五
キュディさんに言われた「そっくりでしょう?」というその言葉。そう、たしかにそっくり。そりゃもう改めてお二方をみたら、なんですぐ気付かなかったんだと思えるくらいそっくりですよ! あたしは人間界に来てから、視力が腐ってしまったのかと本気で危惧したほどに。
多分、わざわざ言わなくとも気付く人は多い。そう、この二人は…………ガルの、両親なんだ。
ギルヴェールさんから感じる甘い香りの魔力――よく目を凝らせば、“水”の属性ということがわかる。そしてガルの属性は……水。なにより、ガルの瞳はキュディさんにそっくりだ。あの優しいまなざし――あぁ、本当に何故気付かなかったのか。
っと、待てよ……?
たしかガルは、母親の方が魔族だと言っていたはずだ。そして、父親が人間。あたしと逆だという印象があったら、聞き間違いはないはずだが……。
あたしはキュディさんとギルヴェールさんに向かって、ガルに聞いた事をそのまま話した。
ギルヴェールさんが答える。
「あぁ……それは、カモフラージュといえばいいのかな」
「……カモフラージュ?」
「あぁ……。なんせ、あの子はハーフだからね。しかも、夢魔と人間の」
ギルヴェールさんは――ポツリポツリと語る。
キュディさんという人間を愛してしまった、夢魔であるギルヴェールさん。もちろん回りから大反対されて、色々な障害に囲まれたと言う。それでも諦めきれなかったギルヴェールさんは、「自分は魔族から離れる!」と言って、故郷から離れたんだそうな。それで一件落着かと思えば、今度は人間との障害……。しばらくは変装したりして隠れてたものの、ガルが三才の頃にバレてしまったんだとか。
――二人はギリギリに立たされた。迫り来る大勢の人間……このままでは、自分達もろとも、愛しい我が子まで命を落としてしまう。そんなこと、親として認めるわけにはいかない。苦渋の決断をしたギルヴェールさんは――愛しい妻と我が子を逃がすために、たった一人で人間達に立ち向かって二人を逃がしたんだそうな。
しかし、魔族とはいえギルヴェールさんが強い力を持っているわけでもなく――もうダメだと思われた。愛しい二人を逃がせたものの、自分はもうともに歩む事は出来まい。そう思ったほど、窮地に立たされた。しかし。
……魔族を捨てると言ったにも関わらず、旧友や親戚が、駆け付けてくれた。そのおかげで命からがら、ギルヴェールさんは逃げおおせたらしい。
そして再び愛しい妻と我が子に出会えたギルヴェールさんは――またもや、苦渋の決断をする。キュディさんと話し合い……せめて我が子だけでも、長く生きられるようにと、ガルを隠す事に決めた。
「……ガルは、私達が本当の親という事を、知らないでしょう。キュディはみんなの母、たまに来るオジサンは……食べ物をくれる優しい人どまりです」
「……」
「それでも……私達はなるべく近くで、ガルを見守りたかった。だから孤児院なんかを立ち上げて、多くの子供達の中に……ガルを隠しているんです」
ハハッ、酷いでしょう? ――と。ギルヴェールさんは今にも泣きそうな顔をして、言った。
「力がない私には――こういう酷い選択をとるしか、なかった。ハーフと知れるだけならまだいい……“夢魔”と“人間”の子であることさえ、隠せられるのならば……私は……」
「ギル……私も一緒に決めたの。何回も言っているじゃない……」
「いや。すべて俺のせいだよ。……今までの行いのツケが、今回って来たんだ」
深い事情がわからないにしろ、二人がどんな思いでここまでやって来たのかは――よくわかった。二人はガルが大切なんだ。それだけは、揺るぎない気持ち。
……いいなぁ。両親かぁ。
「――すべては俺がすべて巻起こした事。命をかけて、守ると誓ったんです。だからどうか……」
「さっきも、言いましたよ」
あたしは笑う。
「あたしはもう、姫じゃないんです。だから、許す許さないの問題でもないし……ガルはあたしにとっても、大切な友達で、可愛い弟みたいなもんですから。誰にも言いませんよ」
――深々と頭を下げるギルヴェールさんを見て、あたしは思った。父上は、こんな気持ちで……あたしを勇者に預けたのかな、って。
……そう思うと、ものすごく切なくなった。
「あらやだ、もうこんな時間――そろそろ寝なくちゃ」
「もう三時か……。キュディ、俺はちょっと仲間のところに用事があるから。また明日来る」
「ええ。待ってるわ」
こんな物語みたいなこと、あるんだなぁ。……人間界へ降りなくちゃ、こういう事も知る事が出来なかったんだ。
……来てよかった、かも。多分。
「それじゃあ姫様、私はこれで――」
続きを言おうとした、その時。
……こんな夜のふけた時間にも関わらず、玄関からノックするような音が響いた。私達の顔に警戒の色が走る。
「まさか……そんな。こんな時間に誰が……俺達のことがバレたのか?」
「……もしかしたら違うかもしれないわ。道に迷った人かもしれないし」
「二人とも、隠れててください。……あたしが出ます」
「早く!」と促すあたしは、緊張した面持ちのまま扉へと近付いた。二人は「すまない」と言って物陰に隠れる。
それを確認したあたしは、一度深呼吸をしてから――ゆっくりと、その扉を開いた。
「はーい。どちら……さ……ま…………っ」
ピシリ。
あたしの今感じた効果音をあげるならば、多分それが一番適切な言葉だろう。多分今あたしの表情は、作った笑みのまま冷や汗を流し、固まっているはずだ。
――冷静な判断など皆無。あたしは問答無用で、その扉を勢いよく閉めた。物陰に隠れていた二人を伺うと、その顔にはやはり「あの人って……」みたいな表情が浮かんでいた。
まずい。これはまずいことになった。あたし、なんのためにここにいて、匿ってもらってると思ったんだ。警戒もしず自ら現れちゃうなんて……本当にあたしのばか野郎。
――再び繰り返されるノックの音を無視しながら、あたしは勝手に扉を開かれないよう精一杯の力を持って扉を押さえ付けていた。わあ、大変だ。コイツ本気で押し返して来やがる!
