三十三
緊張感のまったくないこの場。あたしは半分諦めた様子で二人を眺めていたのだが、ふと感じた魔力の流れに、あたしは首を傾げた。
あたしは毎回感覚的なもので魔力を感じるので、説明は苦手なのだが……。今感じた魔力の流れは、こう――人工的ではないもの、つまり“自然”が魔力を扱った感じがしたのだ。しかし当たり前の如く、自然が魔力を扱うなどあり得ない事なので……ただあたしは謎が解けずに混乱する。
未だに騒いでいるエーファンと勇者、そしてそれが治まるまで辛抱強く待っているキースファイア。その誰もが気付いていない中で、あたしはしばらく不安に駆られていた。どうしても先ほどのことが気になったあたしは、心の中でギルさんに問う。
『どう思う? ……たしかに、魔力の流れは感じたんだけど』
『私も感じました。しかし私にも誰がやったのかはさっぱり――』
……だが、答えを求める必要はなかった。“ソレ”は、もうすでに発動されていたのだから。
――前触れもなく、辺り一面が光に覆われた。その瞬間もちろん、あたし達は眩しさに耐え兼ねて瞼を閉じる。いきなりの事でびっくりしたのか、キースファイアはあたしを離した。チャンスと思ったあたしはすぐさまそこから遠ざかったのだが……まあ、瞼を閉じていて前が見えないのだ。予想通りあたしは、誰かに激突してしまう。
頭の痛みに悶えながらも、あたしは瞼越しにその光を感じる――光はまだ止まない。いったいこれはなんだろうか? 逆召喚魔法に似ていない気もしないが、それならばあたし達は今誰に召喚されようとしているのだろう。
その考えを読み取ったのかどうか知らないが、どこにいるかわからないエーファンが言った。
「ヤイバに頼んでおいたんだ! しばらく我慢しろ!」
……なるほど。道理で、自然が魔法を使ったように 感じるわけだ。あたしは納得して頷く。異世界人は魔力を持たない――が、まわりにある魔力を扱う。多分自然が魔法を使ったように感じたのは、ヤイバが魔法を扱ったからだ。
しかし。あたし達はいったい……どこへ向かうのだろう? 一層と光が強くなる中――あたしは少しだけ恐怖を感じた。自然の魔力が震えているせいか、とても不安になる。じわりと汗が滲んだその時、あたしは……誰かに抱き締められた。
「――フィーリィ、大丈夫だ」
「……!」
その声に、体温に、あたしはドキリとした。
勇者は、光からあたしを守るようにして、覆いかぶさっている。間近で感じる温もりに……あたしの鼓動は早さを増した。キースファイアは甘い蜂蜜のような香りだったけど――勇者は、とても暖かい香りだ。太陽のような? いや、太陽ではない。でもどこか……安心するような、そんな匂い。
そしてこれを、あたしは幼い頃に嗅いだ事がある。……ような気がした。
――意識が遠くなる。
でも、暖かな存在はあたしを決して離さなかった。それに安心するあたしは、その存在にすべて預けながら……ゆっくりと意識を手放したのだった。
――――……。
さざ波の音。
少し冷たい風。
全身を包む暖かいなにかは守るようにして、優しく、でも力強く――あたしを抱き締めていた。ぼんやりする頭で、あたしはその存在を確かめる。
「――……勇者」
ぎゅっと、胸が締め付けられた。……父上を死に追い詰めた存在、でもその人は今、あたしを守るようにして包んでいる。最初は殺したくて堪らなかった。でも今は――? ぼんやりしすぎて、変な事を考えてしまう。
あたしは人間だ。でも魔族として育った、魔王の娘。それは人間と決して相容れない存在で、永遠の敵でもある。……かたや勇者は、人間のヒーロー。魔族を滅する存在。何故だろう? そう考えたら、苦しさが止まらない。無防備に泣き出したくなるのは、あたしの心が弱いからだろうか。
よくわからない。何故魔族として育った事に、苦しむのか。あたしには……この感情がなんなのか、まったく理解出来ない。
でも……勇者の顔を見ていたら、何故だかすべてがどうでもよくなる。よくなるんだけど、何故そうなるのかわからない。これではエンドレスだ。ハッキリとしない気持ちに、あたしはモヤモヤする。
この気持ちはいったいなんなんだ。誰か教えてくれ……。
一週間か二週間、ネタが纏まるまでちょっと休憩させていただきます。
気長にお待ちいただければ幸いです(´ω`)