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三十





 「――エーファン様、もういいですよ! 船、動かせます」





 あたしは気持ちを入れ替えようと、打って変わって明るい声を出した。……エーファンはそれに気付きながらも、その事について言葉を突っ込むのは野暮だろうと感じたのか、何も言わずただ頷く。


 船員に指示を出してヴェラリエル船から逃げる中、数人の船員を連れヤイバは到着した。やって来た船員はすぐに他の者と混じり、遠ざかるために手伝いを始める。突然の事でもすぐに対応できるあの柔軟さ……見習いたいものだ。さすが、だてにエーファンの元で働いていないというわけか。


 あたしは素早い動きに感心させられながらも、横へやってきたヤイバに話をかけた。





 「凄いね、みんな。こういうのを団結力って言う――……ヤイバ?」





 ヤイバはあたしの横で立ち止まり、間近まで迫っているヴェラリエルの船を見つめている。その表情がどこか儚げで、ヤイバが遠くにいってしまうような感じがして……あたしは咄嗟にヤイバの手を握った。


 それに気付いたヤイバが、苦笑を返す。





 「ごめん……なんでもないよ。ねえ、フィーリアって目もいいんだったよね?」


 「え――? うん、まあ」


 「じゃあさ、あの船に……金髪の男の人いない? 黒っぽい青色の瞳で、眉間にシワをよせた」





 あたしは疑問符を浮かべ、視線をヤイバから船へと移した。そして、言われた通りその人を探す。





 「金髪の……青い瞳……眉間にしわ……、あ!」





 あたしはすぐに見つける。


 ベルとは違って、輝くような金髪ではなかったが――たとえるならば蜂蜜のようで、柔らかな色をした髪だった。切れ長の瞳は深海のように暗く、しかし太陽に照らされ輝いていて。あまりにも現実離れした容姿を持ったその人は、動きやすそうだが身なりのよい服に身を包み、これでもかというほど眉間にしわをよせ佇んでいた。


 勇者もなかなかとは思っていたのだが、上には上がいる……いや、上というより別種のような。勇者が悪魔の美しさを持つならば、向こうは天使の美しさ……だろうか。そのたとえが一番近い気がする。


 彼は隣にいた兵士から双眼鏡を受け取り、こちらを伺う。そして、ヤイバの姿を捉えたのだろう……眉間のしわはさらに濃くなった。


 あたしはヤイバに伝える。





 「いたよ――双眼鏡で、こっちを見てる」


 「眉間のしわはどのくらい?」


 「勇者が腹痛に襲われた時くらい」


 「そりゃなかなかだね。多分不機嫌度が4レベルだわ」





 今の比喩で通じたヤイバは、「やれやれ」と呟きながら、続けた。





 「わざわざ本人登場とはね……ほんと、暇だなぁ」


 「もしかして、あの人が……?」


 「……そ。あれが、国王陛下――キースファイア・ロゼ・ヴェラリエルだよ」





 淡々とそう言いながら、ヤイバは無表情のまま……肉眼では見えるはずもない船――その人を、見つめる。その表情はたしかに“無”ではあったが、あたしには違って見えた。恋い焦がれ、ひたすら想いを封じ、泣くのを堪えたような……乙女の顔だ。あたしには、そう見える。


 その気持ちがじんわりとあたしにまで流れこむような気がして、なんだか切なくなった。握ったヤイバの手のひらに力を込める。





 「――わかんないんだよね、アタシ」


 「……? なにが?」


 「アイツがなんでアタシを追いかけて来るのか。なにが目的なんだろう? って」





 それは……彼がヤイバの事好きだからに決まってるじゃん、とは言えない。さすがに第三者が首を突っ込める内容ではないので、こればっかりはヤイバ自身に気付いてもらわなければ。軽く背中を押す事なら出来るが、あたしにそういった役は勤まらない……エーファンに頑張ってもらわなくては。


 ……しかし、隠し事は本当に苦手だ。表情に出るし。もう言いたくてしょうがないあたしは、ムズムズする心を必死に押さえ付ける。そんな時、エーファンから救いの手が。





 「あの男は実はロリコンなんだ、だからお前を連れ戻そうと躍起になりながらも、旅の合間でも可愛い幼女とかをさらっちまおうって魂胆があるんだよ。多分」





 ――と、冗談めかしく笑いを誘うような言い方に、あたし達は笑った。あの顔でロリコン。本当だったら笑えないが、想像すると笑えて来る。……ショタ好きな奴がなに他人事言ってるんだとは思うが。





 「さて、と。船は動き出したが、向こうは卑怯にもアレに船を引っ張らせてやがる。間違いなく奴等はこの船に乗り込んで来るだろう――多分、一戦交える事になる。念のため、ヤイバは俺と一緒に。フィーリィちゃんは……」


 「魔法で援助します。とりあえず、風の魔法で船を」


 「フィーリィちゃんがいて助かるな。頼むぜ」





 そう言ってエーファンは、ヤイバとともにひとまず中へと入っていった。戦いの準備でもするのだろう。あたしは二人を見送ってから、空に手を掲げ、風の魔法を放つ。まあ気休めにしかならないだろうが、しないよりはいい。戦いの準備のために、少しでも多く魔法で時間を稼がなくては。


 そう思って、あたしがひたすら風を操っている最中。誰かの視線が刺さったので、あたしは何気なくその方向を伺った。……それは向こうの船――ヤイバの想い人からの視線だった。


 ……そう、忘れがちだがあたしも一応、見た目は異世界人なのだ。多分そのせいで向こうも気になり、注目しているのだろう。向こうは双眼鏡で、こちらは肉眼で……長い時間睨み合っていた。そして、口角をあげニヤリと笑う。それで向こうは多分、気付いたんじゃないだろうか。あたしが肉眼で見えているということ。


 一度ハッとして双眼鏡をずらしたヤイバの想い人――キースファイアは、再び双眼鏡でこちらを伺った。少し面白くなったあたしは、ちょっとだけ悪戯をすることに。ポケットに突っ込んでいたいらない羊皮紙に、魔力で文字をスラスラ描く。それを蝶のように折って、ふぅっと息を吹き掛けたら――それは命を吹き返したかのように空を舞い、ヴェラリエルの船へと羽ばたいていった。


 よく幼い頃、父上とこうやって遊んでいたのだ。多分これを扱えるのは父上とあたしだけ。なにせ父上自ら作り上げた、独自の魔法なのだから。戦闘のためではなく、皆を楽しませる魔法。あたしはもっぱら戦闘に役立つ魔法ばかり覚えようと余念がなかったわけだが、こういった面白い魔法ならちょこちょこ知っている。回復系はてんでダメだけど。


 ――それほど遠くない道のりを渡った蝶の紙切れは、ゆらゆらと力尽き、キースファイアの手元へ舞い降りた。彼はそれを警戒しながらも、ゆっくりと開き……驚きに目を見開いた。それを見て、あたしはしてやったり顔。


 あの紙に書いた事。それは、“白銀の青年がヤイバに求愛中。まんざらでもなさそうだよ”という、嘘でたらめだった。万が一、本気にして彼が切りかかって来たとしても、大変なのは勇者だけだ。問題ないだろう。


 勇者に地味な仕返しも出来て、国王陛下様に嫉妬心を焚き付ける事も出来て、あたしは幾分か晴れやかな気持ちになる。





 

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