「んぎっ、ぐぎぎぎぎっ!」
「ひ、姫様……?」
「フィ、フィーリアちゃん……」
唾を飲み込み見守る夫婦の視線を……背中いっぱいに受けながら、あたしは今日一番の頑張りを見せる。この扉を開かせてはならない。だって……もし開いてしまったら――!
いきなり抵抗がなくなった扉。油断作戦か……! と、そう思ったあたしは、真横にある窓の存在など気付かずに――再び来るであろうと予想する衝撃に耐えるため、しっかり扉を押さえていた。だからあたしは馬鹿なのである。
窓からヒョイっと首を潜らせ、こちらを見ている――勇者。そちらに背中を向けていたためか、まったく気付かないあたしは……その窓から器用に身体を通らせる勇者に気付かず、ひたすら扉を守っていた。
気付いた時には、トントンと叩かれる右肩。
「え?」
「……」
「……あれっ」
「……」
「お……おば……」
「俺は生きてる」
……いや、お前むしろ人間じゃないだろ。どうやったらそんな小さな窓から入り込んだんだよ。あそこの夫婦がアンタ見て絶句してるじゃないか。マジでどうやって入ったんだよ!
目ン玉をカッと開いて驚愕するあたしの横で、勇者はとても清々しそうに肩をポキポキ慣らしていた。……え、人間……だよね? あれ、この人同族だったっけ。
白銀の美しい髪をサラリとはらい、勇者は孤児院の中を眺めまわしていた。夜のせいか、その青い瞳は少し色が深くなっている。とっても絵にはなる光景だ。化物まがいなことを、されなかったら……だが。
「……」
「……」
ひたすら続く、沈黙。
あたりを眺める事に飽きたような勇者は、さて……と言わんばかりの視線であたしを刮目した。その、冷たい眼で見下ろされ……怖いのに、とにかく反抗したい気持ちに駆られる。コイツ――勇者を見てると、どうしても素直に従いたくなくなるんだよね。最初の印象もあるかもしれないけれど、それでもやっぱり……コイツが嫌い。
理由の掴めない感情のままあたしは、勇者になんだよと言いたげに眉を上げてみせた。奴も奴で、別に……とでも言いたげに見下ろしている。くっそ、足の骨折って背ぇ低くしてやりてぇ。ダメかな。……ダメだよね。
……いつまで続くのだろう。あたし達はずっと睨み合いながら、なにかの機会を伺う。正確には、あたしは“逃げれる機会”をだけど。勇者に関しては、多分……“捕まえる機会”を、かな。知らないけど。
しかし、誰よりもその沈黙に耐え兼ねた人達がいるのを、あたしは忘れていた。
「あの……貴方は、勇者様…………ですよね?」
……疑問系なんだね、ギルヴェールさん。いや、気持ちはわかるけど。
「……あぁ」
「ええと、あの……どのようなご用件で?」
あ、そうか。ギルヴェールさんは知らないんだっけ。あたしがこいつから逃げて来たってこと。キュディさんはガルから聞いて、“勇者に追われている”ということは知っているはず。ガルには咄嗟の嘘で、“命を狙われている”と言っちゃったけれど。
あたしは焦りながら、勇者とギルヴェールさんを交互に見た。……もし、勇者が“魔族”であるギルヴェールさんを、殺そうとしたらどうする? いや、愚問だな。答えはもちろん、“勇者を殺す”……だ。
命をかけてでも、あたしは同族を守ってやる。それが……あたしの、“魔族”としての――いや。“魔王の娘”としての、意地だ。……絶対に殺らせやしない。
「――捕獲をしにきた」
「捕獲、だと?」
「あぁ」
「……やはり、勇者までもが……」
「……?」
「貴様までドゥルーダムの手先に落ちるとは……! そんなに魔族が憎いのか!?」
……う、うぉぉおおおお! うまい具合に話が噛み合っている! 本当は噛み合ってないけれど!
