対する……憎しみ。小さな身体で、ありとあらゆる感情を一纏めにしていたガルの心は。今、あたしとともにある。


 ……大丈夫だよ、ガル。あたしが絶対に、二人を助けるから。


 そう念じたら、心なしか――ガルがホッと笑った気がした。





 「フィーリア様? 今のは――?」


 「フィーリアちゃん?」


 「お姫様――」


 「――フィーリィ?」





 プリエステル、マリンベール、ロックハート、そして――勇者の声。あたしはゆっくりと瞼を開き、降り注ぐ太陽を見つめて……言った。





 「愚かなる人間に、復讐を」





 あたしは立ち上がり、歩き出した。――孤児院のある方角へと。勇者がそれを、止める。





 「フィーリィ!」


 「――触るな。人間風情が」


 「……!」


 「あたしもどうかしていた……。お前らとわかりあおうなどと、不可能だというのに」





 そう、結局はわかり合えないのだ。何故ならあたし達は――人間と、魔族なのだから。





 「フィーリィ、落ち着くんだ。俺達も行く」


 「驕るな、人間。お前達無能に何ができる? それとも今度はあたしを殺すつもりか、愚かな人間め」


 「……! 違う! 聞くんだ、フィーリィ!!」


 「触るなといっただろう。――吐き気がする」





 もう、止められない。

 ガルから流れ出る、人間への激しい憎しみは――やがてあたしへと感化し、元からあったあたしの憎しみと同調し、そして溢れ出る。止められやしない。止められないんだ。


 あたしは、フィーリア・エンジェル・マールヴォロ・オコナムカ。魔王の意志を受け継ぎし――魔族の子。人間と馴れ合うなど、許されない。





 「――わかった。フィーリィ」


 「勇者様!? なにを言っておられるのですか! フィーリア様、落ち着――」


 「プリエステル。……いいから」





 勇者はプリエステルの言葉を遮り、あたしを見据えながら言った。





 「フィーリィ」


 「――なんだ?」


 「…………お前の憎しみ、全部俺に当てろ。その全て、俺が受け止める」


 「ゆ、勇者! アンタ何言ってんのよ!!」


 「黙っててくれ、マリンベール。……さぁ、お前の憎しみをよこせ」





 あたしは、勇者を冷たい表情で見据える。


 ――魔族の掟。血縁や親しい者が辱められ、または命を落した場合。その者を……殺しても、いい。ならば勇者も……その対象者なわけだ。


 ゆっくりと上がる右腕――あたしは、勇者へと伸ばした。






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