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二十八




 コーヒーを飲んだにも関わらず、作戦成功による達成感からの疲れのせいで段々眠くなって来たあたしは、ヤイバに「少し休むね」と言葉を残してからベッドへとダイブした。そろそろ船の揺れにもなれ、むしろ揺籠のような安心する揺らぎのように感じて来たあたしは、その静かな波の音に意識を集中させる。


 ……いい音だ。波の音が懐かしく感じるのは、やはり生まれた場所がオールドビリだからなのだろうか――波に誘われるようにして意識を沈ませていく中、あたしは微かに不自然な音を聞く。それに眉をひそめたあたしは、一度沈みかけた意識を取り戻して、しっかりと耳を済ませた。





 「? どうしたのフィーリア、寝るんじゃ――」


 「しっ。静かにして。……なにか、変な音が聞こえる……」





 あたしの不安げな雰囲気を感じ取ったのだろうか、ヤイバはあたしに習って耳を済ませた。


 ……あたしの聴覚は人並外れだ、それこそ普通の魔族よりも。なんせ魔王クラスの聴覚までも受け継いでいるのだから、その耳の良さは計り知れない。そして今……あたしですらも微かにしか聞こえなかった、波の音に混じる不自然な音。これはいったいなんだろう? まさか、海の下に大きな魔物でもいるのか? いや違う、海の中、というより――これは、海上? 他の船が近付いている?


 あたしが不安に駆られている横――ヤイバは「あれ?」と呟きながら、扉を開けて左右を確認していた。「なんでこんなに船の中が静かなの?」と、言葉を零しながら。





 「おい、キョロキョロしてどうした?」


 「ファニー! いや、なんか船の中が静かだなーって」


 「は? ……本当だ。さっきまではたしかに……」





 扉から聞こえるのは、エーファンとヤイバの声だけ。他に聞こえるのは海のさざ波と、鳥の鳴き声――そして、海の上を泳ぐ不自然な音。だんだん、近付いて来ている。





 「おう、フィーリィちゃん。手紙読んだぜ」


 「――あ、はい。あの」


 「大丈夫、アイツ今寝てたからさ。すんげーリラックスして爆睡してたわ。声掛けても起きやしねぇ……あまりにも穏やかに寝てやがるもんだから、落書きしちまったよ」





 え、それは是非拝みたいもんだ……って違う!


 今はそれどころじゃなくて、この音についてを考えなければ。あたしは微かに聞こえる不自然な音の事をエーファン達に話して、一体なんなのかを問う。しかし、ヤイバはもちろんエーファンすらも、ただ首を傾げるばかりだった。そりゃまあ音だけだからね――と納得さぜるを得ない。でも、あたしにはわかる。これ……最初船かと思ったけど、違う。もっとなにか……生命を感じられるような泳ぎをしているなにかが、近付いているようで。


 ……怖い、何故かそう感じてしまう。得体の知れないなにかが近寄って来ているのがわかり、あたしは徐々に震えを高めていった。


 エーファンが言う。





 「――とりあえず、俺はもう一度甲板見て来る。念のために……ヤイバ、お前は地下二階にいる船員を全員上に向かわせてくれ」


 「わかった」


 「それと――フィーリィちゃんは俺と。はい、これ持って」





 手渡されたのは、見た事のない形状の剣だった。いや、でも、どこかで見たような――? 多分あたしの身の丈以上あるその剣は、シットリと手に馴染むような重さで、何故だか気持ちを落ち着かせた。


 エーファンはあたしがそれをしっかり受け取ったのを見てから、嬉しそうに頷く。





 「……うん、やっぱり竜の子は竜だな」


 「? あの、これは……」


 「それは刀っつってな。異世界にある、日本人がよく昔使ってたっていうー剣らしいんだ。ただの刀じゃないんだぜ? 妖刀っつーそれはそれはエラい危険なものなんだ。持ち主以外は、あまりに重たくて持ち上がらねぇし、扱えやしねぇ」


 「妖刀……刀……?」


 「その刀の名前は“友情”。妖刀らしからぬ名前だが、その刀に認められた奴は“友情”の証しとして、それに秘められた力を最大限に発揮出来るっていう話だ――フィーリアちゃんのお母さんが、使ってた物だよ」