あたしは大人しく、この成り行きを見据えた。どうなるかはわからないが……少しでも勇者が手を上げたら、あたしも容赦はしない。全力で殺しに掛かってやる。
「ドゥルーダム……? “異世界の科学”とやらを盛り込んでいる、あの先進国のことか……」
「知らんふりをするな。奴等に言われて、“捕獲”をしろなどと言われたのだろう……!」
「……? 奴等に言われてではない。俺は、自分の意志で捕獲をしにきた」
「ハッ! 自分の意志だと!? 毛の先までドゥルーダムに染められた猛犬め……!! 絶対に、渡しやしない!」
「……なら、武力行使だ。手加減はしない」
「くっ……! 二人とも、逃げるんだ! ガルを連れて!!」
……どうしてくれよう。この、うまい具合に噛み合っている、世界一噛み合わない人達を。
「あ、あの……ギルヴェールさん」
「いいんです、姫様。私も魔族の端くれ……貴女様に戦わせるような事はしない。ガルを連れて、どうかお逃げください」
「……! 魔族……なるほど。お前は“夢魔”――インキュバスか」
勇者が……気付いてしまった!
鋭くなった瞳に気付き、あたしはうろたえた。やはり――勇者は、“魔族”が嫌いなのだ。このままではギルヴェールさんが父上のように……。
――ボロボロになった父上の姿が脳裏に浮かび、あたしは背筋を凍らせた。父親を失うなど……ガルが知ったら、きっと悲しむ。絶対にさせるものかっ!
あたしは、勇者とギルヴェールさんの間に立った。二人の視線が……身体の前後に突き刺さる。
「姫様!?」
「聞いてギルヴェールさん。こいつはガルを連れて行こうとしてるんじゃないの。あたしを連れて行こうとしてるだけだから」
「え……?」
「大丈夫――大丈夫だから。もう絶対に――同族を殺らせはしない」
あたしは笑顔で言ってから、目の前の勇者へと向き直る。
「もう、絶対に。……殺らせない」
「……」
「これ以上……あたしの仲間を、減らされてたまるか」
そう、それが――“悪魔の子”、オコナムカを引き継いだ者のするべき事だ。あたしは魔族を守る。そして、その家族も守る。
魔王城にいた――メイド、執事、庭師、料理長、大臣。もっともっと沢山いた……あたしの仲間。みんなは、父上とあたしを命懸けで守ってくれた。ならばあたしも――命懸けで守らなければならない。
「……一緒に来い、フィーリィ」
「――言わなかったか? あたしを、フィーリィと呼ぶなと」
「……さあな」
「あたしをそう呼んでいいのは――あたしが、その人を“特別”としている者だけだ」
ギラリと光る、勇者の瞳。……人間は、コイツを正義だという。これを見ても本当にそう言えるのか? まるで、獣だ。人ですらない。
「……一緒に来るならば、ここは見逃そう」
「……」
「どうする」
「……ちっ」
「それは、肯定として受けとるが?」
片方の眉を上げながら問う、勇者。……どこまでも気に食わない。あぁ、本当に殺してやりたい。でも、掟に従うならば――殺しちゃっても問題ないんだっけ。
……いや、我慢しろ。あたしはなんのために、生かされたんだ。父上の気持ちを踏みにじるな。
――あたしは溜め息を吐いて、勇者を視界から逸らした。……一分一秒でも、コイツなんかを視界に入れたくない。できることなら、存在すら認めたくないのに。
「行くぞ」
「……」
「姫様!」
「フィーリアちゃん!」
あたしを止めるような声。……ま、ギルヴェールさんを救えたんだから、儲けもんだよね。うん、これなら父上も喜んでくれそうだ。
あたしは苦笑しながら、「ガルによろしく言ってください」と残して……勇者を追うようにしてその場を去って行った。
……あーあ。逃げれたと思ったのに、結局これか。なんでわざわざ、あたしを連れ回すんだよ。まぁ、“魔王の娘を手下に従えた”とでも思ってるんだろうけどね。……ハハッ、本当にあたし家畜みたいだ。切ないなぁ。
遠くなる孤児院を見つめながら、あたしは惨めな気持ちで歩くのだった。
これからも少しずつ勇者に奇行をさせようと思います。
次回も勇者出ますので、気付いたら是非指をさしながら笑ってやってください。