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三十二





 「随分楽しそうな会話だ……俺も混ぜてくれるよな?」





 ――その背後から迫る、冷たい声に黒いオーラ。あたし達はちょうど同じ方向を向いていたため、どちらも背後に“なにが”いるかを気付けなかった。……でも、そんなもの確認しなくたってわかりきっている。ジットリジンワリ溢れ出る汗を拭う事も出来ないまま、あたし達は笑みを引きつらせた。


 ベルとの視線が合う。

 ……多分、もう手遅れらしい。ベルの表情には諦めの感情が溢れていた。逃げる事も誤魔化す事も認められなくなったあたし達に出来るのは、ただ一つ。今からゆっくりと振り返り、その鬼――勇者からの、罰を大人しく食らう事だけ。ああ父上、この世には不思議な事ばかりあります。正義のヒーローたる勇者の実態、それはただの悪魔の化身でした。なんということでしょう。





 ――意を決したあたしとベルは、顔面真っ青にしながら後ろを振り向いた。まるでスローモーションのような瞬間……まあ、これただ振り向く速度があまりにも遅かったからだけど。本当にどこまでも往生際が悪いあたし達である。


 その振り向いた先。先ほどまで多くいた敵は……何故だか、今は無残にも泡を吹いて倒れていて。そこの中心に立つようにして、一人の男はほほ笑んでいた。あたし達はその男――勇者の顔を、垣間見る。





 「……ッ……!」


 「っ――ぶわはははははは! あひゃひゃひゃっ! ちょっ、ちょ……! ゆゆゆ勇者……勇者っ! その、か、顔は……!? ぶふぅっ!!」





 堪えたあたしの横で、節操もなしにベルは笑い出した。……そう、忘れていた。たしか勇者が寝ている時――エーファンは悪戯をしたと言っていた、顔に。今になってそれを思い出し不意打ちを食らってしまったあたしは、とにかくその場に伏せて笑いを耐えるしか出来なかった。でも、無理。笑いたくてしょうがないあたしの身体は、耐えられないように小刻みに震えだす。


 ……なんの拷問だ、これは。





 「……? なにを笑っている」


 「ぐふぅっ! やめ、勇者……ぶはははは! 僕を笑い死にさせる気か……!」


 「?」


 「怒ってると思ったら……君は――ぶふっ! こ、こんな大事な時に悪趣味だぞ……!」





 勇者は意味がわからないといった表情を浮かべつつも、怪訝そうに笑い転げるベルを見つめていた。どうやらエーファンの悪戯のおかげで、勇者の怒りは余所へやれたらしい。グッジョブ、エーファン。


 しかし、そのままでは勇者に新たな怒りを抱かせてしまうと思ったあたしは、鏡になるものはないかと辺りを見渡した。勇者に、自分の顔が今どんな惨劇になっているかを理解させてやらねば……そろそろ本当にベルが笑い死にをしてしまいそうだ。それだけは阻止してやらねば。


 その辺に鏡でも転がっていればいいのだけど……もちろんこんな戦場に、運良く鏡なんかがあるはずもなく。今が戦いの時だということも忘れて、あたしはひたすら鏡探しに専念してしまった。だから、勇者の「フィーリィ後ろっ!!」……という言葉さえも、その時のあたしには聞こえなかったのである。


 ……気付いたらあたしの身体は、何故か宙に浮いていて。「あぁ、首の後ろを掴まれてるのか」と気付いたのは、それから数秒後だった。首に突き付けられた銀色の刃は、それは見事な輝きを放ち、見るからに高級品だとわかる品物。その剣がヴェラリエルの国王陛下が使っていたものだと理解して、あたしは仰天した。





 「フィーリィ!!」


 「キース! てっめえ……フィーリィちゃんを人質にする気か!?」


 「……見たらわかるだろう? それとも説明しなければわからなかったか」





 あたしはキョトーンと、怒り狂う勇者とエーファンを交互に見つめ、なんとか横目でその存在を間近で伺った。


 ……これがヤイバの大好きな、国王陛下か。ふうむ、いい香りだ。男の色気とはこういうものなのだろうか? 蜂蜜に近い甘い香りがする。それにしても、人質にされるとは思わなかった。それだけ必死なんだと思えば、肩を持ちたくなるが。


 あたしを一旦降ろしたキースファイアは、左腕であたしの両手を拘束した。そして首元には剣が。……なんて面白い展開になってしまったんだろう、そう思うあたしはトコトン空気が読めていないのか。





 「――さて。この俺の要求は、言わなくともわかっているな?」


 「ちっ、てめえマジで腐りやがったな……!」


 「……。貴様の愚痴を一々聞いていられる余裕はない。答えはたったの二択だろう、さっさと選べ」





 エーファンは苦虫を潰したような表情を浮かべる。ヤイバを差し出すなんてもっての他、だが……だからといってハイそうですかとあたしを差し出せないのだろう。理由としては……多分、あたしが“サクラ・キクノウチ”の娘だから、かな。





 「――フィーリィを離せ」





 ……その時。

 今まで皆忘れていた勇者が、突然存在感を最大にまで増加する。しかしその存在感とは、いつもの黒いオーラだけの話ではない。そう……あの、“劇的な顔”だ。今思い出したかのように吹き出すエーファンは、なるべく視線を勇者から離していた。笑っていい雰囲気ではないとわかっているのだろう、堪えて震える姿が、かなりデジャヴだ。


 しかし、強者の上にはまだ強者はいた。


 あたしを拘束したまま無表情を保つ――キースファイア。なんという事でしょう……あのクソ真面目に怒るクソふざけた顔の勇者をガン見しながら、こうも平常心を保っていられるとは! 敵ながらアッパレである。そんな彼はチラリとあたしに視線をやりながら、小声で一言。





 「彼は通常時からアレなのか」





 吹き出しそうになったあたしは、喉の奥で「んぐぅっ!」と笑いを絶えた。さすがに無表情でそんな事を聞かれては、笑いを堪えるのも大変である。


 少し落ち着きはじめたところで、あたしは大まじめな顔をして言葉を返す。





 「いえ。アレは、トランス状態です」


 「……そうか」


 「ちなみにレベル三です」





 それが聞こえていたのだろうか、エーファンはすでに我慢することを忘れてしまっていた。狂ったように笑うエーファンに、今度こそおかしく思った勇者は……ハッとした様子で己の剣を伺う。そして――多分ハッキリと確認したのだろう、自分の至る所にある落書きを。


 勇者は一度あたしを見た。しかしそのあとでピンと来たのか……その鬼の形相は、エーファンに移される。





 「エーファン……」


 「っ!! い、いや悪かった! まさか気付かずにこんな戦場に出て来るとは――ぶふっ! だはははは!! ちょ、こっちみんな!」





 あたしは溜め息を吐いた。


 あぁ、本当にお願いです。シリアスが来い。





 



 シリアスにしたいのにシリアスさんが出張してしまいました。


 頑張って連れ戻します。




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