 ……母が使っていた、刀。その言葉にハッと見上げたあたしは、その時初めてエーファンが優しくほほ笑んでいたことに気付く。まるで、妹を見るような――とても安心する笑みで、まるでどこかの専属執事を思わせた。





 「それを返せる日がこれて、本当によかった。姐さん――サクラさんとの、約束だったんだ」


 「……あたし……」


 「フィーリアちゃん、アンタは本当に姐さんにそっくりだ。まるで生き写しのように。……“友情の心”を忘れるな、そしたらその刀は絶対に応えてくれる」





 ポンと頭を軽く叩かれた拍子に、我慢していた涙がポロリと流れ出た。……母が使っていた、母が確かに存在していたという、証。夢にまで見た母のぬくもりが――今、ここにある。実際は刀の冷たい温度しか感じられないけど……でも、あたしには伝わったような気がした。たしかに刀から伝わったのだ、母の、暖かい温もりと――笑顔が。


 むず痒い気持ちに心を揺らされながらも、あたしはエーファンの瞳をしっかり見据え――頷いた。母が残したたった一つの形見……あたしはこれとともに、これからを生きていく。


 母がなにを思ってこれをあたしに託したのかは定かではないが、託されたならばこの刀の持ち主として――恥のないよう、生きるつもりだ。妖刀と呼ばれた母の忘れ形見、“友情”。あたしはその言葉を忘れないためにも、今を、これからも、人と触れ合っていく。友情を築けるように、沢山の人間と――。


 エーファンは、決意の固まるあたしの表情を見ては、ニッと笑い頷いた。





 「うっし。じゃあ上に行くぞ、ヤイバ頼んだ」


 「まかせて」


 「行くぞフィーリアちゃん」


 「……はい!」





 ヤイバはエーファンに言われた通り地下二階に向かうため、あたし達とは逆の階段へと翔けていった。それを見送ってから、あたし達は一階へ向かうため昇り専用の階段へ向かう。


 その間も、あたしの耳にはたしかに不自然な音が聞こえていた。しかもそれは、だんだんこちらへ近付いている――近付いてくるその音に、あたしはたしかな確証を得た。間違いなくこれは生き物で、それは船を引っ張っているということ。それを伝えたら、顔色をこれでもかと言うほど――エーファンは変色させた。


 どうやらそれがなんなのか、思い至ったような顔である。心なしか先ほどより歩くスピードが上がったのは、言うまでもない。





 「――どうしたもんかね」


 「なにか……まずいの?」


 「あぁ――最悪も最悪だ。一番厄介な事になっちまったかもしれねぇ」





 エーファンは言った。多分それは……ヴェラリエルの船だろう、と。しかしヴェラリエルのやつらが船でここまでくるとは思えない――なんせ、ここまでは気が遠くなるほど遠いのだから。いくらなんでも、ヤイバを取り返すためにそこまでするだろうか?


 しかしエーファンは、あたしのその問いに――ただ笑みを浮かべた。それに小首を傾げると、エーファンはなんでもないかのように言った。





 「恋っつーのはさ、他人に向けられた恋慕は気付けても、自分に向けられたものっつーのはなかなか気付けないもんなんだよ。なんでかわかるか?」


 「え?」


 「……答えはな、“自分にもその気があるから”だ。自分が想われていると気付いた時、それは自分で相手をなんとも思ってないんだよ。だがしかし、相手が気になっている時には……気付けないもんなんだよなぁ、これが」





 あたしはその言葉を反芻して、理解につとめた。しかし……わからない。だってそうでしょう? いくらなんでも、自分が想われていたら――普通は気付く。


 その気持ちを見透かしたように、エーファンはニヤリと笑った。そして、言う。





 「もしかしたら自分のことが――普通はそう思うよな。でも、考えてもみろよ……人っつーのは恐れる生き物なんだぜ? あとでショックを受けないようにと、過度な期待を持たないように心を保護する。傷付きたくないからな」


