二十七
とりあえず、混乱しないように作戦説明から。実はあの作戦……決まった流れの中で、エーファンに言葉を託せる方法が三通りあったのだ。あたしとヤイバはこれを、作戦A・B・Cとわかりやすくわけていたのだが、今回成功となったのは……Bだ。
まず、あの決まった流れのおさらい。ニセの手紙を持ったヤイバが逃げ、それを勇者が追う、そしてその隙にあたしがエーファンの元へいく。これが大体の流れだった。そして今回成功した作戦Bの流れは、こうだ。
ヤイバは事前に、ニセの手紙と本物の手紙を用意する。そして思惑通り勇者が食い付き、ヤイバを追いかけたら……その隙にあたしはエーファンの元へ向かう。この時、ヤイバは捕まり勇者にニセの手紙を差し出して、すぐさま勇者はそれを手にあたしを確認しに来るだろう。それを予想した作戦だったのだが……どうやらうまくいったようで、勇者は予定通りあたしを追いかけて来た。そして、その間ヤイバに監視の目は一切ない。
……そう、ヤイバはその間にエーファンの自室へ入り込み、分かるところに手紙をおいて来たのだ。もちろん、事前に渡してある本物の方の手紙を。本物の方の手紙には、あたしの母は“サクラ・キクノウチ”だという事、どんな人なのか知りたい等の内容が書かれたやつで、最後に“勇者にバレないようヤイバに手紙を渡してほしい”と追記してある。
これでうまくいけば、数日後には返事の手紙がヤイバ経由で届くはずだ。すぐにでも知りたい事だが、焦りは禁物。一番安全で確実な作戦だった。
そしてそれを踏まえた上での、作戦A。これは、ヤイバがずっと勇者から逃げ続けられたパターンを予想した作戦だった。ずっとヤイバが逃げ続ける事ができていたならば、ゆっくり聞けないものの……あたしはすぐその情報を手に入れる事が出来たという、即効性だけはある作戦だったのである。ただし回りに人がいる場合もあるので、本当に一か八かだった。
そして最後、作戦Cは。これは“勇者が盗み聞きをしていなかった”を前提にした作戦だ。
ヤイバが走り出しても勇者は追いかけて来ず、尚且つ見掛けても素通りのパターン――しかし勇者は間違いなくあたしだけは気付いて追いかけてくるであろう。これはある意味作戦Bの逆バージョンともいえる、作戦Cだった。
あたしが勇者を引きつけているうちに、ヤイバはエーファンの自室に手紙を置く……もしくは直々に会いに行って手紙をすぐ読んでもらい返事を書いてもらう――と。作戦Aよりは安全性があり、即効性もあり、一番望ましい作戦言えるだろう。
まぁしかし、“勇者が盗み聞きをしていなかった”という前提自体が可能性の低い事だったので、あたし達が一番狙っていた最初から安全性の高い作戦Bだった。そして、結果は大成功。あとはエーファンがしっかり配慮して、返事を返してくれるのを待つのみだ。
なんと素晴らしい作戦だろう……これをヤイバが思い付いた時は、本当に心が踊った。それ以上に肝も冷えたが、それとこれとは別だ。この作戦は本当にパーフェクト、最高だ! その証拠に、あたし達は成功している。
今頃勇者はニセの手紙を読んでいるのだろうな――と、あたしはそう思ってからふと気付いた。あのニセの手紙には、なにが書かれているのだろう……と。実はニセの手紙は、ヤイバが「アタシが書きたい!」と言い出したものなので、あたしは一切関与していなかった。その上内容は聞いていないので、中身はサッパリだ。
ヤイバ曰く、「勇者の病気が多分中和されるだろう文字の羅列」との事なので、異世界人特有の魔法でも掛けられているのかな……? なんて思っているが。まぁ、定かではない。あの病気が中和されるなんてあり得ないとは思うが――少しでも可能性があるのならば、それはありがたい事である。
憩いの一時ということで、淹れたてのコーヒーをヤイバと味わいつつ、あたしは満面の笑みを浮かべた。これでやっとエーファンに、気になっていた母の事が聞けたのだ。緩む頬がおさまらない。
いったい母はどんな人なのだろうか? 返事は、いつ返って来てくれるのだろう。ワクワクとするあたしの心情を察してか、ヤイバは「あと少し気長に待とうよ」と苦笑いを零した。あたしは同じく苦笑いを返す。だって、楽しみなんだもん。
達成感で満たされたあたしは、その時気付けなかった。……不自然なくらい、船の中が静まっている事に。普通だったら船員の掛け声やらなんやらが響いていてもおかしくないのに――だ。それに気付けないまま、あたしもヤイバも、ただ平和にコーヒーを啜り……和やかに会話をしていた。
刻一刻と、ヤイバと一緒にいられる時間が迫っていただなんて――その頃のあたしには、気付けなかったのである。
ここから急転回、の予定です。
ヤイバちゃんの運命やいかに。