 「……あ……」


 「わかったか? 気付いているけど信じられない、傷付きたくない。それが大前提にあるから……本気の恋っつーのは、うまく進まないもんなんだよ」





 まさにこれがすれ違いだな、と。エーファンは軽快に笑う。





 「……? でもそれが、ヤイバとどう関係――あ」


 「お、勘が鋭いねぇ。気付いたか?」


 「え……いや、でもそんな……まさか」





 あたしは思い至ったそれに、激しく動揺した。ヤイバは間違いなく、自分の想い人は姉が好きなんだとそう言っていた。……でもおかしくないか? 好きな人の妹を、ここまで追いかけて来るなんて。このまま放って置けばいいのに、兵士に陸を歩かせたり船を出したりと――どう考えたって不自然だ。


 それはまるで、想い人を追いかけるような……本気の情熱が伺える。だからつまり、ヤイバが好きな国王陛下は、ヤイバのことが――? 恐る恐るエーファンに視線を交わすあたしに、彼は苦笑しながら言った。「ロマンチックな恋だよな」、と。





 「じゃあ――!」


 「あぁ。国王陛下――キースは、最初っからヤイバのことしか好きじゃなかった。本来先に連れて来られていたのは、サヤコじゃなくヤイバだったんだよ」


 「うわぁ……凄い、本当の物語だ」


 「ははは! たしかに! ……ただ俺達には主役の後押ししか出来ねぇ、手を出したらどうなるかわかんねぇからな」





 あたしはそれに頷いた。いったいどんな結末になるのか……あたしにはわからないけれど、出来ることはただひたすら見守ることのみ。もちろんヤイバのためにもハッピーエンドになってほしいけれど、決めるのはヤイバ――そして、国王陛下の二人だけだ。


 あたしはその横で、目の前で上映される恋物語でも傍観していよう。





 「さて、と。アイツら二人が接近するにはまだ早いな……今は逃げねぇと」


 「あの、船を引きずっている生き物はなに?」


 「あぁ……あれはヴェラリエルの守護神、かな。一応ヴェラリエルも海に囲まれた場所だから、水の加護が強い場所なんだよ。綺麗な水だから、植物も元気に育つ」





 春は一面花で覆われるんだ、とエーファンは言った。





 「いいなぁ、見てみたい」


 「今度すべてが丸くおさまったら、連れてってやるさ。ヤイバも――勇者も一緒にな」





 そう言ってウインクするエーファンに、あたしはキョトーンとした。……何故わざわざ勇者まで連れて行くのだろう? 小首を傾げたあたしに、「ここにもヤイバ二号がいたのか」とエーファンは呟いた。ヤイバ二号? ……馬鹿ってことなのだろうか。


 かなり失礼極まりないことを考えながら、あたしはエーファンを伺った。いったいどういう意味なのか問うと、苦笑しつつも彼は何故かあたしの頭を撫でる。





 「え? え?」


 「……んー、そうだなぁ。なんて助言をしたものか」


 「?」


 「……うん、よし。なぁフィーリィちゃん、ベルヴァロスクエッドはお前の事を好きだと思うか?」


 「はっ? いや、それはないでしょ」


 「ふーん……じゃあ俺は?」


 「ええっ? エーファン様はサヤコさんが好きじゃないですか」


 「もちろんだ。じゃあ、使い魔の二人は?」


 「えっ、いや、ギルさんはずっとキュディさん一筋だし、ガルはあたしを姉と思ってますけど」


 「そうだな。じゃあ――勇者は?」





 それもないでしょ――と、言いかけて。あたしは何故だか言葉に詰った。……勇者が、あたしを? いやいや、これは“もしも”の話だ。ゆえに、現実ではない。でも……実際勇者は、誰が好きなのだろう? もしかしたら案外、ジュエリーのことが――そう考えたら何故か、すごくイラッとした。


 あたしの気持ちをあらわすいい言葉が見つからず、適当に「違うと思い……思う」、と何故か変にどもる。そんなあたしにエーファンは笑ったあと、「そういう事だよ」と意味深な言葉だけを残した。あたしはその背を見つめながら、呆然。


 そういう事って……なにが!? 濁さずにハッキリ言ってよー!








 勇者は休眠しちゃいました(笑)




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